第一章
三日間の捜索の末、海岸に打ち上げられていたクライスの遺体が発見された。
交戦の最中、ひとりで逃亡を企てた挙げ句、誤って海へ転落したという事故死として処理されることになった。
クールはというと、トランドが敗戦した翌日に勝敗がついた。
ワイズリー率いる解放軍と、エンが指揮するセイオン軍の連合が、王都に攻め込んだ。現政府の抵抗もむなしく陥落。ルベルトを筆頭とした政府の人間はすべて捕らえられた。
こうして二年にも及んだ長い戦争は、ティティン、セイオン連合軍の勝利で幕を引くことになった。
話し声が聞こえる。
フォリオは朦朧としていた意識をかき集めた。努力して瞼を持ち上げ、焦点を結ぶ。ぼやけた視界に映ったのは、サガと医者らしき男のふたりだった。
目を開けたことに気づいたのか、医者がこちらをのぞきこんできた。
「すみません。起こしてしまいましたか?」
いえ、と答えた自分の声はずいぶん掠れていた。咳をして、ゆっくりと身体をベッドから起こす。片腕でバランスをとるのに苦労した。
フォリオがいるのはティティンの独房の中らしい。簡素だが清潔なベッドに机と椅子、小さなランプ、そして鉄格子がある。
サガが観察するような視線を向けてきた。
「熱は大分下がったようだな」
「はい」
「右肩はどうだ?まだ痛むか?」
フォリオは自分の右肩に目を向けた。そこにあるべきはずの右腕はない。何度見てもなかなか慣れない光景だ。
顔を上げると、サガと視線がぶつかった。さっきと変わらない目。平静を装って答える。
「いえ、もう大丈夫です」
刃の守護を失い、更に右腕を失って倒れた自分を救ったのは、驚くことにウィリアムと響だったという。
そのまま放っておけば失血死したであろう敵を助けたと聞いて、フォリオはかなり驚いた。なぜ助けられたんだろうか。
一度だけそれを響に聞いてみたことがある。まだ熱が下がらず、意識が朦朧としていた時だ。
響は暇をみては何度も様子を見に来てくれていたらしく、一度だけタイミング良く彼がいるときに目が覚めたことがあった。
「なぜ」と問うと、彼は泣き出しそうな顔で微笑んで「さぁ、どうしてでしょうね?」とはぐらかしただけだった。
「先日の会議で、クールの存続が決定した。王政は廃止され、新たな統治者としてワイズリーが着任する。まだ正式に決定していないが、ルベルト前王は王位を剥奪の後、一官僚に封じられることになるだろうな」
サガの淡々とした説明に、フォリオはつい口を挟んでいた。
「姫は・・・レイア姫の処遇はどうなるのでしょうか?」
「レイア姫にはクールに戻っていただく。王族からは政治的権力は剥奪されるが、血は唯一無二だ。姫にはそれを継いでいく義務がある」
「そうですか・・・」
フォリオはほっと息をついた。
これでレイアと紅は安全だろう。しばらくは問題ばかりだろうが、少なくとも命は保証されたのだ。
「それから、トランドだが」
一度言葉を切って、サガはじっとフォリオを見つめた。観察するような視線は変わらない。
「領土を分散し、ティティンとセイオンで保有することになった。詳しいことは追々調整していくことになるが」
「・・・」
そうですか、とつぶやいてフォリオは目を閉じた。
サガは遠回しに話しているが、要はトランドという国家を勝利国で分けあうということだ。事実上の国の滅亡といえた。
分かってはいた。当然の結果だろう。しかしさすがに何も感じないわけにはいかなかった。どうしようもない疲労感が襲ってくる。
フォリオは瞼を持ち上げると、ゆっくりサガを見上げた。
「おれの処刑はいつになりましたか?」
「・・・まだ公表はされてないが、おそらく今月中になるだろうな」
「そうですか」
今月中か、と他人事のように反芻する。あと一週間もない。
サガがふと呆れたようにため息をついた。
「落ち着いているんだな。自分が死ぬかもしれないというときに」
フォリオは苦笑した。死ぬかもしれないのではなく、確実に死ぬのだ。分かっているからこそ、逆に落ち着いていられるのだと思う。
「おれでもそうしていたと思いますから。覚悟はしています」
「死ぬ覚悟か?ろくでもないな。・・・カリルが聞いたら怒るだろうに」
サガの口から出た名前に、フォリオは息を詰めた。動揺を悟られないよう、極力抑えた声で尋ねる。
「カリルは、見つかったんですか?」
いや、とサガからはあっさりとした返事が返ってきた。
カリルの行方が分からなくなったのは、城でフォリオと別れた後だ。
部屋に残されていたのはシルバの亡骸と、シルバのものだけでは有り得ない大量の血痕だけだった。以来、どれだけ探しても彼女は見つからない。
フォリオは無意識に左手を握り込んでいた。そんな様子を一瞥してからサガが言った。
「・・・ただ、目撃したという者は見つかった。真偽は定かではないが」
フォリオは打たれたように顔を上げた。
「本当ですか?」
「ああ。その者の話によると、クライス王がカリルらしき者を抱えていたそうだが・・・」
「父上が?」
思わず眉をひそめてしまう。クライスがレイアを連れていったのは知っている。その理由も想像はできる。
だが、クライスとカリルは初対面のはずだ。ただの敵兵であるカリルをクライスが連れていく理由なんて、全く思い至らない。
「どうして父上が・・・」
「それが分かれば苦労はしないな。ただ、あの時は場も混乱していたし、見間違えた可能性のほうが高い」
サガはそう締めくくると、用事があるのか颯爽とした足取りで独房から出ていった。
再び静寂が戻ってくる。
じわじわと襲ってくる倦怠感に、フォリオはベッドに倒れ込んだ。息をついて目を閉じる。様々な感情が体の中を駆け巡っていた。
自分はどれだけの物を失ったのだろう。父王は死に、側近だったシルバも帰らぬ人となった。そして刃も。
守護霊はどうしたのかという追及を、フォリオはずっとかわしてきた。事実、刃がどうなったのか自分は知らない。ただ彼の守護は失われたということしか分からなかった。
それ以上の追及がなかったのは、おそらくトランドという国家が滅亡すれば、どのみち守護霊も同じ道を辿ると分かっているからだろう。
だが、フォリオはもうすでに刃がこの世界にはいないことを確信していた。何の根拠もない確信なのだけれど、間違ってはいないと思う。
フォリオは小さく笑った。
自分の周りにあったものはほとんど失われてしまった。レイアと紅の安全が保障されたのがせめてもの救いだ。彼女たちには幸せになってもらいたいと、強く思う。
「・・・」
フォリオは左腕を伸ばして、そっと右肩に触れた。痛みは大分引いたが、それでも疼くような感覚がある。それを宥めながら、小さく名前を呼んだ。最初にできた友人の名前を。
カリルは生きている。そう信じている。
ただ、自分がいなくなる日までに会えるだろうか。一週間はあまりにも短かかった。
まだ謝ってもいないし、お礼も言っていない。できるなら最後にもう一度だけ会いたかった。それだけが唯一の心残りだった。




