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プロスト  作者: ガル
第七部
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第十二章




 フォリオが玉座に足を踏み入れると、そこは血のにおいで溢れ返っていた。

 倒れたまま動かないトランドの兵士。その前に一人立っていたのは、黒い髪をした少年だった。ティティンの軍服と、持っている剣が返り血で真っ赤になっている。

 少年は入ってきたフォリオにゆっくりと視線を向けた。瞳も髪と同じように黒く、鋭い。

 フォリオは、ちらっと彼の傍らにいる青年に目を向けた。これがティティンの守護霊なのだろう。刃と同じ格好をしていた。

「フォリオさん・・・」

 震える声で守護霊に名前を呼ばれ、フォリオは眉をひそめた。彼とは初対面のはずだ。名前なら知っていてもおかしくないが、それだけではないような呼び方だった。

 ティティンの皇子が、こちらに向き直った。

「おまえがフォリオ皇子か?」

「そうだ。きみは・・・」

「ウィリアム・クーレ・ティティン。こっちは響だ」

 響という名前の守護霊が、どこか焦った様子で口を開いた。

「フォリオさん。カリルさんは?カリルさんは、どうしたんですか?」

「・・・どうしてカリルのことを」

 つい問い返してしまってから、すぐに理由に思い至る。

 カリルはティティンの軍にいるのだから、彼らは仲間なのだ。そう思うと、どうしてか少しだけ胸が苦しくなった。

「カリルさんはぼくたちの仲間です!フォリオさんに会いに行ったはずです。ちゃんと会えましたか?」

「・・・うん、会ったよ」

 答えると、響は安心したように「良かった・・・」と胸をなで下ろしている。少しだけ笑いたくなった。とても敵を相手にしたような態度ではない。

 隣にいたウィリアムが再び口を開いた。

「それで、カリルはどうしたんだ?」

「置いてきた」

「置いてきた?」

「ああ」

 別れ際のカリルの声を思い出し、フォリオはきつく目を閉じた。忘れろ。少なくとも今は。

 息をついて、ゆっくりと目を開けると、目の前のふたりを見据えた。

「前置きはもういいでしょう。どういうつもりなのか聞かせてもらいますか、ウィリアム皇子」

「クライスの首をとりにきた。王はどこにいる?」

 フォリオは視線を玉座に走らせた。血で塗れたそこは空っぽだ。刃がうまく逃がしてくれたのか。

「残念ですが、それを見過ごすわけにはいかない」

 フォリオは帯びていた剣を抜いた。

 響は戸惑ったような顔をしていたが、ウィリアムはじっとフォリオを見つめた後、くちびるをあげた。

「ひとりか?守護霊はどうしたんだ?」

 あいにくそれに答える義理なんてない。フォリオはウィリアムに向かっていった。





 甲高い音がして、剣が弾かれる。一度、相手の間合いから逃れてから、ウィリアムは舌打ちをした。

 どうやらトランドの皇子が剣に長けているという噂は、誇張ではなく事実らしい。

 カリルは大雑把な剣筋を早さで補う動き方をするが、フォリオはまるで違った。驚くほど隙がない。攻撃、防御の切り替えが早く、見極めが巧みだ。

 ウィリアムはくちびるをかんだ。言い訳などしたくないが、つくづく島で何もせずに過ごしていた時間が悔やまれた。二年の代償は、大きい。

「考えごとですか?」

 フォリオの声に、ハッとした。鋭い突きが胸元をまっすぐ狙ってくる。その瞬間、大きな静電気のような音がした。響の結界だ。

 顔をしかめたフォリオの一瞬をついて斬りつけるが、簡単に交わされてしまった。嫌になるほど隙がない。

 少し上にいる響はおろおろしたようにふたりを見ていたが、口出しはしてこなかった。正直、彼の守護がなければ危なかったはずだ。釈然としないが、カリルには感謝しなければならない。

 少し離れたフォリオは、かすかに苦笑した。

「・・・やっぱり守護がある人とは戦いづらいですね」

 それはそうだろう。結界がある限り、攻撃が当たることは決してないのだから。そういう意味では決着がつきにくいのは確かだ。

 けれど、とウィリアムは目の前の相手を見つめた。フォリオの傍らには守護霊はいない。今の彼に守護があるのかどうかも分からないーーーそこまで考えて、また顔をしかめた。

 攻撃を当てれば結界があるかどうか分かるのに、それすらもまだできない状態なのだ。

 ふっと影が動いた。フォリオが踏み出してくる。突いてくる動きは避けられたものの、すぐに横から斬る動きに切り替わった。刀身を盾にして受け止める。

 間近にある冷静な顔を見て、ウィリアムは低く笑った。

「・・・やっぱりあいつの言うことはアテにならないな」

 そのつぶやきに、フォリオは怪訝そうな表情を浮かべた。

「あいつ?」

「カリルのことだよ」

 答えてやると、フォリオはわずかに目元をゆがめた。

「・・・」

「あいつがあんたのことを何て言ったと思う?お人好しで優柔不断の平和主義者だとさ。バカバカしい。あんたのどこを見てそんなことが言えるんだろうな」

 フォリオの顔が強ばったのが、はっきりと分かった。

 ウィリアムが見たフォリオの印象は、カリルとはまるで違う。正反対だと言ってもいい。まさかとは思うが、こいつに騙されてるんじゃないかと疑うほどだ。

「あんたはお人好しでも優柔不断でもない。戦いが好きかどうかはともかく、平和主義者でもない。感情に流されず大局を見てる。人の命を駒として置き換えられる」

「・・・黙れ」

「誉めてるんだ。おれたち王族はそうじゃないとやってやれない。だからクールを見捨てた。そうだろ?」

「黙れ!」

 それまであまり感情を動かさなかったフォリオが、声を荒げた。

 ウィリアムはその隙をついて、無防備な銅まわりに蹴りを叩き込む。バチッという音がして、結界が揺さぶられた衝撃が伝わってきた。フォリオがハッとしたように剣を引き、後ずさる。

「なるほど、守護はあるみたいだな」

「・・・」

 フォリオはにらむように鋭い目をこちらに向けている。

 どうやらカリルの話題には触れられたくないらしい。かといってそっとしておくほど、ウィリアムはお人好しではない。利用できるものは利用させてもらおう。

 にらみつけてくるフォリオに、笑みを浮かべてみせる。

「どうせそういう顔も、あいつには見せないんだろ。それはちょっと卑怯なんじゃないのか?」

「・・・」

 フォリオは露骨に顔を歪めた後、不意にゆっくりと息をついた。感情を吐き出すように。

「・・・挑発するのが上手いんだな、きみは」

「そうか?」

「そういうのも充分卑怯だと思うよ」

 つぶやくフォリオはすでに冷静さを取り戻しているようだった。切り替えが早いな、と感心した直後だった。大きな足音をたてて、一人の兵士が玉座に飛び込んできたのは。




「フォリオさま!大変です!」

 兵士は中の状況にぎょっとしたように目を見開いていた。フォリオは目を向けないまま尋ねる。

「どうした?」

「は・・・あの・・・クライスさまが」

「父上?」

 はい、とうなずいた後、兵士は思いもよらぬことを言った。

「クライスさまがどこにもおりません。それからレイアさまも」

「!」

 ウィリアムはもちろん、フォリオも耳を疑った。どういうことだ?父上と姫がいない?

 フォリオは躊躇った末、低く問いただした。

「詳しく説明してくれ」

「は。厩舎長の話だと、クライスさまがレイアさまを連れて馬を出したと・・・」

頭が真っ白になった。

 クライスがレイアを連れていった?どこに?

 問いかけても答えが出るはずもない。混乱する中、それでも表面上は落ち着いて対応した。恐縮する兵士に指示を出したところまでは覚えている。

 ふとウィリアムの笑い声が聞こえた。

「ずいぶん立派な王だな。息子や兵たちを置き去りにして、女と逃げるなんて」

「・・・」

 だめだ。落ち着け。フォリオはまっすぐウィリアムを見据えた。彼は悠然と微笑んでいる。

「いいのか?クライス王を探さなくても」

「・・・今は、あなたのほうが先です」

 焦る気持ちを押さえつけながら、フォリオは答えた。そうだ。目の前のことに集中しなければならない。

 分かってはいるのに、ひどく動揺している自分に気づいていた。なぜ。どうして。

 笑みを浮かべていたウィリアムの目が、ふと哀れむような色に変わった。

「もう諦めたらどうだ?臣下を見捨てて逃げる王なんて、正気の沙汰じゃない」

「あなただって知っているはずです。王族は生き残ってこそ。違いますか?」

 冷ややかに切り返すと、ウィリアムはかなり不愉快そうな顔をした。そういえば彼もひとり生き残った王族なのだと、今更気づく。

「自分が生き残ろうとは考えないのか?」

「父上がいますから」

 ウィリアムは顔をさらにしかめ、何か言おうとした。言葉にならなかったのは、爆音と共に床が大きく揺れたためだ。

 何とか踏みとどまったウィリアムのその一瞬をついて、フォリオは間合いに飛び込んだ。惜しげもなく剣を捨てると、ウィリアムはかなり驚いた顔をした。

 すかさずその腕をつかみ、素早く背中に回り込む。腕をひねり上げと、ウィリアムが息をのんだのが伝わってきた。

 守護霊がいる限り負傷させるとこはできないが、捕まえることならできる。

 背中からフォリオは声をかけた。

「投降するよう、ティティンの兵に命じてください。ウィリアム皇子」

「・・・無理だ」

「皇子」

 拘束する力を強めた、その時だった。

 

 

 言い表せない感覚がフォリオを襲った。





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