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プロスト  作者: ガル
第一部
3/65

第二章

森を抜けると、カリルの村はすぐだった。

 獣避けの塀を抜け、中に入ると、立ち並ぶ家の前で談笑していた女衆たちが振り返った。

「ああ、カリル。おかえり。・・・その子は?」

「漂着物」

「漂着物って、あんたなんて言い方すんの。っと・・・かわいい子ねー」

 近づいてきて、フォリオをまじまじと見た女が現金に目を輝かせた。なんというか、分かりやすい。

 カリルは肘でフォリオを突く。

「かわいいってさ、リオ」

「・・・ど、どうも」

 男としてかわいいというのは果たしてほめ言葉なのだろうか。実際リオはなんともいえない複雑そうな表情をしている。

 その後も目的地に行くまでに、度々女たちに呼び止められた。

 確かにフォリオは目立つ容姿をしている。それはカリルも認めるが・・・。

 なんとなく面白くない。カリルはフォリオの頭を殴った。

「・・・・今度は何?」

「おれより目立つな、むかつく」

「そんなこと言われても」

 弱りきったようにフォリオは苦笑した。

「でも、カリルの方が・・・ええと、その。男らしいと思うよ」

「・・・」

 じっとりとした視線をカリルは向けた。

「何?」

「それ、嫌味か?」

「いや、まさか」

 カリルは大きく息をついた。

「そりゃリオと比べればおれのほうが何倍も男らしいし、かっこいいだろうなー」

「それ、嫌味か?カリル」

「もちろん嫌味に決まってんだろ。村の奴らはおれの顔見慣れて有難みを忘れてんだ、罰当たりめ」

 とカリルは文句を言いながら歩いていった。




 カリルの村は人口100人にも満たない小さな集落だ。

紙幣もあることにはあったが、ほとんどが自給自足での生活だった。幸い海では魚や貝が採れたし、森に行けば果物や樹の蜜もあったので、食料に困ることはない。

 フォリオはカリルの隣を歩きながら、物珍しそうに仕事をする村人たちを見ていた。

「カリル、あれは何をしてるんだ?」

「あー? 見りゃ分かんだろ。野菜干してんの」

「なぜ?」

「なぜって、干しときゃ持つからに決まってんだろ。何言ってんだ、リオ」

 カリルは呆れたが、フォリオは感心したように作業を熱心に眺めている。何がそんなに面白いのかさっぱり分からない。

 フォリオがずっとそんな様子だったので、すぐに着くはずのカリルの家もなかなか辿り着かなかった。

 途中ぶち切れたカリルが、問答無用でフォリオを引っ張っていって、ようやく目的地に着いた。

 村の中でも大きめな家を前に、フォリオが振り返った。

「ここがそうなのか?」

「ああ。おーい、帰ったぞー」

 とカリルは大声を上げながら扉を開けた。フォリオは戸惑っているのか、動かない。

「何してんだよ?」

「いや・・・」

「いくらおじじでも取って食やしないって。さっさと入れ」

 カリルはフォリオの腕を引いた。フォリオは少し眉をひそめた。

「おじじ?」

「おれのじいさんのこと。リオ、用があるんだろ?」

 フォリオは「え?」と間抜けな顔をして、カリルを見つめた。

「カリルのおじいさんなのか?」

「さっきからそう言ってんじゃん。いいから入れ。おーい、おじじー客だぞー!」

 カリルは奥の部屋に向かって声を上げた。

 ややあって手前の部屋の扉が開き、そこから白髭の老人が姿を現した。

「おう、おじじ。生きてたか」

「当たり前じゃ。お前こそ、魚は取れたんじゃろうな?」

「全員分は無理だろ。また明日行ってくる。それよりさ、変な奴拾ったんだけど」

 カリルに押されて半歩前に出たフォリオを、祖父が見つめた。これはこれは、と目を細めて笑うと、カリルに視線を戻す。

「カリルは外に出ていなさい」

 祖父の言葉に、思い切り不満の色をカリルは浮かべた。

「はぁ? おれが連れてきたんだぞ」

「カリルには関係のない話じゃ」

「なんだよそれ」

「カリル」

 射すくめるような祖父の視線に、カリルは言葉を詰まらせた。普段祖父は親しみやすい老人だが、こういう雰囲気のときはかなり頑固なことは知っている。

 カリルは舌打ちをして、「分かったよ」と渋々答えた。 隣のフォリオを見やる。

「じゃあな、リオ」

「カリル。あの、ありがとう」

「いいよ、別に。また後でな」

 小さくうなずいたフォリオに手を振り、カリルは廊下に出た。






 フォリオを奥へと招き入れた老人は、そこにあった長椅子をすすめたが、フォリオは立ったまま頭を軽く下げた。

「お初に御目にかかります。老師様」

 老師と呼ばれたカリルの祖父は朗らかに笑った。

「これはこれはご丁寧に。顔を上げてください。よろしければお名前を聞かせてもらえますか?」

「フォリオです」

「姓は?」

 短い躊躇の後、フォリオは答える。

「トランド・・・、フォリオ・ルン・トランドと言います」

 手振りで再び椅子を勧められ、フォリオはそれに腰を下ろした。老師も向かい合わせになっている椅子に座る。

「トランド、あの大国ですか。世継ぎの皇子がひとりいらっしゃると聞いております。では、あなた様がそうなのですね?」

「わたしのことを知っているんですか?」

 驚いて聞き返したフォリオに、「霊殿を守る者の努めですから」と老師は笑った。

「では、皇子は霊殿にいらしたのですね?」

「はい。加護を受けに」

「失礼ですが、おいくつですか?」

「もうすぐ16になります」

「では、カリルと同じですね。それなら加護を受けても大丈夫でしょう」

 老師は優しい口調で告げた。

「トランドはティティンと戦乱の最中だと聞いております」

「・・・はい」

「にもかかわらず、おひとりでここに?」

「・・・」

 フォリオは視線を落とした。

「来る途中、ティティンの襲撃に遭いました。わたしの乗った艦は・・・おそらく沈んだんだと思います。わたしは、運よくここに流れ着いたのをカリルに助けられましたが・・・」

 最後の言葉が掠れた。

 他のみんなはどうなったのか。

 確認することもできない。

 黙り込んだフォリオを、老師はじっと見つめている。

「・・・そうでしたか。では急いだほうがよろしいでしょうね。国の者も皇子のことを案じているでしょうし、すぐにでも霊殿に行かれますか?」

「・・・」

「皇子?」

 フォリオはすいません、と小さな声でつぶやいた。

「少し、時間をもらえますか」







 扉が開く音がして、フォリオと祖父が部屋から出てきた。

 地べたに座って木を削っていたカリルは、頭だけをそちらに向けた。

「リオ、終わったのかよ?」

「ああ」

 フォリオの後ろから出てきた祖父が、カリルに言った。

「カリル、客室の用意をしなさい」

「はぁー? なんでおれがー? つか、おれの部屋でいいじゃん。布団敷けば二人くらい寝れるしさ。なぁ、リオ?それでいいだろ?」

「おれはいいけど・・・」

 と言いかけたフォリオをさえぎって、祖父がカリルを睨んだ。

「ばかを言うな。お前と皇子を一緒になどできるか!」

「いーだろ、別に」とかわそうとしたカリルだったが、ふと聞き捨てならない言葉に気づいてしまった。

 何度もまばたきをする。

「皇子・・・?誰が?」

「阿呆め! フォリオ様に決まっておろうが!」

「あれ? おれ耳おかしくなったのか?」

「現実逃避をするな!」

「いや、だって・・・皇子?」

 救いを求めるように当の本人を見るが、フォリオは申し訳なさそうな表情を浮かべているだけだ。

「・・・皇子だったのか、リオ」

「一応」

 その返事にカリルは脱力した。

「そーいうことは先に言えよ」

「ご、ごめん。なんだか言うタイミングを逃して」

「そういう問題か? まぁ、別にいいけどさ。リオはリオだし」

 と、カリルは祖父に向かって手を挙げた。

「そういうわけで、面倒くせぇから同じ部屋でいいじゃん」

 祖父の額に青筋が浮いたのが見えた。

「何を言っておる。年頃の男女を一緒にするわけにいかん!」

「いーじゃん、細かいことをぐだぐだと。おれは気にしねーし」

「お前はどうでも良い。皇子のほうが心配じゃ!」

「なんだよそれっ!」

 その言い合いをぽかんと眺めていたフォリオが、おずおずと口を挟んだ。

「あの・・・」

「何だよ!」

「年頃の男女って、誰のことだ?」

「はぁ?何言ってんだ。おれとおまえのことに決まってんだろ!」

「・・・おれ、耳おかしいのかな?」

「それ現実逃避か?」

「いや、だって・・・」

 フォリオは何度もまばたきをして、カリルを見つめた。狐につままれたような表情で。

「・・・女の子・・・なのか?」

「ああ? 何言ってんだ今さら! 女に決まってんだろーが!」

「・・・すまない」

「何で謝る!?」


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