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プロスト  作者: ガル
第八部
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第四章


 紅は二階の窓から外を見下ろしていた。綺麗な朝焼けの中、よく見知った皇子とティティンの守護霊が庭を抜けていくのが見える。

 無意識に微笑みながら、室内にいる少女に声をかけた。

「レイア、見送りはよいのか?行ってしまうぞ?」

「う、うるさい、わね・・・っ!!」

 レイアはベッドの上で抱えた膝に額を押しつけ、必死に嗚咽を堪えようとしていた。顔はきっと涙でぐちゃぐちゃになっているに違いない。

 人間というものはなかなか凄い生き物じゃ、と紅は思う。これほどまでに泣ける彼女が愛しく、そして羨ましかった。自分はあの時、泣きたくても泣けなかったのに。

「レイア」

「っ・・・」

 優しく声をかけると、堪えきれないようにレイアは泣きはじめた。窓辺から離れ、ベッドの端っこに座る。頭を撫でることもできないが、今はまだ側にいることくらいならできる。

 だがいずれ紅はレイアから離れなければいけなくなるのだ。守護霊と共に過ごせる期間は、それほど長くはない。

 だからこそ今の時間が大切なのだ。「そうじゃろう?刃」と心の中で呼びかける。




 入り組んだ王宮の庭を抜けながら、フォリオは妙な違和感を覚えていた。

 警備兵がいないのだ。時間帯もあるだろうが、それでも全く見かけないのはおかしい。少なくとも牢の出入り口にはいるのが普通なのに、そこすら誰もいないとはどういうことなのか。

 そのことを先導する響に問いかけてみると、響はきょとんとした顔で首を傾げた。

「言われてみればそうですね。うーん、でもまぁ、いいじゃないですか!逃げるには楽なんですし」

 それはそうなのだけど、何となく腑に落ちない。これじゃ賊とかが襲ってきた時の対処が、などとまたいつもの癖で考えてしまう。

 広い敷地を横切りながら、城門に向かっていたフォリオは、ふと視線を感じて立ち止まった。

 顔を上げる。

 王宮の一角の窓に、見覚えのある少年がいた。フォリオは目をまたたかせる。ウィリアムだ。

 窓辺に佇んでいるウィリアムは、確実にこちらを見ていた。視線が合っていると感じるのだから、間違いない。

 フォリオが息をのみこむのと、ウィリアムが興味を失ったように窓辺から離れたのがほぼ同時だった。

 前を行く響が振り返った。

「フォリオさん?どうかしましたか?」

「・・・いや、何でもないよ」

 不思議そうな響に首を振って答える。

 促され、城門に急ぐ。王宮の城門には、やはり一人も警備兵がいなかった。

 おそらく警備兵がいないのは、今日のこの時間だけなのだろう。フォリオは漠然とそう思った。




「・・・よろしいのですか?ウィリアムさま」

 窓辺から離れ、椅子に座ったウィリアムに、控えていたサガが声をかけた。彼らしくない、面白がるような声だった。

「何の話だ?」

「さて、何の話でしょうね?」

 わざとらしくはぐらかされ、ウィリアムは眉をひそめた。

 響がどう行動するかぐらい簡単に予想がついたことだ。重要なのはウィリアムたちがそれを認めていないということだけ。それだけだ。ようは体裁が保たれればそれでいい。

 ウィリアムは背もたれに体重を預けた。目を閉じる。

 唐突に思い出していたのは、カリルや響と初めて会った日のことだ。そんなに昔ではないはずなのに、なぜかひどく懐かしかった。

「それでは戴冠式の日程を決めてしまいましょうか。ウィリアムさま」

 穏やかなサガの声に、ウィリアムは目を開けた。






 響が案内してくれたのは、王都の外れにある船着き場だった。

「ぼくがついていけるのはここまでです。すぐ戻らないとウィリアムさんたちにバレてしまいますから」

「もうバレてたとしたら?」

「や、やめてくださいよー!縁起でもない」

 ぞっとしたように首を振る響に、つい苦笑してしまった。

 仮定の話ではなく、間違いなくウィリアムは知っている。だけどおそらくその話を彼がすることはないだろう。だったら響にも余計なことを言わないほうが、かえっていいのかもしれない。

「あ、そうです。これ」

 響から渡されたのは、衣服と携帯食料。そして共通紙幣だった。

「急いでいたので、きちんとしたものは用意できなかったんですが・・・よければ使ってください」

 差し出されたそれを、フォリオは戸惑い気味に受け取った。

「・・・ありがとう。でも、何も返すものがない」

「返してくださらなくてもいいですよ。でも・・・そうですね。いつかカリルさんと一緒に、王宮に顔を出してください。それでチャラにします」

「おれは逃げた立場だけど」

「あーそうか。そうですよねぇ。うーん」

 考え込む響に、フォリオは笑って言った。

「カリルには顔を出してもらうよう、伝えておくよ」

「お願いします。でも、できたら一緒に来てくださいね。フォリオさんとももっときちんと話したいです」

 それはフォリオも同じだった。よくよく考えれば、フォリオは響のことを何も知らない。長い間どこにいたのか、なぜカリルと親しいのか。

 尋ねたいことは山ほどあったが、響の言うように「いつか」でもいいのかもしれない。

 響が笑った。

「カリルさんは、生きてますよ。約束したんです。絶対に死なないって」

「絶対に?」

「絶対に、です。だから・・・その」

 何かを言いかけたまま、響は口ごもった。言葉を探すような仕草に、フォリオはゆるやかに笑う。

「カリルを探すよ」

「・・・フォリオさん」

「カリルはおれを追ってきてくれたんだろ?それなら、今度はおれが探す番だ」

 響は目を瞬かせた後「今の、カリルさんに聞かせてあげたかったですね」と笑った。

「約束してくれますか。カリルさんを絶対に見つけてくれるって」

「絶対に?」

「絶対に、です」

 視線を合わせたままうなずくと、響は嬉しそうに顔をほころばせた。

「ぼく、待ってますから。おふたりともう一度会える日を。・・・だからその日まで、どうかお元気で」




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