第七章
踏み込んだ城内は、すでに戦場のような混乱の真っ直中だった。あちこちから爆発音が絶えず聞こえ、床や壁が揺れている。悲鳴や怒声があたりに充満していた。
「こっちだ、行くぞ」
ウィリアムの声に促され、当初の予定通り東の階段へと向かう。
途中、何度か武装したトランド兵士とぶつかり、戦闘を繰り返しながらの移動だった。
火の手が大きくなっているのか、城の奥へ向かうほど不快な暑さがのしかかってくる。
「くそっ・・・」
汗と血を拭いながら、カリルは周囲を見渡した。
崩れた壁、血が染み込んだ絨毯、動かない屍。
通路の角から飛び出してきた使用人たちが、こちらを見て悲鳴をあげ、足をもつれさせながら逃げていく。
いったいあのバカはどこにいるのか。こうも広い城内ではなかなか見つからない。
「カリルさん、大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃねー」
「えっ!ど、どこかお怪我でも!?」
「暑い」
「・・・さすがにそれは、ぼくでもどうにもできませんね」
「だろうな。つーか、おまえはどうにもできないことばっかだろうが」
「カリルさん!ひどいです!事実ですけど!」
響がわめくと、隣にいたウィリアムが嫌そうな顔をした。
「よくこんな状況で漫才ができるな。おまえら」
ふたりして「漫才じゃない」と主張するが、ウィリアムは無視だ。
広すぎる城内を駆け、ようやく東の階段にたどり着いた頃には、一階は火の手が回り始めていた。爆音と揺れはまだ続いている。
「貴様等!」
鋭い声に、はっと顔を上げる。
鎧を着込んだ敵兵士が、剣を抜く姿が視界に入った。響が意味のない悲鳴を上げている。うるさい。
腕を上げて刀身を防ぎ、素早く手首を返して剣を相手に叩き込んだ。悲鳴とともに血しぶきがふりかかってくる。
「あわわわわカリルさんだだ大丈夫ですか!」
「大丈夫だって言ってんだろ。何回同じこと聞くんだてめーは」
服の裾で顔を拭い、ぶっきらぼうに言い返す。足元に倒れ込んだ敵兵の茫洋とした目が、こちらを見上げていた。それを見つめ返し、頭を軽く振る。
急ぐぞ、と促したウィリアムの後に続いて、階段を上がり始めたカリルは、ふと視界の端に捉えたものに気づき、目を見張った。
あれはーーーー。
「刃!?」
ふっと奥の廊下を横切った姿には、見覚えがあった。刃だ。一瞬のことだったが、見間違えるはずがない。
まばたきもせず、カリルはそれが消えた廊下を凝視していた。
確かに刃だった。刃ひとりだった。彼がいつも側にいるはずの主はいない。
けれど。
気がついたら、身体が勝手に動いていた。踵を返し、上がりかけていた階段を降りようとする。
脳裏でひらめくように思い出したのは、『あの日』のことだ。村の焼ける臭い、シロの身体を染める赤い色。「おれたちと来い」そう言った刃の表情を。
背後で、響が驚いたような声をあげたが、振り返っている余裕もなかった。
「カリル!」
不意に腕をとられた。勢いよく振り返ると、いつの間にかウィリアムが側に立っている。つかまれた手首が痛い。
「ウィル」
「・・・」
ウィリアムは一度何かを言いかけたが、躊躇うように口を閉ざした。
ややあって、彼はいつものように嫌みったらしい笑みを浮かべた。
「・・・せいぜいトランド皇子に殺されないようにしろよ?」
「何言って・・・」
「頑張ってこい」
突き放すような一言とともに、手首が離された。思わずそこを手で触れ、カリルもにやりと笑みを浮かべる。
「ああ。ありがとな」
「カリルさん!」
声をあげた響に向かって、カリルは手を振った。
「響!ちょっと行ってくる。ウィルのこと、頼んだぞ!」
そう言ってカリルは駆け出した。




