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 埃を被った床は足音を立てることを許さず、沈黙の中を僕らは進んでいった。

 ナイフの炎の出力を高めて部屋の内装が少しでもよく見えるようにすると、予期した通りに、


『あなたは誰? 勝手に私の聖域に侵入するなんて、傲岸不遜もいいところだわ』


 女性の冷たい声が部屋の奥の方から放たれた。

 この人が、クーのお母さん……! 


「僕はトーヤ。クーと一緒に、あなたとお話があって来ました」


 僕はなるべく落ち着いた、静かな口調で名乗った。

 相手を刺激しすぎないように、慎重に。


「お母さん、今日はどうしても言わなきゃいけないことがあって来たの! だからお願い、話を聞いて……!」


 切羽詰まったクーの様子に、僕は彼女を精一杯後押ししようと気持ちを引き締め直した。

 相手はリッチだ。エルやモアさんにも匹敵するだろう大魔法使いである。もし戦いになったら果たして勝てるのか……不安は残るものの、今は全力で魂をぶつけるだけだ。


『クー、ここはあなたが来ていい場所じゃないのよ。あなたは本来いるべき場所──お父さんの所へ戻らなきゃ駄目』


「嫌、戻らない! わたしはお母さんを止めるためにここに来たんだから……!」


 クーは武器を持たない。高い魔力を有しているものの、魔法を知らない。

 そんな彼女だが精神力を振り絞って、闇の奥からの圧倒的な威圧感に立ち向かっていた。

 そして僕に出来る応援は──彼女の手を握り、勇気を与えることだ。

 

「お母さん、わたし悲しいの。二日前に死んだハミルトン氏はお母さんが死なせたんでしょ? どうして、人を殺すようなことをしたの……?」


 クーの言葉に闇の奥の女性はしばし何も答えなかった。

 汗ばんだクーの手を強く握り、僕は女性の返答を待つ。

 やがて部屋の円周に青白い鬼火が灯り、ドーム型のそこにいる女性の姿が露になった。


『どうしてだなんて、そんなの分かりきっていることでしょう? 復讐よ。あの人の犯した罪に対するね』


 風もないのになびく金色の長い髪。

 身に纏う新婦のような純白のドレスに靴、銀の髪飾り。

 尖った細い耳はエルフであることを強く主張し、美麗な顔立ちは薄く笑みをたたえていた。


『あの人が悔い改めるまで、私の復讐は終わらない。あの人が神に懺悔するまでは……』


 そう囁いて彼女は天井を仰いだ。ドームの天辺のステンドグラスに描かれた女神の肖像に祈るように手を合わせ、彼女は瞑目する。


『あぁ、神よ。か弱き私達を守ってください……!』


 彼女は祈りを捧げ、願いを口にした。

 すると天井の女神の瞳が赤い光を明滅させる。気のせいではなく、本当に彼女の言葉に反応して光っているようだった。

 この現象もこの人が作り出したものなのか? 首をかしげる僕に、彼女は笑みすら浮かべずに冷酷にも言い放つ。


『ふふっ、人間は皆殺しよ。──お前たち』


 腕を横に振る彼女の前に、一気に五体ものアンデッドが出現した。

 鎧兜を纏った骸骨のモンスター《スパルトイ》である。


『…………』


 声もなく現れたスパルトイ達は腰から同時に剣を抜いた。

 ガタンと背後のドアが閉まり、鍵がかかる小さな音がする。これでもう、逃げられない。

 

「お母さん、止めてよ……! トーヤを、殺さないで!」

 

 クーの悲痛な嘆願も、復讐に狂ったリッチの耳には通らなかった。

《神器・魔剣グラム》を抜剣した僕は、クーに目で「大丈夫、切り抜けてみせる」と伝える。

 それを理解したクーは胸に手を当てて頷きを返した。


「君のお母さんを救うために、僕はこの戦いに必ず勝つ。君はそこで見守っていて」


 どんな強敵でも、僕と僕の剣なら貫ける。

 相手の数は五体。普通に考えれば袋叩きにされて負ける勝負だ。

 それでも──勝たなきゃ。ここで勝たなければ、またハミルトン氏のような犠牲者が出てしまう。それだけは防ぎたい。


「行くよ──」


 心臓から剣に魔力を込め、踏み込んだ。

 一番手前にいる骸骨に一撃をお見舞いする。相手も剣で防いでくるものの、武器の力でこちらが押している。

 

『…………!』


 しかし、一方的に押していけるのはあくまでも一対一である時のみだ。

 単体の力は弱くても集まれば強くなる。集団の力は、孤独に戦う僕を無感情に攻め立ててきた。


「っ……!」


 闇を纏った片手剣が四方から突き出される。

 高速で打ち出されたその攻撃を生来の動体視力で見切った僕は、咄嗟に体を低く屈めることで真っ直ぐ放たれた刺突を回避した。


「トーヤ、頑張って!」


 クーの声援が僕に更なる力を与えてくれた。

 最初に斬り込んだ骸骨が衝撃から立ち直り、再び剣を構えて襲ってくるのを横っ飛びに避ける。

 大味な攻撃は盛大に空を切り、刃が床板をバキリと破壊した。


「らああッ!!」


 複数による同時攻撃は剣で弾きつつ避け、単体攻撃には正面から打ち返していく。

 僕は一撃出しては離脱、出しては離脱を繰り返した。

 長い打ち合いはそれだけで他の敵が攻め入る隙を作ってしまう。そうならないよう緻密に戦いを組み立てながら、僕は着実に相手の動き方や癖を分析していった。


『…………!?』


 すでに一体のスパルトイを戦闘不能へと陥らせ、残るはあと四体だ。

 なかなか剣が当てられずに躍起となって攻めかかる相手に対し、僕は広々とした部屋を縦横無尽に駆け巡ることで応じた。

 鎧を着ているため相手の方が足は遅いので、逃げ切ろうと思えば逃げ切れる。単純な思考しか出来ないスパルトイは正直に追いかけてくるはずで、僕は逃げながら敵が疲弊したところを討つだけでいい。


『見ていれば、さっきから逃げてばかりじゃない。正面から戦うのが剣士としての戦い方ではなくて?』 


 やや苛立った口調でエルフの新婦は言った。

 どこからか出してきていたらしい杖を振るい、黒い光の渦からスパルトイをもう一体生み出す。

 生まれた骸骨の鎧剣士は戦場へ加わり、再び五対一の構図を作り出した。


「そんな……あれじゃあ、いくら倒してもまた……」


『そうよ。何度倒されようが私のアンデッド達は蘇る。人間がどれだけ戦おうが、私の兵は尽きることはないわ』


 戦場の外でクーとリッチの声がする。

 僕はそれを聞き流しながら、逃げの戦いから別の戦術へ切り替えた。

 最低限の動きで相手の技を弾き、それを高速で繰り返していく。集中力を切らせば敵の剣に斬られて即死だが、その対策は戦うなかで考え付いていた。 


「……っ!」


 両手で装備していた《魔剣グラム》を片手に持ち直す。

 ぐっと増す重量感。小柄である僕が片腕でこの剣を振るえるのは、そう長くはないだろう。

 僕は激しく息を吐き、汗を垂らしながら空いた左手で腰のナイフを抜いた。

 火属性の魔剣、ジャックナイフ。その炎は攻撃だけでなく防御にも使えるのではないか。

 試したこともなかったが、やってみる価値はある。僕はナイフから炎を迸らせ、螺旋の渦を巻くそれを自らの体へ纏わせた。


『何をするつもり? そんなまやかしで、私達に勝てるとでも思っているの?』


 その問いにはっきりとは答えられない。

 しかし、直後──言葉でなく、彼女の目に映る光景に答えは全て映し出された。


「高い魔力を纏う──魔力の壁を作ることで、半端な攻撃なら完全に防御することが出来る。魔導士だったあなたなら、もちろん知っていますよね」


 僕はナイフを腰に戻し、両手でグラムを横薙ぎする。

 二体のスパルトイが鎧の破砕音を立てながら吹っ飛んだ。だが、それほどの威力の技を出せば反動は少なからずあり、スパルトイ達がそこを突かないわけはない。

 しかし僕の理論通り──これは実はエルの受け売りなのだが──スパルトイの剣は僕の腕や胴を捉えるも、全身に纏わせた炎が火花を散らしながら弾き返してくれた。

 

『っ、そんなもの反則よ! 大体剣士に魔法が扱えるはずが──』


「例え反則だとしても、この世界では勝ったものが正義。それはあなたも分かってることですよね。それと」


 攻撃を受ければ衝撃は受けるものの、血が流れることはない。

 防御を捨てた僕は、思い残すことなく攻撃に専念した。


「この炎は、僕の大切な父さんから受け継いだ技なんです。僕の魔法じゃない。けれど、僕はこれを扱うためにこれまで努力してきた。何度も練習を積み重ねれば、剣士にだって魔法は扱えます」


 スパルトイの命を一体ずつ漆黒の剣で刈り取っていく。

 そいつがリッチの魔法で何度蘇ろうと、僕は止まらなかった。

 今の僕に対してこの相手はあまりに脆い。勝負はすでに決していた。


『……はぁ、はぁっ……』


 もう何回スパルトイが蘇った頃だっただろうか。

 僕の魔力が限界を迎えようとしていたところで、リッチの方が先に力尽きた。

 最後の骸骨をへし折った僕は肩で息をしながら剣を収め、床に膝をつくリッチを見る。


『魔剣グラム……まさかこれが実在して、更に手に入れている人間がいたなんてね。その剣なら私の体も、魂も斬ることが出来るでしょう。……さあ、やりなさい』


 リッチは深く頭を垂れ、乾いた声で言った。

 僕は彼女から視線を外し、胸を手で押さえるクーを見やる。それから一言、リッチの母親に声を投げ掛けた。


「……僕は、疲れたよ」


 それを期に、しばしの静寂がこの空間を満たした。

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