第二章
森を抜けると、カリルの村はすぐだった。
獣避けの塀を抜け、中に入ると、立ち並ぶ家の前で談笑していた女衆たちが振り返った。
「ああ、カリル。おかえり。・・・その子は?」
「漂着物」
「漂着物って、あんたなんて言い方すんの。っと・・・かわいい子ねー」
近づいてきて、フォリオをまじまじと見た女が現金に目を輝かせた。なんというか、分かりやすい。
カリルは肘でフォリオを突く。
「かわいいってさ、リオ」
「・・・ど、どうも」
男としてかわいいというのは果たしてほめ言葉なのだろうか。実際リオはなんともいえない複雑そうな表情をしている。
その後も目的地に行くまでに、度々女たちに呼び止められた。
確かにフォリオは目立つ容姿をしている。それはカリルも認めるが・・・。
なんとなく面白くない。カリルはフォリオの頭を殴った。
「・・・・今度は何?」
「おれより目立つな、むかつく」
「そんなこと言われても」
弱りきったようにフォリオは苦笑した。
「でも、カリルの方が・・・ええと、その。男らしいと思うよ」
「・・・」
じっとりとした視線をカリルは向けた。
「何?」
「それ、嫌味か?」
「いや、まさか」
カリルは大きく息をついた。
「そりゃリオと比べればおれのほうが何倍も男らしいし、かっこいいだろうなー」
「それ、嫌味か?カリル」
「もちろん嫌味に決まってんだろ。村の奴らはおれの顔見慣れて有難みを忘れてんだ、罰当たりめ」
とカリルは文句を言いながら歩いていった。
カリルの村は人口100人にも満たない小さな集落だ。
紙幣もあることにはあったが、ほとんどが自給自足での生活だった。幸い海では魚や貝が採れたし、森に行けば果物や樹の蜜もあったので、食料に困ることはない。
フォリオはカリルの隣を歩きながら、物珍しそうに仕事をする村人たちを見ていた。
「カリル、あれは何をしてるんだ?」
「あー? 見りゃ分かんだろ。野菜干してんの」
「なぜ?」
「なぜって、干しときゃ持つからに決まってんだろ。何言ってんだ、リオ」
カリルは呆れたが、フォリオは感心したように作業を熱心に眺めている。何がそんなに面白いのかさっぱり分からない。
フォリオがずっとそんな様子だったので、すぐに着くはずのカリルの家もなかなか辿り着かなかった。
途中ぶち切れたカリルが、問答無用でフォリオを引っ張っていって、ようやく目的地に着いた。
村の中でも大きめな家を前に、フォリオが振り返った。
「ここがそうなのか?」
「ああ。おーい、帰ったぞー」
とカリルは大声を上げながら扉を開けた。フォリオは戸惑っているのか、動かない。
「何してんだよ?」
「いや・・・」
「いくらおじじでも取って食やしないって。さっさと入れ」
カリルはフォリオの腕を引いた。フォリオは少し眉をひそめた。
「おじじ?」
「おれのじいさんのこと。リオ、用があるんだろ?」
フォリオは「え?」と間抜けな顔をして、カリルを見つめた。
「カリルのおじいさんなのか?」
「さっきからそう言ってんじゃん。いいから入れ。おーい、おじじー客だぞー!」
カリルは奥の部屋に向かって声を上げた。
ややあって手前の部屋の扉が開き、そこから白髭の老人が姿を現した。
「おう、おじじ。生きてたか」
「当たり前じゃ。お前こそ、魚は取れたんじゃろうな?」
「全員分は無理だろ。また明日行ってくる。それよりさ、変な奴拾ったんだけど」
カリルに押されて半歩前に出たフォリオを、祖父が見つめた。これはこれは、と目を細めて笑うと、カリルに視線を戻す。
「カリルは外に出ていなさい」
祖父の言葉に、思い切り不満の色をカリルは浮かべた。
「はぁ? おれが連れてきたんだぞ」
「カリルには関係のない話じゃ」
「なんだよそれ」
「カリル」
射すくめるような祖父の視線に、カリルは言葉を詰まらせた。普段祖父は親しみやすい老人だが、こういう雰囲気のときはかなり頑固なことは知っている。
カリルは舌打ちをして、「分かったよ」と渋々答えた。 隣のフォリオを見やる。
「じゃあな、リオ」
「カリル。あの、ありがとう」
「いいよ、別に。また後でな」
小さくうなずいたフォリオに手を振り、カリルは廊下に出た。
フォリオを奥へと招き入れた老人は、そこにあった長椅子をすすめたが、フォリオは立ったまま頭を軽く下げた。
「お初に御目にかかります。老師様」
老師と呼ばれたカリルの祖父は朗らかに笑った。
「これはこれはご丁寧に。顔を上げてください。よろしければお名前を聞かせてもらえますか?」
「フォリオです」
「姓は?」
短い躊躇の後、フォリオは答える。
「トランド・・・、フォリオ・ルン・トランドと言います」
手振りで再び椅子を勧められ、フォリオはそれに腰を下ろした。老師も向かい合わせになっている椅子に座る。
「トランド、あの大国ですか。世継ぎの皇子がひとりいらっしゃると聞いております。では、あなた様がそうなのですね?」
「わたしのことを知っているんですか?」
驚いて聞き返したフォリオに、「霊殿を守る者の努めですから」と老師は笑った。
「では、皇子は霊殿にいらしたのですね?」
「はい。加護を受けに」
「失礼ですが、おいくつですか?」
「もうすぐ16になります」
「では、カリルと同じですね。それなら加護を受けても大丈夫でしょう」
老師は優しい口調で告げた。
「トランドはティティンと戦乱の最中だと聞いております」
「・・・はい」
「にもかかわらず、おひとりでここに?」
「・・・」
フォリオは視線を落とした。
「来る途中、ティティンの襲撃に遭いました。わたしの乗った艦は・・・おそらく沈んだんだと思います。わたしは、運よくここに流れ着いたのをカリルに助けられましたが・・・」
最後の言葉が掠れた。
他のみんなはどうなったのか。
確認することもできない。
黙り込んだフォリオを、老師はじっと見つめている。
「・・・そうでしたか。では急いだほうがよろしいでしょうね。国の者も皇子のことを案じているでしょうし、すぐにでも霊殿に行かれますか?」
「・・・」
「皇子?」
フォリオはすいません、と小さな声でつぶやいた。
「少し、時間をもらえますか」
扉が開く音がして、フォリオと祖父が部屋から出てきた。
地べたに座って木を削っていたカリルは、頭だけをそちらに向けた。
「リオ、終わったのかよ?」
「ああ」
フォリオの後ろから出てきた祖父が、カリルに言った。
「カリル、客室の用意をしなさい」
「はぁー? なんでおれがー? つか、おれの部屋でいいじゃん。布団敷けば二人くらい寝れるしさ。なぁ、リオ?それでいいだろ?」
「おれはいいけど・・・」
と言いかけたフォリオをさえぎって、祖父がカリルを睨んだ。
「ばかを言うな。お前と皇子を一緒になどできるか!」
「いーだろ、別に」とかわそうとしたカリルだったが、ふと聞き捨てならない言葉に気づいてしまった。
何度もまばたきをする。
「皇子・・・?誰が?」
「阿呆め! フォリオ様に決まっておろうが!」
「あれ? おれ耳おかしくなったのか?」
「現実逃避をするな!」
「いや、だって・・・皇子?」
救いを求めるように当の本人を見るが、フォリオは申し訳なさそうな表情を浮かべているだけだ。
「・・・皇子だったのか、リオ」
「一応」
その返事にカリルは脱力した。
「そーいうことは先に言えよ」
「ご、ごめん。なんだか言うタイミングを逃して」
「そういう問題か? まぁ、別にいいけどさ。リオはリオだし」
と、カリルは祖父に向かって手を挙げた。
「そういうわけで、面倒くせぇから同じ部屋でいいじゃん」
祖父の額に青筋が浮いたのが見えた。
「何を言っておる。年頃の男女を一緒にするわけにいかん!」
「いーじゃん、細かいことをぐだぐだと。おれは気にしねーし」
「お前はどうでも良い。皇子のほうが心配じゃ!」
「なんだよそれっ!」
その言い合いをぽかんと眺めていたフォリオが、おずおずと口を挟んだ。
「あの・・・」
「何だよ!」
「年頃の男女って、誰のことだ?」
「はぁ?何言ってんだ。おれとおまえのことに決まってんだろ!」
「・・・おれ、耳おかしいのかな?」
「それ現実逃避か?」
「いや、だって・・・」
フォリオは何度もまばたきをして、カリルを見つめた。狐につままれたような表情で。
「・・・女の子・・・なのか?」
「ああ? 何言ってんだ今さら! 女に決まってんだろーが!」
「・・・すまない」
「何で謝る!?」




