第10話
東の空がぼんやりと明るくなる。
シズリーはベッドの上に座りながら
「さて……と」
朝日がまだ入らぬ、眠たげな部屋で呟く。
服の中から首にぶら下がる直径5センチほどのペンダントを手に取り、
「よくこの10年、アイレンにも……マスターにも見つから……あぁ、マスターは知ってるのかも」
昨夜の会話を思い出し苦笑する。
彼はそのペンダントを摘み見つめあげる。
彼の視線の先にある翡翠で出来たペンダントだ。
そのペンダントは、金色の六芒星が描かれている。
「気持ち悪いよねぇ…このデザイン…」
彼は呟き、困った顔で六芒星の真ん中に施されている目玉模様に触れる。
最も、目玉模様というよりは、天眼石が埋め込まれているだけなのだが…。
彼はそのペンダントを懐かしそうに、そして悲しげに見つめながら、
「………ハリス…」
呟き、一つだけキスを落とす。
そして、再び何事もなかったかのように自身の首元へとぶら下げる。
「そろそろ……行かないとね」
ベッドから降り立ちドアへと歩む。
そして部屋を見渡す。
「10年間…お世話になりました」
一礼し、共に過ごした部屋を後にした。
部屋から出ると、ルイは既に起きていた。
「流石に…今日はTシャツじゃないんだな」
からかうルイに、シズリーは
「まぁね。10年ぶりに着たよ」
答える。
濃い紫色の肌触りの良い衣服を纏う彼に
「ボロ布だったのはそれかい?」
ルイは冗談交じりに言う。
「……そうだね。でもちゃんと着れるまでに修復したよ」
食堂の椅子に座りながら、黒いブーツを履き直し、彼は答える。
「アイレンは手先が不器用だからな。教えてやってくれ」
「無理だよ。これは手芸で直したんじゃないよ」
とシズリーは困り顔で答える。
「……異世界の力…だな」
「そんなところ」
と相槌を打ってシズリーは立ち上がり、窓の外を見る。
「あぁ……馬車が来たようだな」
「そうだね。もう行くよ」
荷物というほどの大きなものも無く、彼は玄関へと歩む。
大きな荷物はこの先邪魔になるだけだからだろう。
「運搬屋は頼んだのかい?」
そんな彼の背中にルイは質問する。
その質問に振り返り彼は答える。
「昨日問いかけようと思ったけど……普通の人間なら知らないはずの運搬屋のこと、やっぱり知っているんだね」
シズリーの言葉に一つだけ頷く。
「あの日、知らないと思ってたんだけどな」
苦笑するシズリーを一瞥し、
「あの日?」
ルイは眉根を寄せる。
「アイレンにピアスホールを開けた日だよ」
俺は、昨年アイレンが18歳になった日の事を示す。
「あぁ、あの日もジェイクの話をしたな。でも……ポーターの詳細は知らんよ。人間に秘密にしてこちらに連れてきているって事くらいか」
シズリーはため息をつき答える。
「それだけ人間で知ってるなら充分だと思うけど?」
「まぁ、ジェイクから少し聞いた話だからな」
ルイはからかうように笑う。
「まぁでも、昨晩も言ったでしょう?俺は人間界に来るときにポーターを使用していないって。帰るときも使うつもりは無いよ」
「しかし……なぁ?」
ルイの言いたいことを悟り、シズリーは、
「犯罪だってわかってる…人間界と異世界を繋げ、混合種を転送させる法的業種だ。人間界のパスポートみたいなものだしね」
口早に答える。
「……分かっていてなぜ危険を犯すんだい?」
「秘密裏に人間界に来ているのに堂々と帰れないでしょ。それこそ、危険だよ。それに……人間界でバレたら貴方たちも捕まってしまう」
と言ってシズリーは肩をすくめ、言葉を続ける。
「ジェイクさんや、カスールからはなぜポーター不使用は罪になるかっていうのは聞いてないの?」
「残念ながらなぁ」
「そっか。ジェイクさんはもう会えない状況だし……そのカスールのことは3歳までしか知らないんだもんね」
仕方ないか。と呟く。
「カスール君は今どこにいるかもワシは知らん」
そうルイが呟くと、シズリーは緑色の瞳を鋭くして告げる。
「それは、彼がポーターの権力者となっているからだよ」
その答えに、
「なるほどな。それじゃ見つけられんわけだ」
ルイは納得がいった顔をする。
「仕方ないさ。ポーターの力は、乱獲対策だ。異世界と人間界の均衡を保つため、秘密裏にしなければならないからね」
シズリーの答にルイは完全に納得した表情へと変わる。
そして
「……人型精霊…か」
ボソリと呟く。
「そう。人型精霊が人間に乱獲されるのを防ぐために彼らがいる…いわば、ポーターは異世界に居る住人の守り人だ。異世界から人間界に行った者たちを、人型精霊から混合種……全ての者たちを把握してなければならない」
「だからこそ、人間はそちらに行けないんだな?」
ルイの質問にシズリーは縦に首を振り、
「そう。簡単に来られたら、それこそ人型精霊が再び乱獲にあい、絶滅してしまう」
「……20年ほど前に絶滅したと聞いとるが……その口ぶりは、やはり絶滅してないな?」
眉根を寄せルイが問いかけると、
「まぁね。ただ……人型精霊が自由に人間界に来れないのは悲しいね」
「……彼らは小さく魔力も弱い。捕まえるのには格好の存在だからなぁ…」
ルイは、悲しげに顎鬚を触りながら見上げる。
「ヘリクサムにも来たりしてたの?」
「絶滅したと20年前、政府が伝えたが……その一年前くらいまではその辺で稀に見かけたもんだ」
「そうなんだね」
「20年で、人型精霊は成熟期になれるのかい?」
素朴なルイの質問に
「それぞれ個人差があるけれど20年じゃ、まだな場合が多いね。どうして?」
「ん?青い髪をした……『スノウェル』という人型精霊と茶飲み友達だったんだ」
「マスターにも知ってる人型精霊が居たんだ」
少しだけ、意外そうにシズリーはルイを見つめる。
「ワシは意外と顔が広いからな」
「まぁ……ジェイクさんと親友だったなら普通か。……っと…待たせると悪いから、もう行くね」
ドアノブに手をかけシズリーはルイに声をかける。
「そうだな。気を付けて帰るんだぞ」
「ありがとう」
礼を述べシズリーは外へと出る。
が
「マスター!!!」
ガチャリ。とドアが開き大きな耳が玄関から覗く。
「おや、早かったな。お帰り」
「冗談はそこまで。こんないい物俺乗っていけないよ」
「なぁに、最後のプレゼントだとこの間言っただろう?」
そう言ってルイは玄関を開ける。
「幌馬車なんて……高いでしょう?」
ルイに背中を押されながらシズリーは再び外へと出る。
そんなシズリーに
「なぁに。レンタルさ。一番最初の目的地は?」
「え?まずは隣街のゲラタムだけど……」
「馬車でも2日はかかるだろう?ゲラタムで、門番に託せばいい」
「……見越してたの…?」
シズリーの質問には答えず
「幌でもなんでも吹きさらしよりいいかと思ってな」
にこやかにルイは告げる。
「……最後まで何もかも有難う…じゃ今度こそ行くね」
後ろ髪を引かれる思いでシズリーは御者台へと座ろうとする。
しかし、シズリーの顔が引きつるのをルイは見逃さなかった。
「高所恐怖症かい?」
「違うよ!」
「どうした?」
ルイは不思議そうにシズリーに問いかける。
「マスター…幌の中…」
ジトッとした目で、シズリーはルイを見る。
幌の中をルイも確認するが
「……頼んだぞ」
にこやかに笑う。
「やたら、話してると思ったけど…さっきの長話はこういうことだったんだね?」
「さて、なんのことかね」
この言葉にシズリーは諦めがついたのか
「マスターがいいならいいや」
「ん。達者でな」
と言って、シズリーに右手を差し出す。
その右手をしっかりと握り返しながら
「……5年…で現れなかったら10年後楽しみにしていてね」
彼はニヤリと意味深に告げる。
「…あぁ。楽しみに待っとるよ」
二人は固い握手を交わす。
温かな、ルイの体温を感じてからシズリーは10年間の故郷、ヘリクサムを旅立った。
馬の蹄が石畳を蹴り上げ、幌馬車はガタガタと揺れる。
段々と小さくなる幌馬車を見ながらルイは
「さて……これで、ワシの務めは一旦終わったな」
呟くのだった。
本日は
第一章 最終話も更新します。
21時より更新。
3月より、第2章へと突入します。
ようやく彼らもヘリクサムの小さな町を出ます。
よろしくお願いします。