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prologue





東の国にある、人里離れた辺境の地。

囲まれる様に聳え立つ山々の奥深くに存在すると言う其れは、人が立ち寄る所か近づく事さえしないと言う、いわば秘境の様な土地であった。そしてその秘境は、その地でヒッソリと生活している住人から幻想郷げんそうきょうと呼ばれている。世間から忘れられたものや時代に取り残されたもの、そして世間的に非常識と呼ばれる存在が集う場所だ。

故に其処は、そんな彼等にとって楽園の様な処だったのである。


そんな幻想郷の始まりは、遙か昔にまで遡る程の話になる。世はまだ人間にとって知りえぬ何かに溢れ、国と言うものが出来ていなかった頃。その頃から、ある山々が魑魅魍魎どもの住処と成り始めていた。彼等に対抗する手段の無い人間達はその山々に決して近づこうとはせず、只々山に住み着いた妖怪を恐れていただけであった。しかし、其れ等を退治する事を職とする人間は少数ながらだが、その山に住み着いた妖怪を退治するべく立ち入っていた。この山々と言うのが、後に幻想郷となる地域である。


時代は緩やかに流れ、その中で人間は幾度もお互いに争い、神や妖と言った存在を信じながら生活する。幻想郷に住み着いた妖怪もまた、人間を時々襲いながら暢気に一日を過ごしていく。だが、人間は時間を重ねる内にその勢力を強めていった。今日の人類を支える社会と知識の基礎が生まれ始め、やがて人間は妖怪達が人間とこれまで続けていた関係が危うくなるほどの力を持ち出した。人間達はもはやかつての様に無力ではなく、やがてこの山々...幻想郷で妖怪達が築いてきた社会に悪影響を及ぼすかもしれない。だが、その問題はある妖怪によって解決される事となる。妖怪の賢者と言う存在が、ある結界を張ったのだ。その結界は幻想郷とは他の地に居る妖怪達を引き込む作用を持ち、其れによって幻想郷は人間達とのバランスを何とか保つ事となる。


だがしかし、人間は文明の発展によってその力をどんどん増していく所か、常識と言う概念が構築していったのだった。その常識に当て嵌まらない、外れている、又は矛盾する妖怪達の存在や現象は非常識と言う枠組みに入れられ、次第にその存在について信じないようになっていった。

そして幻想郷がある東の国に文明開化の音が鳴り始めた頃、妖怪や神と言った人間の常識の範疇を超えた存在が否定され始める事となる。非常識と位置付けられた存在の全てに、自身の存在が認められない為にこの世界から忘れ去られようとする危機が訪れたのだ。今まで人と深く関わりを持ってきた神々や魑魅魍魎にとって、人々に忘れ去られると言う事は死ぬ事とと同じ様なものだ。だが、かと言って今更大きな力を持った人間達と無闇にいざこざを起こす事も出来ない。幻想郷全体の存続は、再び危ぶまれた。


しかしながらその問題もかつて迎えた危機と同じく、結界によって解決される事となる。

博麗はくれい大結界だいけっかい

これこそ、その結界の名称だ。常識の結界である其れは、幻想郷と外の世界...幻想郷では人間達が居る世界をそう呼ぶ...の常識と非常識を分ける作用を持った、特別強力な結界だ。これによって幻想郷は外界と完全に遮断され、その存在を隠蔽した事により幻想郷は辛うじて二度目の危機から逃れることが出来た。

其れと同時に、幻想郷は其処に住まう妖怪達と彼等を退治しに来た僅かばかりの人間と共に生き、共に世界から忘れられる事となった。




そうして月日は流れ、今日もまた何時も通りの一日を過ごそうとする幻想郷。しかしその幻想郷のある人間の世界へ今、ある一つの変化が訪れようとしている。


果たしてその変化は、世界と幻想郷にどのような影響をもたらすのだろうか?

其れは神のみぞ知る...訳でも無く、実際の所その全ては、誰も知る由も無かった偶然なのだ。















色鮮やかな四季が巡る東の国は、春を迎えた。冬の名残である雪が残る中、各地では多くの動物や虫が目覚めの時を向かえ、植物はその大地で芽吹き始める。正に、生命の目覚めと言う言葉が合う時期だ。


そんな東の国の大地を、ある一人の男が黙々と歩いていた。

周辺に見られる草木の色調に合った迷彩服を着込み、若草色の大きなバックパックを背負った彼。その腰にはウェイトポーチを付けており、よく見るとベルトの穴に幾つかのカラビナが繋がれていた。頭にはバンダナが巻かれ、其処からはみ出た髪はアジアでよく見られる黒い色をしている。その背格好や顔付きからして、彼は二十代前半の男らしい。顎には剃り損ねた髭があるが、アレはワザと残しているのでなく、本当に剃り損ねたものだろうか。


その彼の行く先々は...その旅路は風に吹かれて回り続ける風見鶏の如く、定かなものでは無かった。

ある時には水平線の向こうにまで広がる砂漠を越え、ある時には文明の進んだ人の街の中を歩き、ある時には広大な平原を進み、ある時には荒れ狂う嵐に耐える森林の間を走り、ある時には生命の源である穏やかな海を渡り、ある時には太古の昔から今に至るまでに形を変え続けた山脈を登り、ある時には雪が降り積もった凍える湖の側を行き...決して振り返る事も立ち止まる事も無く、彼は幾万もの道と道無き道を進み続けた。

果たして彼は一体何処の誰なのか?彼は何時から各地を渡り歩いているのだろうか?彼は何処に行き、何処に向かうのか?そもそも彼は何故、流離の日々を過ごしているのであろうか?

その全ては誰に教える事も無く、知られる事も無かった。そして男は今日もまた、この星の上を彷徨い歩き続けている。




ふと気が付けば、男は名前も知らぬ山々の中へ立ち入っていた。今まで続いてた筈の道は既に彼の足元からは消え失せており、文字通り道無き道を進んでいる有様だ。しかし彼は其れを気にする様子も無く、只ひたすらに前へ前へと突き進んだ。

その途中には外部からの侵入を阻むように、藪や膝元の丈まである草草が茫々と立ち尽くす。其れでも男は其れを掻き分けて、山の奥地へと進む。彼はただ、進行し続ける。


そんな中、ふとその足は唐突に止められる事になった。

辺りから急に霧が出たのだ。余りにも急に出てきた霧に、彼は思わず立ち止まる。突如として訪れた異変に、男は眉をひそめながらキョロキョロと頭を動かした。

そしてその時には既に、霧によって視界は完全に閉ざされていた。今まで見えていた筈の木々の群れはもう見えない、白い壁で全身を覆われたようだ。男はその中で只、霧に包まれた空間に身を置く事しか出来なかった。


数十秒ほど、静かにその場に佇んでいた男は、背にしていたバックパックを背負い直す。そして、霧によって閉ざされた空間の中を、ゆっくりと歩き始めた。何を思って進んでいるのか、その先に何があるのか分かっているのか...其れ等の思惑も又、これまでと同じく、誰にも理解される事無く、歩みを進めては。





彼の姿は、その存在は、この人間の居る世界から消え失せてしまった。







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