第十一章
「待て!リオ!」
部屋から出ていったフォリオの後を追おうとしたカリルを止めたのはシルバだった。扉とカリルの間に立ち、剣を構えている。
「行かせません」
「ッ、くそったれ!」
カリルは射殺さんばかりににらみつけると、腰に帯びていた剣を抜いた。このややこしい状況で、こいつの相手をしている暇なんかないってのに。
「そこをどけ!」
一気に距離をつめ、剣を振るう。鋭い金属音がして、刀身が受け止められた。舌打ちをひとつして、重心をぐっと落とすと、続けさまに無防備な足下を狙う。だが、これもあっさりとかわされた。反応がいい。
以前戦った時は狭い馬車の中で、カリルは有利なナイフを使っていた。やはりあの時のようにはいかないらしい。
どうするかな、と口の中でつぶやいたカリルは、ふとシルバがこちらを凝視しているのに気づいた。
「何だよ?」
「・・・あなたの動き、覚えがあります。それにその声、」
は、とカリルは鼻で笑った。何を今更。
「忘れたのかよ?クールで会っただろ?」
「・・・!」
一度大きく見開いた目を、シルバはゆっくりと狭めていった。低い声で確認する。
「・・・まさか、あの時の賊ですか?」
「思い出したか?」
「なるほど。確かに同じ黒髪です。まさか女だったとは思いませんでしたが・・・ではやはり、あの一件にはティティンも絡んでいたのですね」
言い終わるより先に、シルバが間合いに飛び込んできた。早い。下から振り上げられる剣を、間一髪後ろに飛んで避ける。続けて来た第二撃は、何とか剣を盾にして受け止めたが、結構な力だ。女のくせに。
間近で見るシルバの目は、怒りで満ちていた。
「あなたがたのせいで、どれだけ我々が苦渋を舐めさせられたか・・・!!」
「ッ、んなこと知るかよ!!」
押してくる力を横に受け流し、そのままシルバの側面に回る。さらされた背中に狙いを定めるが、嫌なタイミングで大きな爆音と揺れが来た。
バランスをとられ、気がついた時にはすぐ側にシルバの剣が来ていた。とっさに首をひねって避けようとしたが、遅い。鋭い切っ先が左肩を抉った。
「ッッ!!」
久しぶりに感じた強烈な痛みに、歯を強く食いしばる。一瞬飛びかけた意識を何とか留めた。次の攻撃をまともに食らう前に、素早く距離をとる。
「・・・ってぇー」
思わず顔をしかめていた。躊躇なく抉られた肩から、どくどくと血が溢れていくのが分かる。嫌な出血の仕方だった。焼け石を当てられたような痛みと熱。
いや、熱は怪我のせいだけではないのかもしれない。耳を澄ますと、どこからか炎のあがる音が聞こえてくる。
火をつけたのは自分たちだが、正直熱いのはやめてほしい、などとどうでもいいことに意識が回った。
靴音と共に、シルバが一歩距離を縮めた。
「フォリオさまは殺すなとおっしゃいましたが・・・あなたがあの方の知り合いだろうと、敵であることには変わりありません」
「・・・その、知り合いっていうのやめろ。おれは、あいつの友達だ」
カリルは浅く呼吸をしながら憮然とつぶやいた。ああくそ、思い出したらまた腹が立ってきた。リオの奴、後で覚えてろよ。
「フォリオさまは王族ですよ。あなたのような友人がいるはずが・・・」
と、そこで急にシルバが顔を強ばらせた。何かを思い出したかのような愕然とした表情になる。
何だ?カリルが怪訝に感じたその時、再び大きな揺れが来た。完全に不意をつかれたシルバもバランスを崩している。カリルは素早く体勢を立て直し、まだ無防備なシルバに切りかかった。
高い金属音がして、受け止められる。
「あなた・・・まさか、守護の島の生き残りですか?」
「だったら、何だっていうんだよッ!!」
怒鳴るように返すと、シルバの目がすっと冷えた。
「・・・では、やはりあの時殺しておくべきだったということですね」
「何、わけ分かんねーこと・・・」
急にシルバの力が強くなった。顔が歪む。右腕だけの力では圧倒的に不利だ。苦痛に汗が吹き出る。
不意に押してくる力が引いた。シルバは剣を一度引くと、すぐさま横に振り広げた。まずい。頭の中で警報が鳴る。この距離では避けられない。
ーーーーーああもう、仕方ない!!
覚悟した瞬間、横腹に痛烈な一撃が来た。痛みに吐きそうになりながら、カリルは横腹に食い込んでくる刀身を左手でつかんだ。ぎょっとしたシルバの顔に、ざまあみろ、と笑いたくなる。
引こうとしたシルバより早く、カリルは右腕にあった剣を突き出していた。肉を刺す生々しい感触の後、吹き出した温かな血が、カリルの身体をずぶ濡れにする。
「!」
ぐらりとシルバの身体が傾ぎ、血の海に倒れた。つられてカリルも崩れるように倒れこむ。息も切れ切れにシルバを見ると、彼女の左胸に空いた穴から血がどんどんと流れ出ていた。明らかに致命傷だ。
「・・・おい、死んだのか?」
声をかけると、シルバの目だけがゆっくりと動いた。虚ろな色をしている。
「・・・フォ、リ・・・さま、の」
切れ切れに何か聞こえたが、聞き取れない。這いずくばって口元に耳を寄せたが、聞こえてくるのはヒューヒューという耳障りな呼吸音だけだった。
それも少しして聞こえなくなる。顔を見ると、シルバは疲れたような表情で目を閉ざしていた。
「・・・くそ、」
何とか起きあがろうとするにも身体に力が入らない。左肩とわき腹からは、笑えるくらいの血が溢れ続けている。失血で動けないなんて冗談じゃない。
気力で上半身を起こすものの、すぐにまた血の海に顔を突っ込む羽目になった。
ああくそ。こんなことをしている暇はないのに。
分かっているのに身体が言うことを聞かない。さらに最悪なことに視界がだんだんと暗くなってくる。
いやだ。行かなければいけないのに。ウィリアムはどうなった?響は?ちゃんと無事だろうか。
それにリオ。ようやく会えたのに、まだ殴れていない。文句だって言いたりない。こんなところで寝ている場合じゃない、のに。
そこまで考えたところで、視界が闇に包まれた。




