第六章
耳をつんざくような轟音と共に、城が大きく揺れたのは、ようやく空が白み始めた明け方だった。
「!」
侵入してきた賊ーーおそらくティティン軍の部隊だと思われるものの対応について、兵士と話をしていたフォリオは、打たれたように顔を上げた。
すぐに今度は違うところから爆音が聞こえてくる。ほぼ同時に揺れと、悲鳴が起きた。
「フォリオさま!」
大慌てで駆けてきた兵士が、目の前で礼をとった。
「何が起きてる?」
「は。城の西門が爆破されたようです。確認はできていませんが、昨日侵入してきた部隊かと思われます」
「ご報告します!北の壁が破壊され、そこからティティン軍が・・・!」
もうひとり、息も絶え絶えの様子で走ってきた兵士が叫んだ。辺りに動揺が走る。
フォリオは眉をひそめた。報告によると、ティティンから侵入してきた部隊は荷物も少なく、火薬などは持っていないとのことだったが・・・違ったのだろうか?
「城に待機している兵士を集めて、食い止めるんだ。避難している民は?」
「は、彼らは全員無事です。どうされますか?」
一瞬迷ったが、こうなった以上城より城下に降りる方が安全なのは間違いない。
「誘導して、城下に逃がしてくれ。それから」
言い終わらないうちに、再び爆音が鼓膜を叩いた。かなり近い。
地響きのような揺れが収まるのに、今度は時間がかかった。一体どれだけの火薬を持っているのだろうか。
指示を飛ばしているうちに、どこからか「火だ!」という叫び声が聞こえてきた。慌ただしく兵士や使用人が行き交っている。
「落ち着け!どうした?」
「皇子!賊が城内に火をつけて回っている模様です!あちこちから火の手が・・・!」
報告してくる兵士も、完全に混乱状態になっているようだった。
火?フォリオは愕然とした。その瞬間、脳裏にひらめいたのは、未だに目を覚まさないレイアだ。
紅が彼女を見捨てるはずがないが、最近紅は姿を見せていなかった。もしもの可能性が頭をよぎる。
「刃」
フォリオは上空にいた守護霊を見上げた。
「父上のところに行ってくれるか?多分玉座にいらっしゃると思う。行って、指示を仰いでくれ」
「おまえはどうするんだ?」
「先に姫のところに行く」
それだけで意図は伝わったらしい。刃は分かった、とうなずいた。
「じゃ、後で」
「フォリオ」
踵を返したフォリオを刃が呼び止めた。振り返ると、彼は何か言いたげな顔をしている。
「何?」
「いや。・・・気をつけろよ?」
珍しいな、と思いながらもフォリオはうなずいた。
爆発の衝撃が、背をつけた壁から伝わってくる。離れていても分かるほど、爆発の余韻は大きい。
崩れてきた瓦礫の破片が近くまで飛んできて、響が「ひええええ」と飛びすさった。
「響、うるさい」
「だ、だって、ウィリアムさん」
「う、る、さ、い」
「す、すみません・・・」
ウィリアムに一睨みされて、響が耳を垂らした。
カリルたちがいるのは、すでに半壊した城門の内側だった。こうして待機している間にも、耳をつんざくような爆音と、揺れが絶え間なく襲ってくる。
「西側から入った兵が、火をつけているはずだ。火の手が上がったら、おれたちも北側から入る」
「ルートは?」
「玉座に行くには正面の大階段か、東西の階段だな。たぶん、東側のが一番近いと思う」
「了解。んじゃ、とりあえずそれで」
カリルが答えた途端、少し離れたところにあった壁が、暴力的な轟音とともに吹き飛んだ。とっさに身を引き、壁に隠れる。
爆風と共に、瓦礫が辺りに錯乱した。耳鳴りを覚えるほど大きな爆音が、鼓膜を直撃し、思わず顔をしかめてうなる。
「ってぇー」
「気をつけないと、鼓膜がやられるぞ」
「はいはい、ありがたい忠告どうも。もっと早く言えっての!」
にらみつけられたウィリアムは肩をすくめ、爆破の残骸を見やった。
「・・・それにしても、本当に本物の火薬だったんだな」
「は?ウィル、まだ疑ってたのかよ?」
「当たり前だろ。っていうより、あれで信じるおまえがおかしい」
「えええ!?ぼ、ぼくも信じてましたけど」
びっくりしたように自分を指さした響を見て、ウィリアムはため息をついた。
「・・・訂正する。あれで信じるおまえらが、おかしい」
「そうか?ウィルが疑いすぎなんじゃねーの?」
呆れながら言い返すと、響も「そうですよ!」と力一杯同意した。
「バカか。あの状況なら、普通に考えたら罠だろ」
「実際罠じゃなかったじゃんか」
「そうだけど。・・・そうだな。罠じゃなかった。あの守護霊は、本気でトランドを裏切ったんだ」
つぶやくウィリアムの声は、感情を排除した淡々とした口調だった。王族である彼の立場からしたら、紅の犯した行為は色々と複雑なのかもしれない。
少し前に別れた紅のことを思い出す。決意に満ちた強い声をしていた。迷いのない目をしていた。それなら、いいんじゃないかとカリルは思う。
「おれたちは紅じゃねーんだ。あいつが何考えてたかなんて、全部が全部分かるわけねーし」
響が苦笑した。
「まぁ、そうですよね」
「普通はそうだろ。おれらに分かるのは、紅が本気かどうかってことだけだ」
紅は本気だったし、迷ってるようにも後悔するようにも見えなかった。
だったらそれでいいと思う。守護霊だろうが、王族だろうが、根無し草だろうが、自分の思いを貫く権利くらいはあるはずなのだ。
「・・・おまえにかかると、物事が一気に単純になるな」
呆れたようにウィリアムがつぶやいた。
「ウィルが複雑に考えすぎるから、ちょうどいいんじゃねーの」
そう返してやると、ウィリアムはものすごく不服そうな表情をしたが、彼が反論するより先に、城に異変が起きた。
見上げると、うっすらと黒い煙が上がり始めている。
「手筈通りだな」
側で控えていた兵士が口を開いた。
「ウィリアムさま。予定通り、我々は東側へ回ります」
「気をつけろ」
短い激励に一礼すると、随従していた兵士が三人、素早い動きで離れていった。退避経路を確保するための人員だ。
「さて、んじゃおれらも行くか」
肩を回してカリルが言った。




