あにを尋ねて人工島へ
アタシの目的は二つある。一つは、この新しく出来た新都市“三羽市”の三羽高校に通うための準備。もう一つは、この市内のどこかにいるであろう、従兄の捜索である。1年前に完成し、今では多くの人がごった返している湾内の人工島である“三羽市”は、今や都内以上に近代化の進んだ街だと言われている。そういう街には、自然と人が集まるものなのか。アタシはよくわからない。
ホントは実家から一番近い高校でもよかったのだけれど、従兄の父親である伯父から、少し心配だ、という話しを聞いてしまったから、まったく勉強のできないアタシは死ぬ気で受験勉強をして、三羽高校に受験して見事合格。そして、入学ついでに従兄の安否を確認しにきたわけです。
三羽市へは道路も通っているが、バスに乗るより、時間は掛かるがフェリーに乗った方がお得だったからそっちに乗ったら、見事に船酔いし、今は三羽市の中心部である“黄羽区”の駅前の、よくわからない招き猫の銅像の前で、潰れていた。
「うぷ…っ、気持ち悪」
乗り慣れない船なんて乗るんじゃなかった。なんで今日に限ってあんなに揺れるのか、タイミングの悪さを呪いたい。とりあえず、水でも飲もう。
そう思って、自販機で買ってきたミネラルウォーターを一口含むと、少し落ち着いた気がした。ペットボトルは背負ったリュックの中にしまって、2月のまだ肌寒い風を感じながら、首の青いマフラーに顎を埋めた。
この待ち合わせ場所には、恐らく従兄が来るはずだ。アタシの送ったメールを見ているのであれば。 しかし、アタシの予想は数分後に裏切られた。
「 えっと、“宮辺夕樹”さん、ですか?」
銅像の前に立つアタシに声をかけてきたのは、スーツを着た黒髪で細目が特徴の紳士だった。アタシのことはフルネームで呼んだ。何故?
「あの、誰ですか?」
「え、あ、すいません。私、穂田と申しまして、本日宮辺夕樹様との待ち合わせに代理で来ました」
「代理って、ことは」
「はい。本来ここに来るはずだった、遠藤瑞樹様の代理です」
従兄は代理を? こんな胡散臭そうな男を? 信じられない。
半信半疑の状態のアタシは、まだその場から動くことはできなかった。従兄の名を知っている怪しい奴かもしれない、という可能性が捨てきれなかったからだ。
疑いの眼差しで身構えるアタシに対し、穂田という男は少し困ったような苦笑を浮かべて、親切に今の状況になった経緯を話してくれた。
「実は、本来であれば遠藤様本人がここに来るはずだったのですが、遠藤様は急な講義が入ってしまって、代わりに迎えに行ってくれる人を捜していて、丁度私が暇だったので、引き受けさせてもらいました次第です」
「あの、瑞樹とは、どのような関係で?」
用心深い従兄が、こんな顔面で胡散臭さを語っている男と知り合いになるなど、考えづらかった。アタシ自身の人を見る目はあまり信用してないけど、従兄の人を見る目は信じている。
男は益々困った顔をして、ポケットに入った銀の名刺ケースから名刺を取り出すと、それをアタシに差し出した。
「私は、遠藤様にアルバイト、として協力してもらっている企業の人間です。これ、名刺です」
渡された名刺には、“株式会社カヴン・コーポレーション”の“穂田利敬”と記されている。聞いたことのない企業名だけれど、新しいこの三羽市に新事業を立ち上げにやってきた者たちは多いと聞いている。だから、ひとまずここまでされたら、信じるより他はないと、警戒を解いた。
「あ、そうですか。すいません、疑ってしまって」
「いえいえ。見知らぬ土地で見知らぬ人物に突然声を掛けれれば、誰だって最初は警戒しますから。誤解が解けてよかったです」
ほっとした様子の穂田は、右腕にはめた腕時計を見て、今が丁度正午であることを知り、まずは目的地の前にランチにしよう、と提案してきた。
「ランチですか?」
「はい。私が払いますので、好きなの食べていいですよ」
「…じゃあ、」
リュックのベルトをギュッと握り締めながら、大きな声でアタシは自らの要望を言った。
「ステーキ食べたいです」
遠慮などしない。この人が従兄に頼まれてきたのならば、これくらい聞かされているであろう。
アタシの名前は、宮辺夕樹。遠藤瑞樹の従妹。好きなものは、肉。この街にやって来た目的は、従兄を見張りつつ、楽しい高校生活を送るため。