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図書室でのエトセトラ

The Real Thing

作者: *kei

Dirty Little Secretの二人が登場しますので、そちらから読むことをオススメします。

 

 数え切れないくらい何度も抱きしめられて、何度もキスをして。

 殆ど毎日一緒にいるあたしたちだけど、それでもやっぱり、何度でも―――――。






 


「ハナ~、帰るの~?」


 帰り際、カバンに教科書を詰めていると陽気な声が聞こえた。

 声の先を辿れば、教室のドアに寄りかかるように遥斗が立っていた。


「うん、今日は部活もないしね。遥斗はもう帰れる?」

「俺、今日は掃除当番…」


 そう言うと、彼は右手に持っている箒を恨めしそうに睨む。

 その姿がおかしくて笑うと、何笑ってるのさと遥斗が不貞腐れる。


「それじゃ遥斗、あたし、いつものところで待っているから」

「えっ?待っててくれるの?」

 

 あたしの言葉に、彼の顔がパッと輝く。

 その姿に、またクスリと笑いそうになる。


「だって、今日は久しぶりに部活ないでしょ?せっかくだから帰りにどこか寄ろうよ」

「やった~」


 遥斗が箒を放り出してあたしに抱きつく。

 彼とあたしはあまり背が変わらない。

 だから抱きつかれると、彼の髪の毛があたしの頬をくすぐる。

 そしてすぐに、彼の匂いがする。

 お日様のような、暖かい匂い。


「ほらほら遥斗、掃除するんでしょう?向こうで彰くんが待っているよ」

「ちぇ…」


 背中をポンポンと叩くと、渋々といった感じであたしから離れる彼。

 名残惜しいのはあたしも一緒。





 

 掃除場所へ移動するため教室を出た遥斗を見送り、あたしはいつもの場所、図書室へ。

 音を立てないようスライドドアを開けると、聞こえて来るのは控えめな咳払いと、本のページをめくる音、時々響くガラス越しの喧騒。

 それ以外は何も聞こえない、静寂に包まれたこの空間。

 あたしはこの図書室の雰囲気が好きだ。

 そしてその静寂が、一瞬破られる瞬間も…。


 普段なら遥斗が駆けまわっている姿が見える窓際に陣取り、最近お気に入りのミステリー小説を広げる。

 挟んでいたブックマーカーを持ち上げたところで、図書室に入ってくる一組のカップルが見えた。


 同じクラスの委員長、高橋優流(すぐる)と、副委員長の福田詩織。


 彼らもいつもの定位置に座ると、ノートと教科書を取り出す。

 一つテーブルを挟んで向かいに座った詩織があたしに気付いて、小さく手を振る。

 あたしも手を振り返していると、委員長の高橋くんがあたしの存在に気づき…バツの悪そうな顔をする。


 ―――――高橋くんはね、表情の変化がとっても薄いけど、よく見ると結構感情が顔に出ているんだよ。その中でもね、照れた顔が凄く可愛いの!


 そう言っていた詩織の言葉を思い出す。

 確かにそう、貴方の言うとおり。

 委員長は毎回、あたしを見ると同じ顔をする。

 表情は殆ど動いていないけど、続けられれば流石のあたしも気付くもので。

 委員長、ご愁傷様。 

 今日もきっと詩織の攻め“私のこと意識して!”に翻弄されるんでしょう。

 解っているのにほぼ毎日、詩織に図書室へ連れてこられ、隣に座ってしまう君もある意味凄いよ、うん。

 取り敢えずガンバレ!

 そう思いながらニッコリと笑うと、委員長の眉間の皺が増えた。

 あたしは心の中で委員長にエールを送ると、小説に意識を戻した。





 

 本に夢中になりつつも、ふと、図書室の雰囲気が変わるのが解った。

 波のように漂っていた静寂がほんの少しだけ破られ、本を閉じる音、立ち上がるために椅子を引きずる音がやけに響く。

 本から顔を上げると、図書室の外、廊下を見ている子たちがチラホラ。

 それを合図にあたしは席から立ち上がる。

 主人公の探偵が謎解きのため、館のホールに登場人物たちを集めるところ、まさしくクライマックス直前まで読み進めたけど、今日はこれまでか。

 委員長と詩織の方を見ると、詩織が、またね、と声を出さずに言った。

 あたしも、ばいばい、と声を出さずに伝えると、本を閉じ図書室の入り口へと向かう。


 そして、ドアを開けてキョロキョロとしている彼に近づく。

 「遥斗」と名前を呼ぶと、あたしに気づき、ふわっと笑った。


 誰に対しででも無く、あたしにだけ見せてくれる笑顔。

 その笑顔を見て、あたしは本当にこの人が好きなんだなって実感する。

 釣られるように遥斗へ右手を差し出すと、彼が優しく握り返す。


 誰かの小さな悲鳴。

 何人かが、ドサッと本を落とす音が聞こえる。

 周りの視線をヒシヒシと感じるけど、もう慣れたもの。

 最初の頃は嫌で嫌で堪らなかったけど、今ではこの雰囲気に黒い歓びさえ感じてしまう自分がいる。





 

 手を繋ぎ、二人並んで見慣れた道を歩く。

 今日もいつものように、掃除中、彰くんにからかわれていたことをちょっとムッとしながらあたしに話す。

 悠斗に共感するのではなく、彰くんのからかい話に笑うとまた更に拗ねる。


「なぁ、ハナ、俺いつも不思議に思うんだけど」

「ん?」

「どうして図書館に行くと、俺がハナを見つける前にハナが先に俺に気付くわけ?」

「それはね…」


 理由はいたって簡単。

 彼が目立つから、ということに他ならない。

 サッカー部に所属している男の子は皆そうだけど、遥斗が来るとあの静かな図書室がちょっとざわめく。

 鋭い子は廊下を歩いている段階から気付いているくらい。

 そう、だから、彼が来ると図書室の静寂が一瞬だけ破られる。

 あたしにとっては、幸せを教えてくれる瞬間だけど、当の本人は、そんな静かな図書室にいたことがないから気付かない。

 

「…ひみつ」


 本当のことを言おうと思ったけど、やっぱり止めた。

 だって、これはあたしだけの特権。

 彼の隣に立つことを許された、あたしだけの。


「えーっ!何だよそれ~」

 

 遥斗が頬を膨らませながらあたしに抱きつく。

 再び彼の髪の毛があたしの頬をくすぐる。

 

 彼の表情はくるくると良く変わる。

 不貞腐れた顔。

 ふわっと笑った顔。

 拗ねた顔。

 驚いた顔。

 怒った顔。

 そして―――――、

 

 遥斗の顔が近づく。

 目を閉じ、少しだけ感じる羞恥に頬が熱くなる。

 彼の吐息を感じた瞬間、温かく柔らかい感触が唇を掠める。

 少しして目を開けると、大好きな人のちょっと照れたような顔。

 右手を差し出すと、何も言わなくても彼の温かい手が握り返す。

 

 貴方の隣に居る自分を夢見た頃もあったけど、あたしの中では既に思い出に変わっている。

 今ではもう、想像だけじゃ満足できない。

 貴方を感じるための五感を知ってしまったから。

 貴方はあたしの恋人で、あたしの愛情源。


 数え切れないくらい何度も抱きしめられて、何度もキスをして。

 殆ど毎日一緒にいるあたしたちだけど、それでもやっぱり、何度でも確かめたい。

 今ここに居る、この瞬間は夢じゃないって。


 あたしの紛れも無い現実リアルなんだって。






 

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