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第1話


ヘリクサムを去ってからの、初めての夜空が二人に刻一刻と迫り始めていた。


「今日はこの辺にしておこうか」

シズリーは馬を操り、馬車を減速させる。


既に彼らの進む道は、いつ舗装されたのかも分からないほどの路面。

見渡せば、既に周りは木々に囲まれ、草花が青々と茂っている。

路面の広さも、ギリギリ馬車が倒れそうな程の広さである。


馬車が完全に停車してから

「あそこなら、馬車も停められそうじゃない?」

仕事着に身を包んだアイレンが、御者台へと身を乗り出して指をさす。

そこだけは、人工的に草花が刈り取られ広く路面が露出していた。



彼は、空を見上げおおよその時間を考える。

(日が完全に沈むまでには時間はあるけど…)

既に、天高く昇っていた太陽は傾き始めている。

次第に空の下が青から赤く染まり始めているのを確認して、シズリーは

「この先、妥当な場所が有るかもわからないしね」

呟く。


「じゃぁ、今日はここで一晩過ごすの?」

「そうしよう」

馬車を停め、シズリーは自身の大きな耳に手を当て耳を澄ませる。


その様子に

「……どうしたの?」

アイレンが尋ねれば

「……近くに川もありそうだし、やっぱりここが一番かもね」

と、シズリーは微笑む。

「川?」

眉根を寄せてアイレンも耳を澄ましては見るが、彼女の聴力では聞き取ることができずにいた。

「人間には無理だよ」

「それって随分遠いってことじゃないの?」

「さぁ?でも、行ってこようかなとは思う」

そう答え、シズリーは御者台から降り立つ。


その後に続くように、アイレンも御者台から降り立ち、

「まぁ、ここでなら比較的安全なのかもね」

と辺りを見渡し呟く。


彼女の呟きに彼は

「………どういうこと?」

疑問符を浮かべる。

「私たち以外の旅人……って表現すればいいのかしら」

歩み進めるその先を見て

「どうやら、そのようだね」

シズリーも合点が行く。


人工的に草花が切り取られたこの路面である他に

「ね?これ焚火のあとだもの」

彼女が歩み進めた先で、彼女は両手を広げる。

彼女が立つ路面には、炭になった枝が散らばっていた。


その炭となった枝を摘まみ上げ

「まだ新しそうだしね」

彼は匂いを嗅ぐ。

「新しいなら尚更。危険な獣達もいないって思えるでしょう?」

アイレンの問いかけに

「まぁ、基本この道は人の手が入ってるから安全だとは思うけどね」

と、シズリーは答える。

「それって……」

「一本でも茂みに入ったら分からないってこと」

そう答え、シズリーは肩をすくめながら答え、

「俺達も早々に準備しないと」

暗くなると厄介だ。

と言いながら、彼は足早に点火できそうな枝を探す。


その行動を横目に見ながら、アイレンは幌馬車の中へと戻る。

「アイレン?」

彼が幌の中覗き込み声をかけると

「お腹空いたでしょ?」

小さな袋が手渡される。

彼女の腕の中には使い捨てのコップや皿が抱え込まれていた。

「まぁね。で、何これ」

小さな袋をアイレンから受け取り、彼はしげしげと見つめる。

「乾物の野菜スープ。お湯を入れるだけの簡易的なものだけど、無いよりマシでしょう?」

「そうだね。川魚でも捕ってくれば立派な夕食になるね」

微笑み、シズリーは言う。

「……魚?……え、もしかして…」

「うん。ちょっと日が沈まないうちに捕まえてくるよ。川も近いみたいだしね」

近くと言っても、彼の聴力だ。

あてにはならない。

実際に、アイレンの耳には聴こえてくることのない川の音を彼は言っているのだ。


「……野性的ね」

半眼で見据えれば

「……モグラでも捕って焼く方がいい?俺はどっちでも構わないよ」

と、シズリーは淡々と答える。

「モグラ………」

ウェ~と舌を出し渋い顔をする。

「見た目が無理でしょ?だから魚」

彼は意地悪に笑う。

「文句なし」

アイレンは、即答する。

「よろしい」

その反応に、彼は満足げな顔をして頷く。



「じゃ、この子たちにお水とご飯。一足先にあげてるわね」

そう言って、赤い髪を揺らし彼女は馬へと駆け寄る。

「任せたよ。行ってくるね」

そう言い残し、彼は草木を掻き分け、道なき道を突き進んでいく。



その姿を目の端で見送ってから

「食べていいわよ。お疲れ様」

アイレンは、馬の頭を撫でる。

一鳴きし、馬は頭を垂れ食事を始める。

「いい子ね」

呟き、二頭の馬を彼女は見つめる。


そんな彼女の耳に突然

「アイレン・ストレシア」

よく聞き慣れた男の声が、彼女の名を呼ぶ。


しかし、彼女は驚くことはせず、振り向く。

名を呼んだ人物を捉えて、金色の瞳が好戦的な目に変わる。

「あぁ……、ライア一昨日の夜ぶりね?……未だに報酬を貰っていないんだけど?」

アイレンは、一昨日の依頼主に歩み寄る。


頸動脈を切り、葬り去った男を思い出しながら彼女は続ける。

「下品な男は嫌。って言っていたのにね?最後まで命乞いなんかしちゃって…」

忌々しく、彼女は唇を噛み目の前の男を睨む。

そんな彼女の視線にたじろぐことは愚か、彼は顔色ひとつ変えず淡々と答える。

「既に約10年の仲だろう?固いこと言うな」

「11年よ。勘違いしないで」

アイレンはライアの年数に否定をする。


「そんなに苛々するな」

そう言って、彼ライアはアイレンに近づき封書と小さな布袋を差し出す。

小さな布袋は、【報酬金】だということは分かっていた。

しかし、一緒に手渡されそうになった封書があるために

「………今の状況は、話してなくても貴方なら分かるわよね?仕事はしばらく休みたいのだけど」

両腕を広げ、彼女はどちらも受取ろうとしない。

何故なら、その封書こそが彼女に与えられる次の依頼であると理解していたからだ。


その懇願に、

「この道をまっすぐ行くんだろう?遅くとも……明日の夕刻にはゲラタムだな」

深い深い緑色の瞳を、金色の瞳に絡ませてライアは淡々と呟く。

しかし、11年も共にした依頼主だからこそ分かりえる、彼の威圧感に彼女は冷や汗を垂らす。


拒否は許される状況ではないことは、全身で彼女は知っていた。

暫く、お互いがお互いに無言で視線を絡ませていたのだが

「………はいはい。わかったわよ」

アイレンは諦め、ライアの手から布袋と封書を受け取る。

布袋の中から、ジャラ……と、音が響く。

暗殺の重みが金貨となって彼女の手のひらにのしかかる。

その重みに

「人の命は安いもんね」

彼女は嘆息交じりに呟き、布袋を開ける。


彼女が報酬金を数え始めた時だった。

「……突然、あの町ヘリクサムからいなくなったが……殺しが嫌になったか」

彼女はその問いに、硬貨を数えるのをやめ怪訝そうに顔を上げる。

「殺しなんて元々嫌よ。何のために己の手を赤く染めてるかなんて、話を持ちかけた貴方が一番知ってるでしょう?」

「ジェイク……か」

「貴方が言ったんじゃない」

素っ気なく答え、彼女はまた布袋を覗き込む。



その行動を見ながら

「ジェイクの手掛かりを掴むためにとは言ったが……」

ライアは呟くが

「拒否権なんてあの時与えられなかったわ」

彼女は11年前、目の前の男と接触した時のことを思い起こす。

「そんなつもりは無かったが?」

「よく言うわよ。『アイレン・ストレシア。俺と一緒に、ジェイクの本当の行方を知りたくないか?』なんて」

「俺は話を持ちかけただけだ」

「そう言うと思ったわ。掴めた手掛かりは、アイツが暗殺者だったってことだけだしね」

諦めたように彼女は言葉を吐き捨てる。


シズリーが彼女の元に現れる1年前、アイレンが7歳のころ目の前の男は突如彼女の前に現れた。


(……私の師であり、依頼主。1年みっちりと基礎を叩きこんでくれたっけ。……でも、私はこの男の素性を詳しくなんて知らない)

感慨ふける彼女を、ライアは左目だけで見つめる。



彼の右目は怪我なのか。

眼帯をしていて、外した姿をアイレンは一度も見たことが無い。

そして、彼女も特に知ろうとなんてしてこなかった。

別段、特別な感情があるわけでもない。

彼女にとって彼は、昔は師匠であり、仕事を他愛もなく済ませる現在は仕事を持ってくる人物。

そして、彼女の中での最大の目的『ジェイク氏』の手掛かりをいち早く掴んでくる人物にしか過ぎないのだ。


そんな彼が、硬貨を数えるアイレンに問いかける。

「……てっきり……魂の浄化を狙いに行ったのかと思ったんだが?」

「………魂の浄化?」

怪訝そうに顔を上げて、彼女は硬貨を数えるのを完全に辞める。

既に、日は傾き、西日がお互いの顔を朱に染め上げる。


「シズリー……という混合種に同行しているんだろう?」

その名に彼女は眉を動かし

「付いてきたの?いつから?」

頭では行動を全て見られているとは理解していたものの、実際に言葉で突きつけられ、困惑気味にアイレンは問う。


しかし、その問いかけをライアは無視し

異世界(シャルバラ)には、魂の浄化をする道具が存在する。……暗殺が嫌なお前の事だ。てっきりそのために付いていくのかと思ったんだがな」

見当違いのようだな。と付け足して、ライアは彼女の金色の瞳を己の緑の瞳で見つめる。


「初耳よ」

「……では何のために?」

「それは……ジェイクの…」

彼女が言いかけるも、ライアが突然彼女の奥を見つめ…睨む。

「……混合種(シズリー)が帰ってきそうだな。次回の依頼頼んだぞ」

「え?ちょ……」

ライアは踵を返し足早に移動していく。

ほんの数秒で、彼の姿はどこかへ消えた。


アイレンは、呆気にとられながらも、封書と布袋をこっそりと幌馬車の奥へと仕舞い込んだのだった。

ご閲覧ありがとうございます。


第2章に入りました。

次回更新

明日18時。



季節も3月に入りましたね。

1日1日と、暖かくなってきてるなー

なんて思っていたら

雪国は本日、猛吹雪になりましたw


春はいずこwww

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