第七章
レイアの傷は重く、医師によればもう少し遅ければ命に関わっていたそうだ。手当を終え、フォリオがずっと付き添っていたが、彼女は昏睡状態のまま目を覚まさなかった。今も昏々と眠り続けている。
刃はそっとレイアの眠るベッドに近づいた。
脇に置かれた椅子にはフォリオが座っていたが、疲れているのか彼も眠っていた。無理もない。ここ一週間ほど色々なことがありすぎて、フォリオはろくに寝ていないはずだ。
レイアは真っ白な瞼を堅く降ろしたままだ。いつもの強気な表情も声もない。それこそ死人のように眠っている。
「・・・何をしておる?」
刺々しい声に振り返ると、紅が扉を抜けて入ってくるところだった。中にいた刃に渋い顔をしている。
刃は肩をすくめた。
「仕方ないだろ?フォリオがここにいるんだから」
「皇子はまぁよい。貴様はレイアの寝顔を見るな」
なんだその理屈は、と呆れてしまう。
紅は室内を歩み寄ってくると、刃の隣に並んだ。痛ましそうにレイアを見つめている。
「・・・どこに行ってたんだ?姫さん置いて」
「わたしがおらぬとも皇子がついていてくれる。この城ではわたしよりも確実にレイアを守ってくれる皇子がな」
「答えになってないんだけど」
「クライスを殺す機会をうかがっておったのじゃ。残念ながら、無理だったがな」
淡々と告げられた言葉に、刃は顔をしかめた。
「・・・紅」
紅はちらりと刃を見やると、前に出、ベッドに腰を下ろした。刃はそんな彼女の様子を観察する。落ち着いてはいるが、どこかピリピリと張りつめているのが分かる。
あの日、フォリオが抱えて連れてきた重傷のレイアを目の当たりにした時の、紅の錯乱ぶりは記憶に新しい。
自身が護符で衰弱していたにも関わらず、泣き叫んだのだ。あの時よりかはずいぶん落ち着いたように思うが・・・。
刃は抑えた声で尋ねた。
「紅、さっきの本気か?」
「・・・」
「紅」
重ねて問うと、彼女は苛立ちのこもった目を向けてきた。
「本気だと言ったらどうするのじゃ?」
「紅、おまえの気持ちは分かる。だけど」
「どう分かるというのじゃ!」
つい声を荒げた後、紅ははっとしたようにレイアとフォリオの様子をうかがった。ふたりとも動く気配すら見せない。
紅は低い声でつぶやいた。
「貴様にわたしの気持ちなど分かるはずがなかろう」
「なら話せ。ひとりで抱え込むのはやめろ」
紅はかすかに渋面しただけで答えなかった。刃はため息をつく。
「・・・あんまり自分を責めるな。今回の件はおまえのせいじゃない」
「では、誰のせいなのじゃ?」
「それは・・・」
「ワイズリーという男を救ったレイアか?拷問の指示を出したクライスか?逃がしきれなかった皇子か?それとも貴様か?申してみよ」
「紅・・・」
紅は顔をゆがめると、それを隠すようにうつむいた。
「・・・すまぬな。八つ当たりじゃ。貴様も皇子も、わたしたちを助けてくれようとしたのは分かっておる」
震える声でつぶやくと、紅は眠っているフォリオに目を向けた。
「・・・刃、わたしは皇子のことは嫌いではない。貴様もな。最初は憎き仇にしか思えんかったが、そもそも四年前の戦争におまえたちは関与しておらん」
「何だよ、いきなり」
「クールがなくなればわたしは消えるのじゃ。今のうちに言えることは言っておかねば」
「・・・」
苦い表情を浮かべた刃を、紅は見上げた。
「レイアは皇子を好いておる。わたしも皇子ならばレイアを任せてもよいと思った。皇子と結婚すれば、レイアはクールの王族ではなくなるが、それも仕方ないと・・・」
だが、と紅は続けた。話す声から感情が抜け落ちる。
「だが、この国は歪んでおる」
「紅」
「確かにレイアはあの男を逃がした。しかしそれを裁くと言うのなら、罪名を申しつけて裁判を行うのが道理じゃろう。にも関わらずクライスは道理を無視し、兵もまたクライスに従う。この国の法は王だとでも言うつもりか。滑稽にもほどがある」
紅は密やかに嘲笑した。
「この国は歪んでおる。これが正しい国の在り方か?それならいっそ滅んでしまえばいい」




