第6話
朝からほぼ休むことなく幌馬車を走らせること既に半日。
まだ、明るい太陽が天高く昇っていた。
「アイレン。そろそろだよ」
「本当?」
ようやく二人はゲラタムへと着くらしい。
「あの、坂を上ったところ……黒い鉄柵は見える?」
御者台でシズリーの隣に腰を下ろす彼女は
「あれのこと?」
彼の視線の先を指さす。
小高い丘の上にそれは見えていた。
「そう。あれがゲラタムの入り口。門番がいてね。歓迎の意を込めてトランペットで演奏してくれるよ」
「さすが、音楽の街ね」
アイレンは風になびく赤色の前髪を掻き上げる。
「楽しみ?」
「少しね」
彼女は答えるが
(仕事が無ければ純粋に楽しいんだろうけど……明日が勝負……なのよね)
胸中で呟く。
ガタガタと幌馬車は、ゲラタムまで伸びた道を迷いなく進む。
「ほら、着くよ」
ガタガタという音は、ゴトゴトと次第に音が変わっていく。
流れる景色も減速し、気が付けば馬の蹄音が大きくなっていた。
「わぁ……」
ゆっくりと丘を登り切り、アイレンは感嘆の声を漏らす。
ゲラタムの入り口だという、彼女の眼前に現れた鉄柵は、五線譜を象っていた。
「凄いよね。この五線譜の音符たちはこの街のイメージメロディなんだ」
「メロディ……」
「そう。さっき話したけど、門番が聞かせてくれるからね」
「詳しいのね?」
「10年前に一度、来ているからね」
馬を操り、馬車を停車させ彼はヒラリと御者台から地面へと降り立つ。
続くようにアイレンも軽やかに降り立ち
「お疲れ様。ありがとね」
「どういたしまして。さて……」
シズリーは幌を見やる。
「どうかした?」
「幌馬車はマスターとの約束でこのゲラタムまでだ」
「うん」
「荷物、どうしようかと思ってね」
彼の言葉に
「ぁー……あは…あははは…」
アイレンは苦笑いをする。
「俺だけなら単身一つでもいいんだけど…レディはどうやら違うようだ」
彼女の荷物をみて彼はいう。
「これでも、減らしたのよ。……次の街まで宅配お願いするとかどう?」
アイレンの言葉に一つため息をついて
「まぁ、いいや。何か方法を考えよう」
「なんとかなるわよ!ね?」
「本当にそう思ってる?」
そう言って、彼は言彼女の頬を指先で中央に寄せる。
「おもっちぇるわ~」
口をとがらせた状態で彼女は自分の意を述べる。
パッと彼は手を放し
「そう。じゃ、まずゲラタムに入ってしまおう」
そういって、大きな尻尾を翻し彼は鉄柵の前まで歩を進める。
門の前にたどり着くと
「ゲラタムにようこそ」
トランペットを持ち男が頭を垂れる。
その男に対し
「この街に入りたい」
と、端的にシズリーは告げる。
男は頭から足の先まで見たのち
「………この街には何の御用で?」
「実家に帰る前にこちらの大切な方と楽しい時を過ごすために」
と言って、シズリーはアイレンの肩を強引に抱き寄せる。
「…ッ!?」
突然のことに驚く彼女を、シズリーは緑色の瞳で一瞥し、男へと視線を戻す。
「なるほど。そうでしたか。ではちょうどいい時期に来られましたね」
和やかに男は笑い言葉を続ける。
「明日の夜ゲラタムは5年に一度の祭典ですからね」
和やかな顔は一変し、挑発する笑みをたたえ男はシズリーを見る。
「祭典……ね」
彼は悔しげに呟く。
(賑わう時の仕事……ね。ライアも人が悪い)
門番である男とシズリーのやり取りには目もくれずアイレンは胸中で毒づく。
「どうぞ。中へ」
そう言って、門番は鉄柵に手をかける。
門の下にオルゴールでも仕掛けているのだろうか。
軽やかで上品な音色が響き渡る。
その中をくぐり、二人はゲラタムの街へ足を踏み入れる。
「素敵な音色ね」
「ありがとうございます」
アイレンの言葉に門番は嬉しそうにする。
そんな二人に対し
(祭典……10年前と変わってないなら厄介だな)
神妙な面持ちをするシズリーが目に入ったのか
「どうしたの?」
「いや。なんでもないよ。さ、始まるよ」
彼は金色の瞳に微笑みかけ、彼女の肩を抱き引き寄せる。
「ちょっ……さっきからなんな……むぐっ」
抗議する彼女の口を己の右手で塞ぎシズリーは前を見据える。
その視線をアイレンは辿ると、
門番が己の仕事を遂行するため、トランペットへ口をつける。
静かな空間が弾かれたように一気に色づき音を持ち始める。
ゲラタムの門に作りこまれた五線譜が、音となって視界から聴覚へと舞い降りる。
そのメロディは迫力はあるものの哀愁漂うものだった。
数分で演奏は終わり、二人は敬意を示し、門番へと拍手を送る。
「お気に召していただけたようで」
彼らを出迎えた時と同じように頭を下げる門番。
「素敵だったわね。ね?シズリー?」
アイレンはシズリーを見上げる。
しかし、彼は微笑むこともせず
「幌馬車を」
と、門番へと視線を向ける。
「ご返却ですか」
門番の言葉に彼は頷き
「彼女の父、ヘリクサムに宿を構えるルイ・ストレシアへと戻してほしい。彼がどこから借りたのかは定かでない」
「かしこまりました……が」
門番はチラリと幌馬車を見る。
「……荷物だろう?預かってくれるようなどこかいい宿はないかな?」
彼の質問に門番は
「生憎、祭典目的で沢山の方々が来られてますからね」
眉を垂らし考え込む。
「やっぱり埋まってるか」
「私は別に幌馬車の中でも構わないわ」
「変なところで男前だね。でもいいの?今夜はさすがに別々は厳しいよ」
そっと、アイレンの耳に彼は囁き続ける。
「俺は、アイレンと二人きりで嬉しいけどね」
その言葉にアイレンは
「………」
無言で彼の腕をつねる。
「いててっ」
「悪ふざけするからよ」
彼女は言い捨てる。
そんな彼女を涙目で見つめながらシズリーは
「門番さん」
「はい」
「夜には戻るから、幌馬車ここで預かってくれることはできる?」
「可能ですよ。ただ……何泊されるおつもりで?」
「明日の祭典も気になるから…そうだな2泊」
指で二本の指を立て彼は答える。
「かしこまりました。ではお預かりいたしますのでお名前を頂戴しても?」
「シズリーとアイレン。だよ」
と言い好戦的な瞳を門番へと向ける。
「シズリー……?」
何か引っかかりを覚えたのか、門番はシズリーを再度頭から足の先まで見つめる。
「俺に何か?」
「失礼しました。何か聞いたことのある名前 だと思いまして」
ゴホン。と、短く咳払いし門番は無機質な声で答える。
「ここゲラタムは大きな街ですから。名前の被りもあるんじゃないですか」
「えぇ……なにせ明日の夜は祭典ですからねぇ……」
ニヤリと口元を歪ませて門番は、シズリーを挑発するように見つめる。
「………それなら、沢山の混合種がいるんでしょうね」
緑色の瞳を鋭くし、シズリーは門番を睨みつける。
その姿に
「シズリー……?」
アイレンが彼の服を引っ張る。
「なんでもないよ。さ、楽しもうか」
そう、微笑む彼はいつもの瞳で
「え?えぇ…」
困惑する彼女の手を引き、彼は門番をひと睨みした後、ゲラタムの中心地へと向かっていった。
お久しぶりです。
一週開けての更新となり失礼いたしました。
お詫びと言ってはなんですが、明日も更新します。
次回
ゲラタムの5年に一度の祭典って?
です。