表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
プロスト  作者: ガル
第八部
63/65

最終章


 心地よい波の音と、潮の匂いが周囲を流れていた。

 ゆっくりと緑に覆われた島が近づいてくる。それをじっと見つめていると、後ろで船を動かしている男が、面白そうに笑った。

「何か面白いものでも見えるかい?そんな食い入るように見て」

「いえ・・・何だか、懐かしいなって」

「懐かしいって、この島がかい?」

「前に来たことがあるんです」

 そう答えたフォリオは、再び島へと視線を向けた。

 守護の島と呼ばれたこの島に初めて訪れたのは、もう二年も前のことだ。外観はあの頃と全く変わっておらず、緑豊かなままだ。

「こんな所に二度も来るなんて、坊主、よっぽどの物好きだな。人っ子ひとり住んでないような場所だぞ?」

「・・・そうなんですか?」

「前は集落があったって話だが、今は打ち捨てられた無人島同然だな。これだけ陸から孤立してると、さすがに住むどころか誰も寄りつかねーよ」

「・・・」

 そうですか、とつぶやいて、フォリオは近づいてくる島に目を凝らした。

 

 船を出してくれた男に金を渡し、フォリオは真っ白な砂浜に降り立った。男は「じゃあ二日後に迎えに来る」と約束して、再び海に戻っていく。それを見送ってから、フォリオはひとりで歩きだした。

 驚くほど白い砂浜。瑞々しい色合いの森。鋭く切り立った崖。昔と変わらなく存在するそれらに目を向けながら、フォリオはひとりの少女の姿を探した。

 カリルを探し始めてから、早いものでもう半年が経とうとしていた。

 ティティンの王宮から逃亡したフォリオは、その足でずっとカリルを探していたが、彼女は未だに見つかっていない。

 カリルがいなくなったかつてのトランドはもちろん、一度だけ見かけたクール、軍に所属していたというティティンもくまなく探したが、彼女の姿どころか痕跡すら見つからなかった。

 あと彼女にまつわる土地で思い浮かぶのは、この場所だけだ。

 歩きながらも、どこか足を進めるのに躊躇っている自分に、フォリオは気づいていた。

 理由は簡単だ。この島があまりにも昔と同じすぎて、否応にも思い出してしまうからだ。

 眩しいほど大切な記憶も、吐き気を催すほど凄惨な記憶も、この場所にはすべて凝縮している。




 木漏れ日がさす森を抜け、フォリオは記憶している道を辿った。二年前、カリルとふたりで歩いた道だ。

 ひとつひとつを思い出しながら歩いていたフォリオは、ふと見えてきた光景に足を止めた。

 そこにあったのは荒れ地だった。

 かつてあった集落の面影はなく、焼けた土地が広がっているだけだ。家屋の残骸なのか、焦げた材木が所々まとめてある。

 緑が綺麗なこの島で、そこだけが別世界のような光景だった。

「・・・」

 左手を握りしめ、フォリオは細く息を吐き出した。ゆっくりと足を進める。

 黒く焼けた土は乾いていて、踏みしめた時の感触が違う。脳裏に焼き付いている血の臭いを否応にも思い出してしまう。

 積み上げられた材木や、家の名残らしき柱を目に焼き付けながら、フォリオは歩いた。周囲を見渡しながら、ゆっくりと。そうして。

 ーーーそれに気づいた。

 足が動かなくなる。立ちすくむ。

 焼けた村の裏側。記憶の中では広場だったはずのそこには、無数の墓が広がっていた。

 誰の、と考えるまでもなかった。ここにかつて住んでいた者たちの墓だ。

 誰が、と考えるまでもなかった。ここにひとり取り残されたのはカリルしかいない。

「・・・」

 金縛りにあったように動けずにいたフォリオは、そこに人がいることに気づいた。

 ひとつの墓の前にしゃがみこんでいたその人は、墓の前に花を置くと立ち上がった。見覚えのある後ろ姿に、頭が一瞬で真っ白になる。まさか。

 まさか。

 気がついたら、声をあげていた。

「カリル!」

 無意識で出た呼び声に、驚いたようにカリルは振り返った。間違いない。彼女だ。

 カリルは立ち尽くしているフォリオに気づくと、大きく目を見開いた。信じられないような表情でまじまじとこちらを見つめている。

「・・・」

 言うべき事は山のようにあったはずなのに、言葉は喉元に張り付いたまま出てこなかった。

 何を、どう言えばいいのか全く分からなくなる。珍しくむっつりと黙り込んでいるカリルの視線に焦ってしまう。

「・・・あの、カリル、」

 カリルの目が、ふと右に動いた。フォリオの肩の辺りを凝視していたカリルの表情が、段々と険しいものになってく。

「・・・何やってんだ、おまえ」

 その声は低く、かなり怒っていることが分かった。

「何って、」

「何だよその腕。なんでそんな怪我してんだよ」

 なんでと言われても理由などない。思わず微苦笑を浮かべると、カリルが露骨に舌打ちした。

「そういうとこ全然変わってねーな。リオ」

「そうかな?」

「言っとくけど誉めてねーからな!」

 カリルはそう怒鳴ると、憮然とした様子で腕を組んだ。何か言わなければと思うものの、うまく言葉が出てこない。足も動かない。

 そんなフォリオの様子を一瞥したカリルが、小さく息をついて苦笑した。

「ひっでー顔」

「・・・ごめん」

「来るの遅いし」

「ごめん」

「ま、いいけどさ」

 軽い口調でそう言うと、カリルは呆れたように肩をすくめている。

 その仕草が昔と全く同じで、どこかほっとしている自分に気づく。気づいてから、驚いた。どうやら自分は怖じているらしい。

「・・・カリル」

「何」

「カリルを探してたんだ。この半年間ずっと。・・・でも、実際きみに会うのは少し怖かった」

 自分がカリルにしたことは嫌というほど覚えている。どんな顔をして会えばいいのか分からなかったし、またカリルがどんな顔をするのか、少し怖かったのも事実だ。

 カリルは眉尻をあげた。

「・・・ふーん、それで?」

「それで・・・うん」

 フォリオは顔を上げ、まっすぐにカリルを見つめた。彼女と会うことを戸惑ったのも怖かったのも事実だ。

 でもそれよりも確実に言えることがひとつだけある。

「カリルに・・・もう一度会えて良かったよ」

「・・・」

 カリルは軽く目をみはると、すぐに思いきり呆れたような顔になった。

「・・・相変わらず、恥ずかしいことを平気で言うな。おまえは」

「そうか?」

「そうか、じゃねぇ!いい加減、自覚しろ」

 訳も分からず怒られ、フォリオは苦笑した。カリルの怒りっぽさも相変わらずだと思ったが、言わないほうがよさそうだ。

「カリルはいつからここに?」

「あー、三ヶ月くらい前かな」

 頭をかきながらカリルは言った。

 彼女の話によると、半年前の終戦の時、深手を負ったカリルを誰かが助けたらしい。

「意識が戻って、動けるようになるまで一ヶ月以上かかったんだ。それまで匿ってくれた所で世話になってた。んで、何とか動けるようになって王宮に行ってみたらおまえは逃げたとか言うし」

「・・・ごめん」

「響がさ」

「響?」

「そう。あいつが、リオはおれを探しに行ったって言うんだ。だからおれもあちこち探してみたけど全然会えねーし」

「それで、ここに?」

 カリルはうなずいた。

「ここにいたら会える気がしたからな」

「・・・そうか」

「すっげー遅かったけど」

 弱り果てて眉を寄せる。カリルは「冗談だ」と笑い飛ばした後で、ふと表情を改めた。

「リオ」

「うん?」

「・・・おれを助けた奴さ、見たこともないおっさんだったんだ」

 なぜかカリルは躊躇うような表情をしている。いつもはっきりとした言動を好む彼女にしては珍しい。

 ふとサガから聞いていた目撃情報を思い出していた。

「・・・もしかして本当に父上が?」

「父上って、クライスとかいう奴のことか?ああ、違う違う。身体は誰かなんて知らないけど、おれが言ってるのは中身の話」

 カリルの言っている意味がよく分からない。首を傾げると、彼女は声をひそめてつぶやいた。

「おれを助けたの、刃だと思う」

「!」

 フォリオは打たれたように顔を上げた。視線がぶつかる。

「あの時はおれも意識が朦朧としてたから、はっきりとは覚えてないんだけどさ。おれを担いで連れ出した男はおれを知ってるみたいだった。『大丈夫だからしっかりしろ』って、何度もおれの名前を呼んだんだ。それが・・・」

「刃に聞こえた?」

 静かに尋ねると、カリルはうなずいた。

「そうか・・・」

 フォリオは無意識に詰めていた息を、そっと吐き出した。

 何となく納得できる話だった。刃とクライスの最後については分からないことも多いが、今の話を聞くとすとんと胸に落ちてくるような感覚があった。

 そうか、と納得すると同時に、何ともいえない気持ちに襲われた。

 会わせてやるよ。そう約束した刃の声を思い出すと、胸が苦しくなった。

 彼は約束を守ってくれたのだ。あの争乱の最中、カリルを助けてくれた。その事実が、どうしようもない後悔とともに胸を打つ。

 おそらくこの感情は一生消えることはないのだろう。それで良かった。消したいとも思わない。

「・・・なぁ、リオ覚えてるか?おれが前に言ったこと」

 唐突な質問に、目を瞬かせる。カリルはイタズラっぽく笑っていた。

「おまえが帰りたくなったら、いつでもここに帰って来いってやつ」

「・・・覚えてるよ」

 忘れるはずがない。その言葉がどれだけ嬉しかったか、言い表せないほどなのに。

 ならいいけど、とカリルはつぶやくと、昔のような笑みを浮かべたまま言った。何てことはない調子で。

「リオ、おかえり」

「・・・」

 すぐに言葉が出てこなかった。息をのみこむ。

 戸惑いながらも、ただいま、と何とか答えると、カリルは満足そうに笑い、そして一歩を踏み出した。

 距離を詰めてくる。あっという間に目の前にはカリルが立っていた。

 間近にある、以前より少しだけ大人びた表情に思わずたじろいでしまう。カリルはこちらをじっと見上げた後、不意ににやりと笑みを浮かべた。

「ところでリオ」

「な、なに?」

「覚悟はできてるんだよな?」

「覚悟って、何の」

 尋ね返したことをフォリオはすぐに後悔した。カリルはものすごくいい笑顔のまま、拳を手のひらで押さえていたからだ。

 ーーーすっかり忘れていた。



「もちろん、殴られる覚悟に決まってんだろ?」

 



                                   

長い間有難うございました。

本編はこれで終わりです。


近日中に番外編をUPする予定なので

宜しければそちらもご覧下さい。


有難うございました。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ