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プロスト  作者: ガル
第七部
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第二章




 セイオン軍が国境を越え、クールに入ったと報告が入ったのは、調印式を翌日に控えた朝だった。

「おそらく潜伏している反乱軍と合流するものと思われます。兵の数は、セイオン軍だけで一万ほどとの報告です」

 片膝をついたシルバの報告に、クライスは薄く笑った。

「なるほどな、そうきたか」

 どことなく面白がっている風なのは気のせいなのだろうか。刃は呆れたように口を挟んだ。

「そうきたか、じゃねーだろ。さっさと援軍出さないとやばいんじゃないのか?」

「なぜだ?援軍など必要ない」

 あまりにはっきりした否定に、刃は「はぁ?」と問い返していた。

「セイオン軍が動いているという事は、ティティン軍と別行動をしているということだ。むしろ、こちらには好都合じゃないか」

「おい、クライス」

「兵に通達しろ。部隊の準備を急げ。これから全力でティティンを叩くぞ」

 クライスは礼をとったままのシルバに、そう声を投げた。突然の命令に、同席していた将軍たちが困惑しているのが分かる。それはそうだろう。いきなりすぎる。

 刃は慌てて止めた。

「ちょっと待て!クールはどうするんだ。援軍を出さない気か?」

「ティティンが陥落すれば、後からいくらでも奪い返せる。援軍を出している暇はない」

「そういう問題じゃねーだろ?無駄に民を殺す気か?」

 反乱軍と現政府が衝突するだけでも犠牲は出るのに、その上再びクールを奪還しようとすれば、一体どれだけの被害が出るのか。いや、こいつなら分かって言っているのだろう。

 にらみつけると、クライスは面倒くさそうに嘆息した。

「いちいちうるさい奴だな。フォリオ、おまえはどう思う?」

 クライスはずっと黙っていたフォリオに矛先を向けた。

 フォリオはしばらく思案している様子だったが、すぐに目を上げてつぶやいた。

「・・・わたしは、父上に賛成です」

 刃はまじまじと隣に立つ主を見つめた。フォリオの表情からは何の感情も伺えない。

「フォリオ、」

「援軍を出せば、その分こちらの戦力が削られます。下手すれば、そこをティティンに狙われかねない。・・・兵を割くのは危険でしょう」

「さすがはおれの息子だ。慧眼だな」

 クライスは満足そうに微笑むと、視線を刃に向けた。

「そういうわけだ、刃。異論は認めん」

「・・・」

 刃はクライスの視線を受け止めると、小さく舌打ちした。









 夜、城内が静かになるころ、刃はレイアの部屋の壁を抜けた。淡いランプで浮かび上がった室内には、やはりフォリオの姿があった。

 ベッドの傍らに置いた椅子に座り、未だに昏睡しているレイアを静かに見つめている。その横顔には何の感情も浮かび上がっていなかった。

「フォリオ」

 抑えた声で呼ぶと、彼は目だけを動かしてこちらを見た。いつものような返事は返ってこない。思わず舌打ちしたくなるのを何とか堪えた。

「姫さん、まだ目覚まさないのか?」

「うん」

「医者は何て言ってるんだ?」

「峠は越えたって・・・でも、いつ意識が戻るかは分からないらしい」

 刃は顔をしかめた。それはもしかしたら二度と意識が戻らない可能性もあるということか。

 そんなことになったら、フォリオは一生後悔し続けるだろう。おまえのせいじゃないと言ったところで、何も変わらないことは目に見えている。だから刃は違うことを言うしかなかった。

「フォリオ、もう休め。姫さんはおれが見てるから」

「紅は?」

 さぁ、と刃は肩をすくめた。

 二日前にこの部屋で会ったきり、紅は姿を見せなくなってしまった。レイアの守護は失われていないので、それほど遠くにいるわけでもなさそうだが・・・。

 最後に聞いた、紅の声。この国は歪んでいる。そうつぶやいた彼女の声が耳から離れなかった。抑揚のない言葉だったにも関わらず、悲痛な叫びのようにも聞こえた。

 フォリオは首を振って、提案を退けた。

「おれなら大丈夫だから」

「フォリオ、いい加減に」

「不安なんだ」

 刃の言葉を遮って、フォリオはつぶやいた。

「ひとりで部屋に戻ってもどうせ眠れない。分かってるんだ。それならここにいるよ」

 そう言ってフォリオはこちらを振り返った。その顔と、最後に見た紅の顔が重なって見え、刃は思わず息をのんだ。ふたりともどこか感情が麻痺したような無表情だった。

 拳を握りしめる。

「・・・フォリオ、ひとつ教えてくれ」

「なに?」

「昼間のクールの件、どうして援軍を出さなかった?」

「それは説明したはずだけど」

 淡々とした返事に、つい声を荒げてしまった。

「そうじゃない!いつものおまえなら、罠だと分かってても見捨てなかったはずだ。何か他の方法を考えてたはずだろ?」

「他に方法があればそうしてるよ。でも、あの時はあれが最善だったんだ。迷う時間もなかった」

「分かってんのか。無駄に民が死ぬんだぞ?」

「・・・おれたちが負ければもっと大勢の人が死ぬんだ。仕方ないじゃないか」

「フォリオ」

 刃は唖然とした顔で、己の主を凝視した。

 なんだ?この違和感は。まるで違う誰かと話しているような感覚は。フォリオじゃない。もっと他の・・・。誰かと似ている。

 行き着いた答えに、刃は愕然とした。クライス、という囁きは喉にこびりついて音にならなかった。

「刃?どうかした?」

「・・・」

 目を伏せ、刃はいや、とつぶやいた。全身が嫌な汗をかいている。

 気のせいだと思いたかった。フォリオはクライスとは違う。そうずっと思ってきた。

 変わってしまったのだろうか。フォリオも、そして紅も。レイアの一件が原因なのだとしたら、どうして自分は止められなかったのだろう。これほど近くにいたのに。

「・・・は、守護霊失格だな」

「刃?」

 フォリオは眉をひそめ、身体をこちらに向けた。じっと刃を見上げてくる。

「一体どうしたんだ?刃」

「どうしたって、何が?」

「・・・なんだか泣きそうな顔をしてる」

 意表をつかれ、刃は目をまたたかせた。案じるようにこちらを見上げてくるフォリオは、まだ以前の彼らしさが残っている。それだけでひどく安心した。

 まだ間に合うのだろうか。いや違う。間に合わせなければいけない。

 刃は深く息を吐き出した。

「あのさフォリオ、もう一つ聞いていいか?」

「今日は質問ばっかりなんだな。何?」

「責任とか役割を放棄するのって、おまえはどう思う?」

「どうって・・・」

「そういうのを放棄してまで、何かをすることに意味があると思うか」

 思い浮かんでいたのは紅のことだ。クライスを殺すと彼女は言った。守護霊が人間を害するということは、その存在意義を否定することと同じだ。

 間違っていると思う反面、刃は彼女を止められなかった。

 フォリオは考え込むように目を伏せた。

「そうだな・・・」

 真剣に考え込んでいたフォリオが、ふっと頬をゆるめた。それまで感情の乏しかった顔が、急に人間くさくなる。

 んん?と刃が思っていると、フォリオがぽつりとつぶやいた。優しい声だった。

「・・・カリルが」

「ん?カリル?」

「そう。言ってたんだ、初めて会った夜に。結果的に誰かに迷惑をかけないなら。ちゃんと自分で責任がとれるのなら、自分の好きなことをすればいいんだって」

「・・・はっはぁー」

「受け売りでごめん。これで答えになるかな?」

「充分。ごちそうさまでした」

 ごちそうさま?と首をひねるフォリオに、刃は笑った。本人無意識なのが末恐ろしい。これでは姫さんも報われないなぁ、と思う。

「カリルかー。くそ、結局探すどころじゃなくなっちまったな」

「そうだな。でも・・・これで良かったのかもしれない」

「良かったって、何が?」

 フォリオははぐらかすように笑みを浮かべたまま、答えなかった。どうせ後ろ向きなことを考えているに違いない。

 ここにカリルがいたら、何と言うのだろうか。想像したらおかしくなった。きっと怒るんだろうなと思い、そう確信を持って思えたことが嬉しかった。

 刃は頭をがりがりとかいた。

「会わせてやるよ」

「え?」

「約束しただろ。カリルを探して、会わせてやる。まぁいつになるか分かんねーけどな」

「・・・どうして」

 拍子抜けしたような主の顔に、笑みを返す。

「どうしてって、そりゃ決まってるだろ。おまえも会いたいだろうけど、おれだって顔くらい見たいんだ。まぁ、怒鳴られること覚悟しないといけないけどさ」

 フォリオはかすかに見開いた目でこちらを見つめ、それから「ありがとう」と緩やかに笑った。







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