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「な、なんで開かないの!? トーヤ君、クーちゃーん!」


 閉められた扉をドンドンと叩き、シェスティンは叫んだ。

 彼女の隣でモアが呪文を唱え、扉へ向けて何か魔法を使うが効果はなさそうだった。


「ダメですね。解錠魔法ピッキング対策はしっかりされているようです」


「ちっ、シェスティンの馬鹿力もモアの魔法も無理か……ねえモア、ピッキング対策の対策はないのかい?」


「残念ながら、それはありません。そんなものがあれば「泥棒さん入り放題!」なんて事態になってしまいますから」


 エルフの魔導士が告げた現実に、ダークエルフのベアトリスは悶々とするしかない。

 ベアトリス自身は魔法と物理の二刀流。他の二人を足して二で割ったような戦い方のため、二人が試して無理なら彼女にも無理なことは明白だった。

 ダークエルフ族に伝わる魔法にも扉を開く魔法などはなかった。古来から森の中で暮らしてきた彼女らには、扉など無縁のものであったからだ。

 

「そうだ、窓から入るってのはどうだい? 扉が無理でも窓ならいけるかも」


「それも考えました。ですが、試しても結果は同じだと思いますよ。見たところ、この扉には《反解錠魔法》と《物質硬化魔法》がかけられています。この館の主人だったウルズ家は、きっと何よりも侵入者を恐れていたのでしょうね」


 大富豪の館なら、そこに金庫もあった可能性が高い。

 よって防犯設備は万全であるはずだとモアは分析する。


「……くそっ、あたし達には何も出来ないってのかい!? こんなの、あんまりじゃないか……」


 扉を最後に思いっきり殴り付け、ベアトリスは地面に座り込んだ。

 消沈する彼女に、ふと何かに気づいたらしいシェスティンが声をかける。


「ねえ、あっちの方なんだけど……誰か来る」


 ベアトリスは顔を上げた。モアと共に、シェスティンが指差す方向を見つめる。

 月光を反射して輝く噴水。その陰に浮き出る黒い影。

 それは彼女達のもとへ一直線に近づいてきていた。


「人、なのか……?」


 訝しむ呟きを落とし、その人影に目を凝らす。

 自分達と同じように幽霊事件を追ってきた人物なのか、それとも……。

 

「まさか、いや、ありえないって……」


 黒く靄がかかったように人影はぼんやりとしか見えない。

 青白い月光を浴びてなお、それは闇を纏ったままだった。

 静かに、静かに近づいてくる。男か女かも判断つかない。ただ、黒い影としかいえないものが、動けずにいるベアトリス達のもとへ迫り来ていた。


「どうするべきだ……声をかけてもいいのかな……。なぁ、モア、シェスティン?」


 声を最小限に潜めてベアトリスは隣にいるはずの二人に訊ねた。

 しかし、返答はない。

 

「…………」


 黒い影に釘付けとなっていた視線を、おそるおそる横へ向ける。

 次いで彼女は凍りついた。

 二人の姿はすでにそこにはなかったのだ。


「っ、どういうことなんだ!? モア、シェスティン! どこに行って……?」


 首を無茶苦茶に振って辺りを見回す。

 しかし、360度どこを見渡しても二人は見つからなかった。

 冷や汗が垂れる。動悸がする。幽霊屋敷に一人きりでいる、その事実が彼女を恐慌に陥れた。

 

「はぁ、はぁ……くそっ、こんなことなら来るんじゃなかった……」


 開かずの扉を乱暴に叩き、ベアトリスは吐き捨てた。

 トーヤとクーは館の中へ消え、モアとシェスティンもどこかへいなくなってしまった。自分だけが取り残され、すぐ近くには得体の知れない影が──。


「……!」


 荒く息を吐きながら彼女は影のいる方向を振り向いた。

 逃げる間もなく接近を許してしまったか──乾いた唇を噛み、ベアトリスは腰から得物を抜く。

 だが、振り抜いた棍棒は空を切るのみでしかなかった。


「あいつ、消えたのか……?」


 まっすぐ歩いてきていた影はいなくなっていた。

 そのことにほっとしたあまり、ベアトリスは地面にへたりこむ。

 もしかしたら、影が消えたことでモアとシェスティンも戻ってくるかも──背後に人の気配を感じたことで彼女の期待は現実に変わった。


 そう、なればよかった。


「二人とも、どこに行ってたんだい? 心配して──」


 そこにいるものを目にして、ベアトリスは言葉を失った。

 モアとシェスティンではない、別の女の姿。

 豊かな金色の長髪を流す美しい女性だ。顔は死人のように青白く、何より特徴的なのがエルフの尖った耳である。


「あ、あっ……!?」


 後ずさり、玄関前の段差に足をとられて尻餅をつく。

 自分を見下ろしてくる白装束のエルフの女に、ベアトリスは悲鳴を上げることすらままならなかった。

 

『ようこそ、私の素晴らしい城へ……歓迎するわ』


 その声を聞いたのを最後に、ベアトリスは意識を手放した。



「ここは、わたしとお母さん、お父さん……わたし達の家族が住んでいた場所なの。久しぶりに来れて、クー、嬉しい!」


 無邪気に喜びを表すクーに、僕も自然と微笑んでいた。

 階段を上がって右の通路をしばらく進んだ僕らは、横長の館らしい長い廊下の奥のドアを開く。

 そこから入った先には、クーの思い出の場所の一つであるという食堂の光景があった。


「ここでクーは毎日食事をしていたんだね……」


「そうなの。ここの料理人さんが作る料理は、とっても美味しかったんだよ!」


 当たり前だけど食堂は館らしく広々としていた。

 大きな長テーブルに何脚もの椅子が並び、ここに客を呼んで晩餐会でも開いていたに違いない。

 最奥の上座にはウルズ家の当主が着き、皆と談笑したりしていたのかも……そこまで想像したところで僕はクーに視線を戻した。


「ねえ、クー。クーのお母さんはどんな人なの?」


 二人で広い食堂を歩きながら、僕は質問する。

 訊かれたクーはにこっと笑み、どこか遠い目になって語り始めた。


「うーんとね、すっごく優しい人なんだよ。いつも笑顔で、誰も傷つけない優しい人。わたしによく寝る前に本を読んでくれて、色んなことを教えてくれる……」


 素敵なお母さんだな、と僕は呟く。

 そう聞いてクーは嬉しそうに頷いた。


「お母さんは、本当にいい人だったんだよ。でも……今は違うの。昔のことにとらわれて、自分を苦しめてる。だから、助けてあげなきゃいけないの」


 クーの口調は強い思いがこもったものだった。

 彼女は絶対にお母さんを救うのだと覚悟を決めている。なら、僕は。


「……僕は母さんを救えなかった。同じ間違いはもうしたくない。君のお母さんを助けるために、本気で彼女と向き合うつもりだよ」


 魔力灯の橙の光を見つめながら、僕は胸に去来した痛みを噛み締めた。

 ここに来られなかったモアさん達の分も、頑張らないといけないし……お母さんを救うことでクーが喜ぶならそれでいい。


「トーヤ、ありがとう」


 クーは静かな声音で言った。幼い顔に儚げな笑みが浮かぶ。


「うん。……お母さん、ここにはいないみたいだね? 別の場所を当たってみる?」


 食堂の各所を魔力灯で照らしながら確認していったが、人がいる気配はどこにもない。

 クーの話しぶりからしてお母さんが怪我や病気で動けないという訳ではなさそうなので、見えないところで倒れてはいないはずだ。

 しかし、それならクーのお母さんは……。


「そう、だね……。次は、書斎を捜してみよっか。お母さんは本好きな人だったから、もしかしたらそこかも」


「じゃ、行くか。案内頼むよ」


 彼女のお母さんのことを考えながら、僕は食堂の出口へ向かうクーの小さな背中を追っていった。



 食堂を出た廊下を出て、近くの階段を上って三階へ。

 同じような廊下が続くそこを歩き、ドアを幾つか通り過ぎたところでクーは他とは違った装飾のある扉の前で止まった。

 

「彫られてるのはフクロウと、これは女性かな。フクロウは知恵のシンボルと言われる鳥だね」


「その女性は女神ミネルヴァだよ。知恵の神様だって、お母さんが言ってた」


 魔力灯を近づけてじっくりと扉を観察する僕に、クーは教えてくれる。

 初めて聞く女神様だ。遠くの地方の神様なのかな。

 神話や伝説が好きな僕はその女神が結構気になったが、そんなことは後にするべきだろう。

 そう考えて扉に手をかけようとした、その時──。


「うわああっ!?」


 突然の閃光、わずかに遅れて響く雷鳴。

 思わず背後を振り向いたせいで、窓から差す強烈な雷光に目をやられてしまった。

 直後、ガシャンと音がする。魔力灯を取り落とした音か。


「トーヤ、大丈夫!?」


 クーが僕の胴にしがみつき、悲鳴に近い声で叫んだ。

 彼女の身を腕で抱き寄せて僕は答える。


「ちょっと驚いただけさ……魔力灯はどうなってる?」


 暗い中で眩い光を浴びたため、まだ視力は回復しない。

 壊れてなけりゃいいけど、なんて期待は次のクーの返答で打ち砕かれた。


「だめ、もう点かないみたい。これじゃ真っ暗で歩けないよ……」


 雷鳴は長くは続かなかった。雷光もとっくに止み、立ち尽くす僕とクーを静寂と闇が包み込む。

 しばし間を置いて視力を回復させた僕は、腕の中のクーに囁きかけた。


「月明かりも、もう無いね……。魔力灯も壊れたし、光源は何もない。でも、戻れないよね……」


「お母さんを助けたいっていう、わたしの気持ちは変わらないよ。とにかく、このドアを開けて書斎に入る。そこにお母さんがいるかもしれないから」


 彼女の言葉を聞いて、気丈な子だと僕は感じた。

 小さいながらに強い心を持っている。暗闇を恐れず、進もうとしている。


「そっか。じゃあ、行くよ」


 僕も見習わないといけないな。

 クーを放し、書斎のドアノブをぐっと回した。

 僕達は真っ暗な部屋の中へ足を踏み入れていく。


 書斎は本当に暗くて何も見えなかった。

 耳を澄ませ、誰かの声が聞こえてこないか意識を集中させる。そこに助けを求める人の声がしないか、捜して。


「お母さん……、いる?」


 クーが闇へ向かって呼び掛けた。

 ごく小さな声だったがよく響き、残響が耳に届いてくる。

 だがしばらく待っても、彼女の問いには誰も答えなかった。


「ここにはいないのかなぁ……。トーヤ、場所を変えよう」


「そうだね。次はどこへ向かうんだい?」


 またいないか……これは骨の折れる作業かもしれないな。

 彼女に見えないのをいいことに僕ががくりと首を折ると、クーが手を握ってきた。

 が、その手が突如強ばって、彼女は不自然に沈黙する。


「クー?」


「トーヤ、感じない? 何かの気配を……」


「え……?」


 困惑できたのはほんの一瞬で、僕もすぐにその気配とやらを感じた。

 部屋の暗黒の中から何者かに見つめられるような、そんな感覚。うすら寒いものを覚えていると、黒一色の視界に別の色が生み出され──。


「っ──!?」


 紫っぽい火の玉が三つ、空中に出現した。

 数年の放置によって埃が蓄積されているとはいえ、空中で突然発火するなんてことはありえない。

 僕とクーが時を止める中、火の玉はさらに数を増やしていく。

 幾つも現れた火球は一つの輪を作り、ぐるぐる回転を始めた。

 その回転は徐々に早まり、そして、


「「ぎゃあああああっっ────!?」」


 その輪の中心から巨大な女の首が登場した。

 気味の悪い笑みを浮かべる、分かりやすい妖怪とかお化けの部類に入るものだったが、流石に二人揃って絶叫してしまう。

 黒髪の女の首を直視してあまりの恐怖に硬直する僕。首だけの女がニタニタ笑いながら近づいてきてから、ようやく時が動き出す。


「うわああああああああああああっっ──!?」


 隣のクーの手を捕まえて引っ張り、全速力で逃げ出した。

 出口のドアを蹴り開け、廊下を無我夢中で駆ける。

 

『キャハハハハハハハッ!!』


 甲高い笑声が背後からついて回る。

 後ろを振り向くことなんて出来ない。そんな余裕があるはずもない。

 先の見えない暗闇の廊下を走って、僕はただ逃げ切ることだけを考えた。


「と、トーヤ! も、もう追い付かれちゃう……!」


 クーの金切り声が鼓動を加速させる。

 僕は彼女の足がついてこれるかなどもう気にせず、出せる限りの最高速度でスパートをかけた。

 だがそこで、僕の全速を全て無に帰させる光景が幸運にも目に入ってきてしまう。


「い、行き止まり──!?」


 雷光が再び窓から廊下を照らした。

 それに伴って向かう先も見えてくる。この先は壁──。


「ッ……! もう、逃げられない」


 突き当たりにぶつかるまで、あと何メートルか……。

 僕は唇を噛み、ついでに盛大な舌打ちをしてから腰のナイフを引き抜いた。

 腹をくくって背後を振り向き、右手に握ったナイフを器用に逆手へ持ち替える。


『アハハハハハハッ♪』


 無邪気にも思えてくる笑い声を上げる女の首。

 鬼火を纏って迫り来るそいつとの距離は、もう一メートルを切っていた。

 

「と、トーヤっ!!」


 クーが僕の名を呼ぶ。

 僕は眦を吊り上げ、覚悟を決める。

 化け物にナイフが通じるかは分からない。でも、ここでやらなきゃ僕達は生きて戻れない。


 目は女に向けたまま、そのタイミングが来るのを待つ。

 壁にぶつかるその時まで、あと数瞬もない──。


「はああああッ!!」


 クーの手を背後に投げ出すように放し、僕は壁にぶつかる直前に床を思いっきり蹴って跳躍した。

 その勢いで壁をも蹴り、宙返りしつつ逆手に持ったナイフを迫る女へ切りつける。


「燃やし尽くせ、《魔剣・ジャックナイフ》!」


 父さんから受け継いだ魔法のナイフは、紅蓮の炎を纏って最強無比の斬撃を生み出した。

 深紅の輝きと青の雷光が交錯し、女の首に防御不可能の攻撃を炸裂させる。


『イヤアアアアアッッ!?』


 耳をつんざく絶鳴が上がり、女の首は霧散した。

 床に着地した僕は浅い呼吸を繰り返し、突き放したクーの姿を探す。

 女が纏っていた鬼火は消滅し、ナイフが灯す炎だけが闇を照らすしるべとなっていた。


「ク、クー……」


「トーヤ、わたしは大丈夫だよ。トーヤは、大丈夫?」


「ああ、僕も平気だよ。一時はどうなるかと思ったけど、何とかなったね……」


 クーの無事と光源の確保が出来たことに僕は安堵する。

 自分の魔力を多少は使うものの、ナイフの炎は節約すれば最低でも30分は持つはずだ。

 右手に火を灯す刃を持ち、僕は倒れたクーを引き上げて起こしてやる。


「ありがとう、トーヤ……。それと、ごめんなさい。こんなに危険な目に遭わせちゃって」


「……クーが謝ることじゃないよ。さあ、先へ進もう」


「ううん、わたしが謝らなきゃいけないの。だって、あの《アンデッド》を生み出したのはわたしのお母さんだから」


 声を震わせてクーは告白した。

 俯く彼女に、僕は何と声をかけていいのかわからなかった。

《アンデッド》種のモンスターを自力で生み出すことが出来るのは、同じ種の高位モンスターのみ。

 アンデッドには死者の霊から生まれるものとアンデッドから生成されるものがあるが、どちらにせよクーのお母さんは幽霊──アンデッドだということになる。


「……びっくりしたでしょ? お母さんはこの幽霊屋敷の主、英霊リッチなの」


 リッチ。高位の魔導士が現世に未練を残し、その魔導の粋を集めて自らの体を霊体へ変えた姿だ。

 エルフのクーの母親であればやはりエルフであるだろうから、リッチになれるほどの力を持っていたのも納得できる。


「お母さんは、人としての道を外してしまったのかもしれない。トーヤがそれを軽蔑するなら、しても構わない。でもわたしは、お母さんと会って成仏させてあげたいの。それがわたしに出来る、最後の恩返しだと思うから」


「クー……」


 僕は空いた左手でクーの細い手を包み込んだ。

 それからゆっくりと首を横に振る。半分闇に溶けたような彼女の顔を見て、穏やかに声をかけた。


「軽蔑なんかしないよ。僕は、困ってる人がいたら助けたい。それは生きた人も死んだ人も同じだよ。クーとお母さんが救われるなら、それでいい」


 自分でも驚くほど僕の声音は静かで、淀みなかった。

 はっきりとそう言って、さっき蹴った壁に目を向ける。

 そこには隠し扉があったようで、蹴った時にそれが開いたようだった。館の東端の部屋が開き、その黒い入り口が僕達を待ち構える。


「魔力の流れを感じる。精霊の囁きも、微かだけど聞こえる。……この先に、クーのお母さんはいるんだね?」


 確かめると、クーはこくりと頷いた。

 深紅のナイフを掲げ、灯火となった僕は彼女と共に最後の部屋へ突入していく。

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