第一章 最終話
どのくらいの時間、幌馬車を走らせただろうか。
既に、ヘリクサムの小さな町並みは完全に見えなくなっていた。
石畳の道も既になく、民家もまばらになってきた辺りで、シズリーは馬を操り馬車を停める。
「……さて…」
御者台から、呆れた顔で幌の中を彼は見る。
「そろそろいい加減出てきてくれないかな…。起きてるよね?」
そう、言葉を投げかける。
すると、
「…起きてるの気づいてたの?」
幌の奥のから赤い髪が揺れ、アイレンが顔を出す。
「なんとなく、付いてくるのかなとは思ったけど…まさか幌の中で寝てるとは思わなかったんだけどね」
呆れた声を出し、彼は緑色の瞳でアイレンを見つめる。
「起こしてくれればよかったのに。シズリーは優しいわね~」
からかうように彼女は言う。
「………放るよ」
半眼で、彼はアイレンを見据える。
「付いていっちゃだめ?」
両手を合わせ、アイレンは小首をかしげる。
「今更ダメだと言っても付いてくるよね?」
はぁ。とため息をつき、シズリーは片手で頭を抱える。
「流石ね。わかってるじゃない」
嬉しげにアイレンは、彼の座る御者台まで這い出てくる。
「……マスターからちゃんと許可はもらったの?」
幌で寝ているのを一緒に見て連れてきたが、彼は念のため聞いてみる。
彼の問いかけに、
「コレを預かって来たわ」
彼女はポケットから、きっちりと封が綴じられた手紙を差し出す。
【娘にジェイクの事…全てを伝えてくれ。また会えることを楽しみにしとる。頼んだよ】
手紙には、そう記されていた。
シズリーは読み終えて大きなため息をつき
「本っ当にあの人は……」
耳を垂らし呻く。
「なんて書いてあったの?」
「………秘密」
手紙に一つだけキスを落とし、彼はそれをポケットへと仕舞い込む。
「……ふぅん」
「気にならないの?」
「気にならないと言ったら嘘になるけど…男同士の秘密の共有には口出しできないわね」
と言い、彼女は御者台から降り立ち伸びをする。
そんな彼女に、シズリーは
「晴れてよかったね」
微笑む。
爽やかな青い空。
太陽が、シズリーの少し傷んだ金髪を照らす。
アイレンは伸びをしたまま振り返り、
「……と、いう訳で。ジェイクの事とか、シズリーが何者なのかとか、何よりもシズリーの帰る家をこの目でしっかり見たいのでよろしくっ」
そう言って、御者台へと上ってくる。
「何が、と、いう訳かは置いといて…マスターが何を吹き込んだかは知らないけどね、アイレン…何か勘違いしてない?」
「え?勘違い?」
彼女はストン。と彼の隣に腰掛けて聞き返す。
「先日、異世界には、一部の人間しか行けないと言ったよね?アイレンが適用されるかは分からないからね?」
彼は意地悪な顔をして、アイレンの頬をつねり、伸ばす。
「いひゃい!いひゃいわひょー」
金色の瞳にうっすらと涙を浮かべアイレンが抗議する。
「それでもいいならどうぞ?付いてきなよ」
微笑み、彼は頬から手を離す。
「……って、ちょっと待って?今の物言いは……」
つねられた頬を擦りながら、彼女は不敵な笑みを浮かべる。
その笑みを見て、シズリーは
(しまった)
胸中で毒づく。
何故ならば
「アンタの家って異世界にあるって事ね?」
アイレンはニヤリと口角をあげる。
「さて、それはどうかな」
「ま、それも最後のお楽しみってことよね」
己で答えを完結させた彼女を見て彼は再び、馬へとつながる手綱を握る。
「…まずは西に行くの?」
「あぁ。音楽の街ゲラタムを目指すよ」
「…2日ってところ?」
「そうだね。ほら、もう出るから早く」
彼はそう言って、アイレンを幌の中に戻るよう促す。
彼女が幌の中に座ったのを確認して、再び幌馬車はを走り出させる。
太陽に照らされて、二人は走り出した。
ゲラタムまでまっすぐ伸びた、長々と続く白い道を。
第一章 END
駆け足でしたが、第一章2月いっぱいで更新することができました。
ここまでお読みくださった皆様には感謝申し上げます。
次回より、第2章に入ります。
第2章の更新は
3/4 18時更新。
久しぶりに、土曜日まで間が空きます。
第二章では、
シズリーと、例のペンダントの秘密。
ハリスの存在。
ジェイクのこと。
リリア、テアのこと。
ポーターのこと。
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などなど、たくさん盛り込んでおります。
まだまだ先は長いですが、彼らの旅路を応援していただければと思います。
最後になりますが、第一章最後までお読みいただき誠にありがとうございました。
引き続きよろしくお願いします。