第4話
焚火の優しい光を受けながら、シズリーは続ける。
「意識を手放し、直ぐに異変を察知した父が俺の意識を呼び起こしてくれた」
「じゃあ、そのあとしこたま怒られたのね。殺してないじゃない」
アイレンは、悪戯っ子な彼はどんなのだったのかと想像しながら呟くが
「それなら、どれだけ救われたかな」
彼の言葉に瞳を丸くして見つめ返す。
「ぇ?」
「目覚めたとき……俺が一番最初に見たものは……」
苦しげな顔をして、シズリーは再び服の中からペンダントを取りだす。
そして…弱々しく彼は…
「ハリスの無残な亡骸だったんだ」
そう呟いた。
「………亡……骸……?」
目を見開き、アイレンは彼を見つめる。
過去の悲しい思い出を確かめるように、尚も、彼は言葉を紡ぐ。
「目が覚めると、薄暗いはずの部屋は明るくなっていて」
ペンダントを、力強く握りしめる。
「眼前に広がるのは、四肢がバラバラになったハリス。白くて天使のような綺麗な翼は赤く染まってしまっていた」
当時の光景を思い出し、彼の言葉は次第に弱くなっていく。
10年もの間、知る事のなかった彼の過去にアイレンは
「無理しなくていいわ」
彼の背に優しく手を回す。
「いや……聞いて欲しいかな」
彼の懇願に、少しだけ間を置きアイレンは
「わかった。でも……一つだけ質問」
「何?」
「……意識が飛んだのよね?シズリーが殺したっていう証拠が無いじゃない」
アイレンは金色の瞳を緑色の瞳に絡ませる。
「……確かに、意識は飛んでいた。でもね」
「でも?」
「俺はこの額の傷以外目立った外傷もなかった。……ハリスの返り血だけを全身に浴びていたんだ」
「……お父さんはなんて?」
アイレンの問いに、彼は緑色の瞳を伏せ横に首を振る。
「昨晩、しっかりと説明しておくべきだったと。お前の責任ではない。私の責任だと父は言ったよ」
「説明不足?」
「コイツの取り扱いだよ」
そう言って、彼はペンダントを摘み上げ続ける。
「説明が不十分だったから、他者を部屋に入れるな。という意味だったんだ」
「………でも」
アイレンの言葉を遮り、シズリーは言葉を続ける。
「眠い中説明されても、キチンと聞かなければならなかったんだ」
「それは、真夜中だったんでしょう?大人ならまだしも、子供には無理だと思うわ」
想像し、アイレンはシズリーへと答える。
「そうかな」
「そうよ」
なんとか、フォローしてくるこの赤髪の少女の優しさに、微笑む。
そして
「……魔術っていえばいいのかな……どうやら俺は本当にこのペンダントの主らしくてね…頭の中で構成したものを声に出すことによって具現化できるようになった」
己の手のひらを見つめ、シズリーは言葉を紡ぐ。
「構成……?」
「そう。魔法の部類なのかな?……昨日のひよっこがいい例だ」
「ひよっこ?」
首をかしげるアイレンに
「激しい閃光…六角の光の塊…テアはそれにぶつかって吹っ飛んだでしょ」
「………!」
彼の言葉に、アイレンの記憶は鮮明に蘇る。
「あれは、亀の甲羅を意識して光の壁を構成した。そこに勢いよくひよっこが突っ込んできたから、弾け飛んだんだよ」
「そんなことって」
「……おとぎ話みたいだよねぇ。俺も最初は驚いたなぁ…」
懐かしそうにシズリーは、天を仰ぐ。
「脱線したけど…この話には続きがあって…」
寂しげに彼は微笑む。
「続き?」
「そう。俺がさっき言いたかったことなんだけど……俺はね、ハリスの殺人の罪に問われなかったんだ」
その言葉に
「それなら、シズリーが殺したんじゃないってことじゃない」
「いや。俺が殺したんだよ。……でも事実を知るのは俺と父の二人。そしてリー家の関係者」
「そんな……」
「ハリスの親も真実は知らないはずだ。事故死したと思ってる。罪にも問われず。責任も取ることを許されず。……ハリスを殺めた俺は現実が受け入れられなくて」
「………?」
「体が大人になったのを機会に、逃げるように故郷を捨て、ここ……人間界に密入したんだ」
緑色の瞳で、彼はアイレンを見つめる。
二人の顔を赤く、炎が照らしだす。
「………密入…?」
「そう。俺はね、ポーターを使って人間界に来ていないんだ」
「それって、犯罪になるんじゃ……」
「……?人間なのにポーターのこと知ってるの?」
意外そうな顔をして彼は彼女へと問いかける。
彼女は頷いて
「人間界では約20年前、異世界と人間界を繋いでいた天然扉は何者かによって閉ざされた。……そして」
そう答えれば、シズリーは
「そして?」
緑色の瞳を彼女へと向ける。
「今、人間界にいる混合種はその天然扉が閉ざされたとき、人間界に残ることを選んだ者達。それが今この人間界の常識」
「へぇ?」
少し意外そうに見つめてくる緑色の瞳を見つめながら
「それは、本当は全くのでまかせに過ぎない」
アイレンはそう言い放つ。
「本当は……運搬屋と呼ばれる者達を使用して、自由に混合種は人間界を行き来できている」
「どこまで知ってるのかな?」
緑色の瞳は金色の瞳を少し睨みつける。
「さぁ?どこまでかしらね。まぁでも、幼い時に疑問に思って聞いたらポーターのこと父さんったらすんなり教えてくれたけどね」
「疑問?」
「たまぁに、知らない混合種がヘリクサムにも出たり入ったりしてたのよねぇ」
「それだけで気付いたの?」
(……凄まじい感の鋭さだな)
彼は胸中で付け足して脱帽する。
「今の年になれば、隣街の住人が来たとか思えるんだろうけど」
「視野の狭さで気付いたってことか」
「そういう事」
と、彼女は素っ気なく答える。
「……ただ、人間界にポーターの存在を知っている人たちは少なくて、知っていても現実に見たことがないから実在してるんだか怪しい。って言っていたわ」
「……へぇ?」
「混合種は異世界からこちらに来て帰れるのに、ポーターの存在があやふやだなんて矛盾だと思わない?」
「それは、人間の一部の人たちを除いてポーターの顔を知らないからだよ」
「………は?」
アイレンはポカンと口を開く。
「一部の人たちっていうのは、ポーターの親とか同僚。まぁ……人間相手の商売じゃないから皆知らないだろうし、第一ポーターも普通に仕事してるからね」
とシズリーは苦笑する。
「……その口ぶりは……その辺にいるって事?」
アイレンは怪訝そうにシズリーを見る。
「まぁ、占い師だの貿易商だの様々な業種の中に紛れ込んでいる」
答え、彼は続ける。
「昨日さ、一部の人間は異世界に来れるって話をしたよね」
「……え、えぇ」
「その一部はポーターなんだよ」
「人間がポーターなの?じゃぁ、やっぱり人間界で知っている人が多くてもいいじゃない?」
彼女の疑問に
「それは、彼らが素性を隠し生きているからだよ」
「……隠して?」
アイレンの疑問の声に彼は頷いた。
「そう。一部のポーターを除いて。異世界に自由に行き来できる存在が身近にあったら混乱が起きてしまう」
「……混乱?どうして?」
「魂の浄化ができると知ったら?」
シズリーは目を鋭くし、アイレンに問う。
「……人間は汚い。悪用する奴らが現れる…わね。絶対」
「その通り。だからこそ、混合種をはじめ異世界の住人達もポーターの顔は知らないんだ」
「………?」
眉根を寄せ、アイレンの頭上にはクエスチョンマークが浮かぶ。
「……混乱してきた?混合種と人間の恋愛は少なからず存在する。親しくなったとき、ポーターの存在を人間に知らせないため。だ」
「用心深いのね」
「まぁね」
シズリーは肩をすくめる。
彼女が納得したような顔を見せたのを機会に
「話を戻そうか。俺はね、アイレンの言った通り、この10年ポーター不使用の罪に問われなければならない。でも……不思議なことに平穏に過ごせてたよね?何故だと思う?」
「なぜって……言われてもね……」
「ポーターのお陰だよ」
「……どういうこと?」
「俺がきちんと手続きを踏んで、ポーターを使用したことになっているんだ」
「……まさか…!」
アイレンは青ざめる。
「ご名答。ポーターが隠蔽をしている」
「……隠…蔽」
「そう。ポーターの権力者が細工を少しね」
「……ポーターの権力者?でも隠れて生きている彼らの権力者と知り合いなの?」
「昔からの悪友のようなやつでね。……もっとも、俺はアイツが苦手なんだ。名前も思い出したくないね」
シズリーは心底嫌そうな顔をする。
「シズリーが何者なのか分からなくなってきたわ……」
「ま、皇子様って所じゃない?」
冗談めかして言う彼に
「アンタみたいな皇子が、いたら嫌だわ」
「……その言い方は酷いな…」
シズリーは半眼になり、続け、
「それに、アイレン。俺の事なんだと思っているの?」
項垂れる。
「………放浪癖のあるちょっと小汚い、混合種」
「………あのなぁ……」
長い溜息を彼は付いたのち、口を開く。
「ま、きっとポーターも隠蔽しているのに限界が来たんだろ」
「……限界?」
「あの子たちが現れたからね」
「リリアと…テア…」
「そう。何者か知らないけれど、俺への訪問者ということは隠蔽がばれたか……はたまた別の組織か」
顎に手をやり、シズリーは呻く。
「だから突然帰る決意を固めたの?逃げてきたのに?」
アイレンの質問に頷いて
「そう。マスターにもアイレンにも迷惑を掛けてしまう。今なら、ハリスへの罪を償えると思ったからね」
言いながら、シズリーは腰を上げる。
「どうしたの?」
一つだけ伸びをして
「辛気臭い話は終わりにしよう。俺の話なんてつまらないだけだからね」
振り向きニコリと笑う。
その笑顔は、いつものシズリーのようで、
「…話したくないこともあったんじゃない?」
何気なくアイレンは問いかける。
その問いに、彼はほんの少し間をおいて
「………アイレンだから話すんだよ」
彼は微笑む。
「……っ…なによそれ」
一瞬鼓動が跳ねるのを感じながらアイレンは笑う。
その笑顔に安堵して彼は
「さ、夜ももう遅い。アイレンは馬車の中でゆっくり休んで」
「シズリーはどこで寝るの?」
「流石に、年頃の娘と一緒には寝れないさ」
冗談めかして彼は言う。
「…ちゃんと、寝てよね?」
「大丈夫。さ、おやすみ」
「おやすみ…なさい」
そう言葉を残し、アイレンは幌馬車の中へと入っていく。
その様子を見ながら、ギュッとペンダントを握りしめる。
(……今はまだ知られたくないこともあるんだ。卑怯な俺で…ごめんね)
心の中で呟いたのだった。
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後編の公開は
明日21日22時となります。
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