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プロスト  作者: ガル
第五部
34/65

第四章

 その日はとても長い一日だった。




「カリルさん!カリルさん!起きてください!!」

 遠くで自分を起こす声が聞こえる。響の声だ。なにやら焦っているようだが、眠気のせいで思考回路は働かない。身じろぎをして身体を丸める。

「あー・・・もう少し・・・」

「ダメですって!起きてくださいよ!!」

 耳元で大声を出され、カリルは不機嫌も露わに舌打ちした。うっすらと目を開けて響をにらむ。

「何だよ朝っぱらから・・・」

「のんきに寝てる場合じゃないですよカリルさん!!大変なんです!!」

「だから、なにがだよ?さっさと言わないんならもう一回寝るぞ」

 ダメですって!と響は必死で言い募った。

「ですから寝てる場合じゃないって言ってるじゃないですか!処刑時間が早まって、今日の午前になったそうなんですよ!!」

 響の訴えに、カリルは目を見開いた。眠気が一瞬で飛ぶ。今なんて言った?聞き間違いか?

「なんだって?」

「ですから今朝城から通達があって。処刑時間が早まったんです!あと二時間もありません!!」

「っ、何だよそれ!」

 カリルは慌てて飛び起きた。脱ぎっぱなしだったブーツに足を突っ込む。紐を結ぶことすら時間がもったいなく感じられた。

「汐は?」

「ロットさんに知らせに行ってます」

「くそ、待ってる暇ねーな。とりあえず城に行くぞ!」

「はい!」

 棚に置いておいた剣をつかむと、外套をかぶり、カリルは部屋の外に飛び出した。

 間に合うだろうか。いや、間に合わせなければいけないのだけど。

 まったく、こちらにも都合があるのだから、勝手に時間なんか変えるなと言いたかった。



 城に向かう途中で通った中央広場には、すでに人が集まりつつあった。

 広場の真ん中にあるのは処刑台だろうか。ぐるりと囲むように警備兵が並んでいて、カリルは舌打ちした。まだワイズリーの姿がないのがせめてもの救いか。

「カリル!響!」

 急ぐ途中で汐が合流してきた。一瞥して尋ねる。

「ロットは?」

「一応知らせてきたよ。待ってられないから先に来た」

「急に日にちが変わるなんて、何かあったのか?」

「さぁね。それが分かれば苦労はしないさ」

 警戒態勢が敷かれているのか、城下のあちこちに警備兵の姿が目についた。城ももちろん兵が多くなっている。

「くそッ。人が多すぎるっつの」

 柱の影から城門の様子をうかがったカリルは、思わず毒づいていた。見張りの数も増えていて強行突破で押し入るにも難しそうだ。

 何やら考え込んでいた汐が口を開いた。

「カリルたちは少しここで待ってな。とりあえず地下牢の様子を確認してくる。もしかしたらもう牢から出て、移動してるかもしれない」

 もしそうなら、今から牢に向かうのは無意味だ。カリルはうなずいた。

「分かった。ひとりで平気か?」

「ああ。響、カリルのこと頼んだよ」

「は、はい!」

 汐は微笑むと、するりと影から抜け出た。城門の壁を抜け、その姿は見えなくなる。見張りは誰も汐に気づかなかったようだ。

「汐さん・・・」

 不安そうな響をちらりと見やり、カリルは尋ねた。

「響。一応聞いておくけど、おまえ戦えるのか?」

「えっ!?」

 素っ頓狂な声を出した響が振り返り、目が合う。彼は戸惑ったように自分を指さした。

「た、戦う・・・?ぼくがですか?」

「どこまでアテにできるのか知っておかないと、さすがにまずいだろ。別にできないならできないでいい。正直に言ってくれ」

「・・・」

 響は小さくうつむいた。

「・・・ぼくは守護霊です。自国に属する物を守ることはできても、人を害することはできません」

「そうなのか?」

「例えばぼくが誰かに憑くとするでしょう?そうすれば物理的には他人を傷つけることはできるはずですが・・・・・・でも、できないと思います」

「思います、か」

「すみません。実際にやったことはないので・・・でも、何となく分かるんです。それはとても怖い、ぼくたちの存在意義に関わることだって」

 響は耳を垂らしてうなだれている。カリルは息をついた。

「分かった。ってことは汐も同じだな」

「すみません。こんな、大切な時なのに・・・すみません」

「謝るな。おれが苛めたみたいだろうが」

 カリルは外套の下に隠した剣に触れた。

「戦うのはおれがやる。おまえらはワイズリーを逃がせ。いいな?」

「よ、よくないですよ!カリルさんひとり置いていくわけにはいきません!」

「あーもーうるせーな」

「カリルさん!」

 その時、汐が城門を抜けて戻ってくるのが見えた。まっすぐにこちらに向かってくる。

「汐、どうだ?」

「カリル、響。あたしらは運がいいよ」

 合流するなりにやりと笑って汐がそう言った。眉をひそめる。

「どういうことだよ?」

「もうすぐワイズリーを乗せた馬車が城門から出てくるんだ。たぶん、このまま中央広場に向かうんだろうね」

 カリルと響は思わず顔を見合わせていた。

「本当か?」

「ああ。馬車の中を見てきたんだから間違いないよ」

「ってことはその馬車を何とかしないといけないわけだ」

 馬車が中央広場に着けば、更に警備兵の数は多くなる。チャンスはその間しかなさそうだ。

「馬車に兵士はいるのか?」

「御者にふたり、中にひとりだね」

 カリルはうなずいた。やれるかどうかではなく、やらなければいけないのだ。







 目の前で牢が開けられるのを、ワイズリーは静かに見つめていた。

 処刑日が今日になったのだと女軍人が告げる。名前はシルバ、だったか。トランドの軍人らしい。まさか他国の軍人にそんなことを告げられるとは。自嘲するとシルバは眉をひそめたが、追求はしてこなかった。

 開いた牢を、自らの足で出ていく。長い牢生活で身体は衰弱していたが、ふらつくような醜態だけは見せまい。

 まっすぐにシルバと目を合わせると、彼女はうなずいて後ろに控えていた兵士に合図をした。背後に回り込んだ兵士に、両手を後ろで縛られる。

 シルバはついてくるよう促した。屈強な兵士ふたりに左右を挟まれて、シルバのあとをゆっくりついていく。

 階段を上がって地下牢から出ると、外は驚くほど眩しかった。久しぶりの太陽に思わず目を細めてしまう。

 こちらに、という声に目を向けると、そこには馬車が一台用意してあった。馬車といっても一般的な物ではなく、護送用なのか荷台が四角く、鉄で補強されている。かなり頑丈そうな代物だった。

 乗るように指示され、ワイズリーは一度目を閉じた。呼吸をして目を開けると、迷いのない足取りでそちらに向かった。




 馬車の中は案外広く、揺れも少なかった。ワイズリーは右端に座り、シルバは向かい側の対極側に腰を下ろしていた。無表情に窓の外に目を向けている。

「・・・何か言っておきたいことはありますか」

 唐突な言葉に目を上げると、彼女は変わらず外を見たままだった。

「これは珍しい。どういう風の吹き回しか」

「・・・わたしの主ならば、おそらく聞いたはずです」

「慈悲など結構。言っておきたいことがあったとしても、それはトランドの狗にではない」

 静かだが明確な敵意に、シルバはふっと視線をこちらに戻した。冷ややかだが、どこか哀れむような目。

「まだ分かりませんか。クールは我が国に添うことを選んだのです。ルベルト王もしかり、レイア姫もしかり。あなたがしているのは解放ではない。ただの反乱にすぎない」

「それこそただの結果論にすぎないと思うが?」

「なるほど、強情ですね」

 シルバがくちびるをゆがめて、話を打ち切ろうとしたその時だった。それまで走っていた馬車が、急ブレーキをかけて停止した。

「どうしたのです?」

 シルバが御者をしている兵士に声をかけるが、返事はなかった。まだ中央広場につくには早すぎる。

「一体何があったのですか?」

 様子を見ようと、シルバが立ち上がったその瞬間だった。荷台の扉が乱暴に開き、誰かが押し入ってきたのは。

「!」

 素早い動きで侵入してきたのは、フードを頭からかぶった少年だった。いや、少女だろうか?

 不意を突かれながらも、シルバは素早く腰の剣に手を伸ばした。柄をつかみ、抜こうとする彼女に、侵入者が切りかかる。大振りのナイフだった。

 振り下ろされたそれを鞘で交わし、シルバは剣を構えた。

「・・・何者ですか?」

 問いかけに、侵入者は小さく笑った。

「いいのかよ?こんな狭いところでそんな物振り回して。おれはともかく、そっちのおっさんは無事じゃ済まないぞ?」

「それはあなたが引けばいいだけの話でしょう」

「そういうわけにもいかないんだよな・・・っ!」

 体勢を低くして、侵入者が間合いに入る。驚くほど速い。シルバが迫るナイフをかろうじて防ぐが、やはり動きづらそうだった。この状況では小回りが利くナイフの方が、圧倒的に有利だ。

 ふとシルバがちらっとこちらを気にした。侵入者の言葉を気にしているのだろうか。その隙を逃さず、侵入者がシルバの手から剣を叩き落とした。

 シルバが体勢を整えようとするも、すでに遅い。続けて侵入者が、返したナイフの柄をシルバの鳩尾に叩き込んだ。一瞬の早業だった。

 ずるずるとシルバの身体が崩れ落ちる。意識を失ったらしく、動かない。

 呆然とそれを見守っていたワイズリーの目の前で、侵入者は一息つくと、こちらに視線を向けた。フードの奥から気丈そうな目がのぞく。

「あんたが、ワイズリーだな?」

「・・・そうだが。おまえは、誰だ?」

「おれはカリルだ。あんたを助けにきた」

「わたしを・・・?」

 驚くワイズリーに近寄ると、カリルは剣を抜いた。

「縄切るから後ろ」

「・・・」

 戸惑いを覚えながらも言われたとおりにすれば、すぐに拘束していた縄が床に落ちた。今更ながら縛られていた手首が痛み出す。

「カリルさん!大丈夫ですか?」

 太い声にぎょっとそちらを見れば、御者をしていた兵士のひとりが、扉の外からこちらをのぞいている。

「響、丁度いい。そいつ起きると面倒だから降ろしてくれ」

 カリルは意識を失ったシルバを指さして告げた。「人使い荒いですー」と兵士は不満を言いながらも、指示通りシルバを抱き上げて外に連れていく。まさか、この兵士はこの子の仲間なのだろうか。

「カリル、だったか。説明してくれるか?」

「ちょっと待て。とりあえず移動してからだ。汐、出せるか?」

 カリルが声を投げたのは、御者台に残っていたもう一人の兵士の方だ。馬の綱を握った兵士は振り向いて笑みを浮かべて見せる。

「ああ。とりあえずこのまま港に行くよ」

「馬車、捨てていかないんですか?汐さん」

「あたしらはともかく、ワイズリーは逃げきれるほどの体力は残ってなさそうだ。これで港まで行って、海に逃げるよ」

「海って、船は」

「拝借する」

「盗る気満々ですね・・・」

 苦笑する兵士にカリルが言った。

「響、その身体は置いていけよ。汐だけでいい」

「むっ。ぼくは必要ないということですか?」

「おまえ馬なんて扱えないって言ってただろ。いいから早くしろ、置いていくぞ」

「むー、分かりましたよぅ」

 くちびるを尖らせた兵士が、次の瞬間どさりと地面に崩れ落ちた。驚くワイズリーとは裏腹に、カリルは開けっ放しだった扉を閉める。

「いいぞ汐、出してくれ」

「了解。つかまってな!」

 兵士が手綱を思い切り引くと、馬が高く鳴いて走り始めた。




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