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プロスト  作者: ガル
第六部
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第一章

 改めて今後の方針を決めるための作戦会議が行われることになった。そう伝えにきたのは汐で、普段と変わりない彼女だった。

 ぶっきらぼうに昨日のことを詫びると、彼女らしく笑い飛ばして許してくれた。軽い口調ながらも案じてくれていたのがよく分かる。それが何となくありがたかった。




 響と共に会議場に向かったカリルは、中に入って目を瞬かせた。

 中央にあつらえられた席には、見たことのない軍服姿の男たちが五人いて、先に来ていたエンや汐と何やら話し込んでいる。

 年齢は五人ともバラバラで、サガと同じくらいの男もいれば、白髪交じりの老年の男もいた。

 響は男たちを見るなり、あっと声を上げた。それに気づいたのだろう、視線がこちらに集まる。妙な迫力に思わず身構えそうになった時、後ろからサガの声がした。

「入り口をふさぐな。中に入れ」

 振り返ると、やはりいつもと同じように仏頂面のサガが立っていた。その少し後ろにはウィリアムの姿もある。

 全員が着席すると、サガが集まった顔触れを見渡した。

「では状況の報告と、今後の動向についての確認を行う。その前に、カリル」

 唐突に呼ばれ、カリルは顔を上げた。

「何?」

「会うのは初めてだろう。我が軍の部隊を率いる将軍たちだ。響は知っているな?」

「はい」

 サガはひとりひとり男の名前を呼んだ。明らかに武人のような雰囲気だったが、将軍なら納得できる。

 そういえばティティンの王宮に上がってからすぐ、ワイズリーの救出に向かったのだから、軍の主要人物と対面するのはこれが初めてになる。

 一応挨拶らしき言葉を交わしたものの、カリルは違和感を覚えずにはいられなかった。挨拶の際、五人が五人とも値踏みするような目を向けてきた気がしたからだ。




「演説?」

 聞き返すと、サガは鷹揚にうなずいた。

「そうだ。宣戦布告、または決意表明と言ってもいい。一度ウィリアムさまが民の前に立たれ、お言葉を賜る必要がある」

 当のウィリアムに視線を向けるが、彼は表情一つ動かさなかった。事前に聞いていたのかもしれない。

「で、でも危険ではありませんか?そんなことをする必要が?」

 響の問いに、サガは「必要はある」と断言した。

「二年前のトランドの襲撃の際、ウィリアムさまの生死は民にも伏されてきた。この機にウィリアムさまのご健在を国内外に通達する。我が国がトランドと敵対しているのは明白だが、ウィリアムさまが明言されることで民の意識はまるで違ったものになるだろう」

 確かに戦争をする以上、国を率いていくべき象徴の人間が必要になるのは間違いないだろう。

 ふと無表情を貫くウィリアムにリオの姿が重なり、カリルは盛大に顔をしかめた。こいつもあの友人と同じ道を辿るのか。

 汐が口を挟んだ。

「日程は決まっているのかい?」

「早くて一週間後だな。民の前に姿を現す以上、警備態勢を見直す必要がある」

 確かに不特定多数の人間の前に出るのだ。これほど危険なことはないだろう。

 その時、静かな声が割って入った。

「警備態勢の見直しより、響さまにウィリアムさまをお守り頂くほうが、はるかに確実だと考えるが?」

 感情を抑えた淡々とした声音に、カリルはそちらを一瞥した。声の主は端の席に座った老年の将軍だ。見た目は一番高齢に見えるが、目の奥は鋭い。

 カリルの隣に座ってた響が、小さく息を飲み込んだのが分かった。堂々としてろ、と言いたい。

 尋ねたのはサガだ。

「それはウィリアムさまを響の主に、ということか?」

「おかしなことを確認する。本来ならばそれが正しい姿のはず。ウィリアムさまは前王が遺された唯一の御子だ。ティティンの守護霊である響さまが、そして我々が何よりも守るべき御方であろう」

 老年の将軍は、サガや響は見ているがカリルのほうは見ない。議論する対象ですらないということか。

 露骨すぎていちいち反論する気にもならなかった。というかこの手の話は、すでにサガやウィリアムとさんざんさせられたのだ。正直もう辟易している。

「そもそもその娘はティティンの者ですらありません。いくら響さまが望まれようと、所詮はーー」

「やめろ」

 言葉を遮ったのは、それまでずっと黙っていたウィリアムだった。強くはないが、反論を許さない口調だった。

「その件に関しては今更話し合う気はない。響とおれが決めたことだ。そうだな?サガ」

「そのとおりです」

 サガは従順に肯定したが、将軍たちは納得できないようだった。ざわついている。

「しかし、ウィリアムさま」

「くだらない議論で潰す時間はないと言っている」

「我々はウィリアムさまの臣下です。御身をお守りする義務がございます」

「なら、おまえたちが守れ。それとも自信がないのか」

「そういう問題ではありません」

 ウィリアムは息をついて、老年の将軍を見た。

「心配しなくても簡単に殺される気はない。・・・この話は終わりだ。サガ、続きを」

 はい、とうなずいたサガが、次の議題にとりかかった。だが将軍たちが納得した様子はない。戸惑ったような目をした者や、いかにも不服そうな表情を浮かべている者もいる。

 カリルは背もたれに体重を預けて息をついた。やはり先ほどの視線は気のせいではなかったということだろう。











 細かな打ち合わせが終わると、ウィリアムは早々に退室した。カリルと響はそれを追って廊下に出ると、その背中を呼び止めた。

「おいウィル!」

 ウィリアムは肩越しにこちらを振り返ると、いかにも面倒くさそうな表情になった。なんだその顔は。

 歩み寄り、彼を見据えた。

「なんで庇った?」

「庇った覚えはないけど」

「・・・おまえって、本当に天の邪鬼だよな」

 するとウィリアムは眉を寄せ「おまえに言われたくない」と微妙な表情を浮かべた。いや、絶対に天の邪鬼具合ならウィリアムのほうが上だと思う。響がどっちもどっちです、と苦笑いしたのは無視だ無視。

 ふとウィリアムが響を見やった。心なしが雰囲気が和らぐ。

「・・・ちゃんと仲直りしたみたいだな」

「は、はい!おかげさまで!!」

「ふーん、それは残念だったな。あのまま喧嘩別れしてくれればよかったのに」

 口ではそう皮肉ってはいるものの、そもそもふたりの仲裁に入ったのはこいつなのだ。やっぱり絶対こいつのほうが天の邪鬼だとカリルは思う。なんて面倒くさい奴だ。

 その面倒くさい奴をまじまじと見つめた。

「なぁ、本当に大丈夫か?」

「何が?」

「演説だよ演説。危ないんだろ?」

「危ないのはどこにいたって同じだ。程度の違いだろ」

「あのさ。おまえに何かあって、おれがあいつらに恨まれるのはごめんだぞ」

「じゃあ響を返してくれるか?」

 そう切り替えされ、カリルは響を見上げた。響は耳を垂らして困惑している。その姿を見たら、なんだか色々考えるのが煩わしくなってきた。

「あーもーわかった。ウィルはおれが守る。それでいいな?」

「・・・・・・なんでそうなる」

「それが一番単純でてっとり早い」

 ようは演説中カリルが盾になればいいだけの話だ。矢が飛んできても響の守護があればかすりもしないのだから。

 ウィリアムはこめかみを押さえた。

「・・・冗談じゃない。女に守られながら民の前に立てるか。バカバカしい」

「あーそういうのは男女差別っていうんだ」

「男女差別ではなく、体裁の問題だろう」

 カリルに答えたのはウィリアムではなくサガだった。会議場から出てきたばかりらしい。少しうんざりしたような顔で歩み寄ってくる。

「サガ、遅かったな」

「全く、頭の固い奴らを説得するにも骨が折れる」

 どうやら将軍たちに捕まっていたらしい。

 サガはカリルに視線を向けた。

「カリル、おまえが出れば注目を浴びるのは避けられない。民の中には響が見えるものだっているだろう。その響が憑いているあの少女は誰だという話になりかねない」

 いかにもこれ以上の面倒事はごめんだと言いたげにサガは渋面している。

「それに、ウィリアムさまはおまえたちが守れと将軍たちに檄を飛ばしてきたばかりだ。彼らがいればそう悪い事態にはならないはずだ」

「珍しいな。あんたがそんな楽観的なことを言うなんて」

「楽観的にもなるさ。悲観的な話ばかり聞かされた後だと」

 どうやらティティンの将軍たちは相当心配性らしい。まぁウィリアムがたったひとりの世継ぎなので当然といえば当然なのだが。

 とりあえず今回は大人しくしていたほうがよさそうだ。話の区切りをつけ、とりあえず部屋に戻ろうとしたカリルをサガが呼び止めた。

「カリル、響」

 振り返ると、彼は声を潜め「一応おまえらにも話しておく」と告げた。

「何だよ?」

「ワイズリーの救出の際に、暴動を起こした市民が全員処刑された」

 淡々と語られたその言葉に、カリルは愕然と目を見開いた。響も言葉を失っている。

「本当か?」と尋ねたのはウィリアムだった。

「残念ながら本当です。ウィリアムさま」

「ちょっと待て。ロットは処罰はされないだろうって言ってたぞ。どうしてだよ」

 カリルは慌てて言い募った。

 丸腰で抗議活動に及んだだけの民を処罰などできないとロットは言っていた。捕まってもしばらく牢に拘留させられるだけだろうと。なのに何故。

 殺されたというのか。あの日捕まった全員が。いったい何人の人間が。

 サガは首を振った。

「普通なら処刑などありえない状況だったのは間違いない。事実、全員処刑されてからクールの民の不満は最高潮にまで達している。もはや王が何を考えているのかも分からんな」

「・・・ロットはどうしてる。ワイズリーは?」

「彼らは無事だ。内心は気落ちしているだろうが、上の者が落ち込んでいても示しがつかない」

 そうか、とカリルはつぶやいた。さすがに嫌な気持ちが拭えないままだ。

「・・・これは汐から聞いた話だが、おまえたちと別れた後、ワイズリーと汐はレイア姫に会ったそうだ。姫は彼らを兵に突き出さず、見逃している」

「レイア姫?」

 聞いたことがある。少し考えて思い出した。リオの婚約者だという皇女さまだ。

 矛盾に気づき頭が混乱した。

「クールのお姫様が見逃がした?あっちからすれば反逆者なんじゃないのか?」

「そうなるはずだが・・・微妙なところだな。どいつもこいつも妙な行動をとり始めている。だが、ひとつだけ言えることがあるぞ」

「何?」

「クールは近々崩壊するだろうな。結果的にどうなるかは分からん。ルベルトやクライスの出方にもよるが・・・とてもこのままで済む状況ではなくなった」

「あんたの予定だと、ワイズリーとロットに頑張ってもらって、王権をひっくり返すんだろ?」

 サガはくちびるをあげると「もちろん我々はそこを目指すがな」と笑った。








 

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