最初の誤算
肉は大好きだ。食べごたえもあるし、何しろボリュームがあるところがいい。肉汁も噛みしめた時に零れてくればなお良し。どんなに安い肉であっても、焼いてしまえば万事解決だと思う。そんなアタシを見て、瑞樹に昔、これが本当の“肉食系女子”だ、と言われたことがある。意味はよくわからないが、“肉”が付いているので良しとしよう。
駅前から数歩歩いたところにある格安の焼肉屋に、アタシと穂田さんは入った。残念ながら、ステーキは却下されてしまったのだ。それでも肉なだけまだマシ。
時刻は現在、12時29分。
3人前を一人で食べきってしまうアタシの姿に、箸を止めた穂田さんは苦笑いだった。
「よく食べますね」
「そうですか? 船酔いのせいでいつもよりは小食なんですけどねぇ」
「こ、これで?」
そう言って穂田さんの流れた視線の先にあったのは、アタシの積み上げた大皿たちのタワー。とりあえず全種食べないと気が済まないのがアタシ。
穂田さんが払ってくれるらしいので、アタシは遠慮なく食べることにした。文句は後で従兄に言ってくれ。
「そういえば、従兄は講義だって言ってましたよね?」
「はい。遠藤様は貴女にもメールを送っておいたとおっしゃっておりましたが、聞いていませんか?」
「あぁ…。実は、携帯この前壊しちゃって」
成程、ちゃんとメールしてくれてたのか。心底、あの時携帯を壊さなければよかった、と後悔した。船酔いがあったとはいえ、軽率だった。
今更ながら後悔しているアタシに、穂田さんは箸を置き、小声で話しを始める。
「実は、その遠藤様のことでお話しがあるんです」
「話し?」
ただならぬ様子の穂田さんに、アタシも流石に箸を置いて真剣に耳を傾ける。
「先程、貴女を迎えに行く途中で連絡があったのですが、」
そのまま次の言葉に続いて、
「遠藤瑞樹様が、行方不明になってしまったらしいのです」
「は…?」
突然の言葉に、アタシは驚きのあまり暫くの間、穂田さんを凝視して静止した。でも、この話しだと先程の話しに矛盾が生じる。
「え、待ってください。さっき穂田さんは、急な講義が入ったって!」
「はい。私も、遠藤様から昨晩そのようにお電話いただいて、その時に貴女の迎えも頼まれました。しかし、遠藤様の友人の方の話しでは、本日大学内で遠藤様を見ていないということです」
昨日の電話以降、従兄は姿をくらましてしまったというのだ。これは益々、安否確認が早急に必要だ。何かあれば、伯父さんに知らせなければならない。
「貴女の方に何かご連絡がいっているかと思ったのですが、壊れてしまっているとは」
「すみません。お力になれず…」
「困りましたね。 … あぁ、そういえば」
穂田さんは何かを思い出したようで、黒いスーツのジャケットのポケットから鍵を一つ取り出して、アタシに差し出した。
「これは、貴女の住む学校の寮の鍵です。朝にお邪魔しましたら、既に寮母さんが用意してくれてました」
「ありがとうございます」
何の変哲もない鍵。これも瑞樹が用意してくれた物だ。しかし、その人物は現在行方不明となっている。一体どこをほっつき歩いているのやら。
あの後、穂田さんは食事を終えて、アタシを学校の寮まで案内してくれた。建てられたばかりの校舎や寮の外壁はまだ綺麗で、まるでマンションのような12階建ての寮は、アタシを唖然とさせるほどピカピカだった。
穂田さんは最後に、
「何か遠藤様のことでわかりましたら、ここに連絡をください」
と言い残して、携帯電話の番号のメモを手渡すと去って行った。
三羽高校の寮のエントランスには、まるで古いアパートのように個々の部屋の郵便ポストがずらりと壁に並んでおり、所々から手紙が見え隠れしていた。
アタシは何も入っていないとは思っていたが、ポストの中を確認した。ポストにも鍵が付いており、部屋の鍵と一緒に貰った小さな方の鍵を差し込み、ポストの蓋を上に開く。
しかし、そこにはアタシの予想とは裏腹に、小さな白い封筒が一つだけ入っていた。その封筒の裏には一言、“遠藤瑞樹”と手書きで記されていた。
「瑞樹…?!」
思わず声が出てしまった。幸い、周りに人はいなかった。
白い封筒は手に取ってみたものの、思ったより重く、どうやら中に入っているのは紙ではなく、金具、“鍵”のようだった。
開ければ、案の定“鍵”。しかもこれには丸い緑色のタグが付いており、そこには“黄羽西‐291”と書かれている。これは、少し旧式のコインロッカーの鍵である。今では電子であることの方が多いため、鍵式のは珍しい。黄羽西ということは、黄羽駅の西口にあるコインロッカーということだと推測できる。
アタシは慌てて先程貰った穂田さんの番号に電話しようと寮を飛び出したが、すぐに足を止めた。まだこれが従兄の手掛かりになるとは限らないし、アタシに内緒で送ってきたということは、見られたくないものかもしれない。
そういう結論に至り、とりあえずは一人で捜してみることにした。
大きな荷物は部屋に置いて、リュックだけ持って駅に戻ることにした。穂田さんに案内してもらったため、駅までの道は既に憶えていて、駅へはものの5分で着いた。
時刻は13時ジャスト。
平日の昼間だというのに、駅前は人がごった返していて、いつぞや訪れた都内の駅前のことを思い出した。
コインロッカーのある西口は、先ほど待ち合わせしていた東口とは反対側。迷路のような構内を歩けば着くらしい。しかし、この構内の感じは、やはり都内のとある“フクロウの銅像”のある駅の構内を思い出す。あそこは一度迷ったのがトラウマで、二度と行っていない。
西口の改札のすぐ近くに、目的のコインロッカーはあった。構内の壁にずらりと並んだコインロッカーは、本来の用途で使われていたり、待ち合わせ中の人物の背中を預ける壁の代わりを務めたり、といろいろだった。
このロッカーのおそらく番号は“291”。ロッカーは左上から下に番号順で置かれているため、291の番号は、大体真ん中くらいの列のアタシの目線と同じ高さのところに丁度あった。取りやすいが、まるで示し合わせたかのようだった。
「よいしょっと、」
鍵を差し込んで軽く回せば、コインがコロリと出てきて、簡単に扉は開いた。出てきた百円玉は、お駄賃としてもらっておくとする。
四角いロッカーの中には、次は“白い”紙袋がポツン、と置かれていた。なんだか、騙された気分だ。一体次は何が入っているのか。
「また鍵だったら、ぶっ飛ばしてやる」
そうぼやきながら、取り出した紙袋の中を漁り始めたアタシの手に、何か金属にも似たひんやりとして固い物が当たった。それは何か、と出してみれば、
「え…」
拳銃。本物を見るのは初めてだが、これは拳銃だ。映画とか漫画とかで見る、黒い拳銃。なんと言っただろうか、こういう拳銃のことを。“オート”?
しかし、すぐに冷静になって、誰にも見られないように即座にソレを袋の中に戻し、紙袋もロッカーの中に押し込むようにして戻して、きっちり鍵を閉めると、無我夢中で逃げ出していた。
アタシは混乱していて気づいていなかったのだ。あの拳銃に、素手で触ってしまったことに。