表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
プロスト  作者: ガル
第一部
7/65

第六章

 目を開けたとき、真っ先に映ったのは青い空だった。それがいつもどおりすぎて、カリルは一瞬混乱した。

「・・・っ」

 我に返って飛び起きる。みぞおちに鈍い痛みが走り、思わず呻く。どうやら気を失っていたらしい。

「くそったれ・・・」

 周りを見渡しても、フォリオと刃はいなかった。

「っ、シロ」

 木陰に横たえたシロに向かって、這いつくばって進み、おそるおそる手を伸ばす。

 冷たい。

 くちびるをかんだ。痛みと共に血の味がした。

 なんで。

「そうだ、村・・・!!」

 無事なのだろうか。みんなは。

 カリルは上着を脱いでシロの身体にかけると、おぼつかない足取りで村に向かった。

 


 近づくにつれ、煤けた強烈な臭いが鼻につく。

 そこには何もなかった。

 建物はすべて燃やされ、残り火が燻っている。炭化した家、人。切り殺されて倒れている村人。動いているものといえば、ゆらゆらとあがっていく煙くらいだった。

「・・・」

 カリルは呆然とそれを眺めた。足が動かない。

 嘘だろ、という声が、音にならずに喉に溶けていく。のみこんで、喉が上下した。

 まばたきをして、ゆっくりと視線を動かす。右から左。

 のろのろと足を踏み出した。村の中はどこも同じような状態だった。つい昨日まで、笑って会話していた仲間たちが、今はただの骸になっている。

「・・・」

 カリルはふと足を止めた。目の前には自分の家だった物がある。もちろん、今は跡形もないけれど。

 この家でフォリオと一緒にいたときが嘘のようだった。そんなに前ではなかったはずなのに、すごく昔に感じる。

「・・・くそっ」

 言葉がこぼれた。自分の声が震えているに気づき、びっくりして息をのみこむ。なんとか押さえようとしたけど、できなかった。

 感情のまま、力任せに地面を蹴り飛ばす。

「くそったれ!何でだよ!? なんで・・・」

 唇を強くかみしめ、カリルは顔をあげた。

 周りを見渡す。

 何もない。

 誰もいない。

 村も。

 おじじも。シロも。

 何も。

「ふざけんなっ・・・何で、こんな・・・!!なんでだよ、リオ!!」

 怒号のような、悲鳴のような叫び声が喉から飛び出した。

 頭の中がぐちゃぐちゃで何も考えられなかった。

 ただ、おじじとか、村の奴らとか、シロの顔が脳裏に浮かんでは消える。親しくしていた奴らはもちろん、どうしてか嫌いだったはずの村人の顔まで出てきた。

 最後に浮かんだのは、新しくできたばかりの友人の顔だったけど。

「・・・」

 つい今し方向かい合っていたはずの、友人の顔を思い出す。思い出して、自嘲してしまった。あれは『友人』ではなかった。『友人』として知っていたフォリオの顔ではなかった。

 あれが、トランドの『皇子』の顔か。

 なんてことのない顔をして、何もかもを奪っていった。

 あれが。

「リオ、おまえ・・・」

 カリルは消えそうな声でつぶやいた。

 手の払ったときの感触と、フォリオの表情が焼きついて離れない。あの瞬間だけは、自分の知っている『リオ』の顔だった。

「なんであんな、顔すんだよ。卑怯だろ」乾いた笑いがこぼれた。

「泣きたいのはこっちだっつの・・・卑怯だ。おまえ」

 震える息をゆっくりとのみこむ。激情とともに。

「卑怯だ」




 冷たくなった遺体をひとつひとつ確認する。うつ伏せになっている身体を起こし、てのひらを胸の前で組ませ、目を閉じさせる。延々とそれの繰り返し。

 日が落ちる頃、カリルは最後の子供の亡骸に手を合わせ、目を閉じた。

 ゆっくりと目を開けて立ち上がると、周りを見渡した。無残な村の残骸。その中に、カリルの祖父の姿はなかった。

「おじじ、どこ行ったんだよ」

 もしかしたらどこかに隠れているのだろうか、という期待はなぜか生まれなかった。なんとなく、祖父もすでにいないような気がしてならない。

 村の中はすべて探した。残るは森か、それか・・・。

「あそこか」

 カリルは顔をあげて、遠くに見える霊殿に視線を向けた。




 生まれて初めて足を踏み入れる霊殿だが、やはり中は悲惨なものだった。

 元は立派だったであろう柱は切り崩され、壁もところどころ大きく割れている。中には何人も村人が死んでいた。 逃げてきたのか、あるいは霊殿を守ろうとしたのか・・・彼らがどうしてここに来たのかは分からないけど。

「あとでちゃんと家族のところ連れてってやるからな」とつぶやいて、奥に進む。

 やがてカリルは視界の開けた場所に出た。ぎくりとして足が止まる。

 充満した血の臭い。

 折り重なって人が死んでいる。おそるおそる近づいて、思わず顔をゆがめた。やはり村人たちだった。

 吐き気がして、手の甲で口を強く押さえた。

「ひでぇ・・・」

 気力を奮い立たせて、周りを見渡した。円状になった壁は、執拗に穴が開けられ、割れた石の破片のような物が床に散らばっている。

 ゆっくりと目を動かしたカリルは、ある一転で動きを止めた。目を見開く。

「おじじ!」

 壁の端っこで、うずくまった体勢で倒れている祖父がいた。慌てて駆け寄って抱き起こすが、反応はない。身体ももう冷たかった。

「おじじ・・・」

 カリルは祖父が何かを大切に抱えているのに気づいた。

 固まってしまった腕をそっとほどいていくと、それは一枚の石版だった。どこも欠けていない。

 祖父が、守ったのだろうか?

「・・バッカじゃねぇの。こんなん守ったって、自分が死んでんじゃ意味ないだろうが・・・!」

 なんで。

 くちびるを強くかむ。

 祖父の身体を抱きしめて、カリルはその場にうずくまった。




シルバと刃を従え、月二回行われるトランド大会議にフォリオは出席した。

 クライスをはじめ、宰相、大臣らも出席する大規模なもので、ここで軍や政府の方針が決められる。

「わが息子フォリオが刃を連れて帰ることにより、トランドは守護を得た」

 フォリオは目を閉じて父の声を聞いていた。隣にいる刃は腕を組み、目を細めてクライスを見ている。

「機は熟したと?」

「今が勢力を延ばす時と仰られるか」

 クライスはうっすら笑んだ。

「世界には守護を得ぬままの国が多数ある。まずそこに圧力をかける」

「しかし、ティティンが黙っているかどうか・・・」

「そうです。他を攻めている間にティティンに攻められたらどうなさるのです」

「なんのために同盟国があると思う。奴らに任せるさ。・・・フォリオ」

 クライスに呼ばれ、フォリオは目を開けた。まっすぐ父に向ける。

「はい、父上」

「この策の全ての指揮、お前がやってみる気はないか?良い勉強となろう」

「・・・」

 刃は複雑そうに、シルバは相変わらず無表情にフォリオを注視した。フォリオは感情を表に出さないまま、目を伏せた。

「分かりました。お任せください」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ