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プロスト  作者: ガル
第四部
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29/65

第三章

 その日、夕方近くに家に戻ったキリは、表で組み手をしているふたりの姿を見つけ、驚いた。身軽に立ち回るカリルの手首には、長い間はまっていた枷がない。

 カリルがこちらに気づき、手を振る。

「お、キリ!おかえりー」

「おい、カリル。もう一回だ」ヤノが汗を拭いながら言った。

「はぁ、また?もういい加減諦めろよ。面倒くさい」

「そうはいくか!」

 ぽかんとしているキリに、カリルが意地悪く笑って説明する。

「キリ、聞いてくれよ。組み手だとヤノよりおれのが強いんだ」

「だからもう一回と言ってるだろう!」

「やだよ。爺なんだから、もうやめとけって」

 キリはカリルの手を見つめた。

「カリルさん、その手・・・」

「ああ、これ?」

 カリルは手を持ち上げてひらひらと振った。どことなく得意げだ。

「枷、壊せたんですね?」

「ああ。時間かかっちまったけどな。なんとか・・・って、キリ?」

 キリは歩み寄ると、腕をのばしてカリルを抱き寄せた。

 一ヶ月も一緒にいたせいか、彼女のことは本当に家族のように感じていたのだ。だからだろうか。枷が壊せたと聞いて、キリまで嬉しくなる。

「よかったですね、本当に・・・」

 カリルは目を丸くすると、ふっと苦笑した。キリの背中を軽く叩く。

「ありがとな。キリのおかげだ」

「おい、そこはおれのおかげだろう?」

「ちげーよ。キリの飯とおれの努力のおかげだっつの」

「なんだ、それは・・・」

 ヤノは呆れていたが、どこかキリと同じで嬉しそうだ。キリは腕を放してカリルに言った。

「じゃあお祝いしないといけませんね。今日はカリルさんの食べたいものにしましょう。何がいいですか?」

「んー、じゃ肉づくしで」

「では材料揃えにいかないと」とキリは微笑んだ。一度荷物を家の中に置きに行こうとして、ふと気になっていたことを聞いた。

「そういえば響さんはどうしました?姿が見えないようですが・・・」

 問いかけにヤノは複雑そうな顔をし、カリルはさぁ?と肩をすくめた。

「ウィルんとこ行くって言ってたし、もう帰ってこないかもな」

「・・・カリルさん」

「さ、材料調達に行くんだろ?おれも付き合う」

 促すと、カリルは先に行ってしまった。キリはそっと夫の顔を見る。ヤノも分からないとばかりにそっと首を振った。



 


 出来上がった料理を前に、あとは手を合わせるだけ、となったその時、突然部屋の扉が乱暴に開いた。

 驚いてそちらを見ると、そこに立っていたのはウィリアムだった。険しい表情を隠そうともしていない。

「ウィル・・・」

 ヤノはウィリアムが持っている物に視線を移し、顔をしかめた。彼は片手に、細身の剣を二振り持っている。

「ウィル、それは何のつもりだ?」

 ウィリアムは黙ったまま答えなかった。冷ややかな目をカリルに向けている。射殺すような視線。

 カリルは目を細めた。

「何だよ?」

「・・・どうして」

「あ?」

「どうして、おまえなんだ?」

 カリルは目をさらに細めてウィリアムを注視した。どうやら彼は怒り狂っているらしい。

 その時、ウィリアムの名前を呼びながら響が壁をぬけてきた。部屋の状況に唖然とすると、慌ててカリルの前に立ってウィリアムと向き合う。

『皇子、待ってください!ぼくの話を聞いてください!』

「どけ、響」

『ぼくがひとりで決めたんです。カリルさんのせいじゃない!そうでしょう?』

「響」

 ウィリアムは責めるような口調で吐き捨てた。

「響はティティンの守護霊だ。おれと一緒に、国を守る義務と責任がある。・・・それを、素性も分からない奴を主にするだなんて、どうして納得できる?」

『ティティンは必ず守ります。それがぼくの存在理由だから。でも、それとは別に、カリルさんと一緒にいたいんです!』

「黙れ。聞きたくない」

『皇子!』

 緊迫した空気の中、ふと場違いなほど大きなため息が聞こえた。カリルだ。あきれかえった様子で手を振った。

「響、どけ。そいつが用があるのはおれだろ?」

『でもカリルさん』

「いいから。そいつ、今のままじゃ納得しないだろーが」

『・・・・・・』

 渋々、響は横に身体を引いた。それでも不安なのか、すぐ側に控えたままだ。

 カリルはウィルに向かい合うと、笑みを浮かべた。

「よっ、久しぶり」

「・・・その余裕がムカつくな」

「悪いけど今日はおれ、機嫌がいいから。あんたと違ってな」

 ウィリアムは視線を下げて、カリルの腕を見た。

「・・・枷、外せたんだな」

「まぁな、それで何か用かよ?これから飯なんだけど」

「話がある。外に出ろ」

 カリルはヤノたちをちらっと見た。ふたりとも不安そうに成り行きを見守っている。

「外ね・・・ま、いいけど。こんなところで暴れられたら飯が食えなくなるし」

 立ち上がったカリルを制止するように、慌てて響が手を広げた。

『カリルさん!』

「心配すんな。話するだけだ。ヤノたちは先に飯食っててくれよ」

 カリルは食事をまたぐと、ウィルの傍らに進んだ。ウィルが出ていった後をついていく。



 外は日が暮れ始め、薄暗くなってきていた。

 ウィリアムが無造作に投げた剣が、カリルの目の前に落ちる。ウィリアムが持っている物と同じものだ。

 カリルは胡散臭そうにウィリアムを見た。

「何だよ、これ?」

「剣術はヤノに教えてもらったんだろう?おれと勝負しろ」

「勝負?」

「負けた方が響から手を引く。分かりやすいだろう?」

「あー、別にいいんだけどさ」

 カリルは頭をかくと、ついてきた響に視線を向けないまま尋ねた。

「響、一応聞いておくけど、おまえはおれを選んだんだよな?」

『は、はい』

「だってさ。響の意志は完全に無視すんのか?皇子さま?」

「おれにはおれの、響には響の立場がある。根無し草のおまえとは違うんだ」

『皇子!言い過ぎです』

 カリルは、くちびるをつり上げた。

「そうだな。おれはあんたとは違う。自分のやりたいことに我慢したり遠慮したりしない」

「開き直りか?」

「事実だろ?言っとくが響だってそうだ。あいつが決めたことを、おれたちが口出してどうするんだよ」

「守護霊が役目を放棄してどうする。個人の感情なんておれたちは二の次なんだ」

「だーかーら、響はちゃんとティティンを守るって言ってんだろうが。おまえのそれは、ただの依存だ。甘えてんじゃーよ!」

 怒鳴りつけると、ウィリアムの表情が変わった。

「なんだって?」

「ひとつ言っておいてやるが、おまえは逃げてるだけだ。加護が受けられなかったから隠れたとか、そんなのは綺麗事なんだよ。リオはなぁ、加護受ける前から戦場に立ってんだ」

 カリルは目の前の剣を拾い上げた。いい品らしく、滑らかに鞘から刀身が現れる。鞘を投げ捨て、カリルはウィリアムをにらみつけた。

「本当に国が大切だって言うんなら、こんな所に引きこもるかよ。響なんていなくても戦えばいいだろ。おまえは自分が可愛いだけだ。違うか?」

「違う!」

 ウィリアムが叫んだ。先ほどまでの冷静な仮面は剥がれ落ち、激しい感情が見えた。

「おまえなんかに言われる筋合いはない。知ったような口を利くな!」

「おれだっておまえのことなんて知りたくもねーよ!」

 カリルは後ろにいる響の名前を呼んだ。

「響、手出しすんなよ」

『で、で、でも』

「でも、じゃねー」

 カリルはふと口調を和らげた。

「心配すんな。こんな奴には絶対負けねーから」









 響ははらはらと両手を握りしめて、目の前の攻防を見つめていた。

 剣術のことはよく分からないが、カリルのほうが押している・・・ように思う。王宮剣術そのままに、綺麗な型で動くウィリアムに対し、カリルはどこか大雑把な動きだ。時々はっとするような予想外の立ち回りをするので、ウィリアムはやりづらそうに見える。

『カリルさん・・・』

 くちびるを噛みしめる。いつも見ていることしかできない自分がもどかしい。

 あの後すぐ、響はウィリアムに会いに行った。途中までは気が高ぶっていたが、飛んでいる間に冷静になれたと思う。よくよく考え、たどり着いた結論を、言葉を選びながらウィリアムに説明したのはつい先ほどのことだ。

 徐々に表情を強張らせていくウィリアムに申し訳ないと思ったが、嘘をつくことはできなかった。たとえウィリアムを選んだとしても、今の状態ならカリルのことばかり気にしてしまうに違いない。

 自己中だし言葉きついし乱暴だし胸だってない。でも自分にも他人にも絶対嘘はつかないし、ぶっきらぼうな反面優しいところがあることも知っている。自分はそんな主のことが好きなのだ。

 無鉄砲な彼女を放っておくのも危なっかしいし、何より行く先を見届けないまま別れてしまうのは嫌だった。 

 たとえカリルが本当は迷惑だと思っていたとしても、素直に生きることを教えてくれたのは彼女なのだから。

 ふと視界の端で何かが動いた。茂みから出てきた黒い狼が、ふたりの邪魔にならないようにしゃがみ込む。その姿は不安そうというよりは、どこか寂しげだ。

 ダークに気を取られていたそのとき、刃と刃は激しくぶつかった金属音が大きく響いた。

 はっとしてそちらを見る。

 ウィリアムが剣を取り落とし、地面に膝を突いていた。カリルの剣が、ウィリアムの顔の横に当てられている。




 息を乱しながら、は、とカリルは笑った。

「皇子さまってのも大したことないな。こんなところにいるから平和ボケしてんじゃねーの?」

「・・・っ」

 ウィリアムはくちびるをかみしめると、カリルをにらみ上げた。彼も肩を上下させている。

「・・・殺せよ、」

「はぁ?」

「殺せって言ったんだ」

「おまえ、自分の立場分かってる?なんでおれが、おまえの言うこと聞かないといけないわけ?死にたきゃ自分でやれ」

「・・・」

 にらみ合いの末、そうか、とウィリアムはつぶやいた。素早い動きで落ちていた剣を拾うと、刀身を自分に向ける。

 カリルはぎょっとした。けれど刀身が身体に届く前に、ダークがウィリアムに飛びかかった。再び地面に落ちた剣を、カリルは遠くに蹴り飛ばす。

「おまえっ、バカか!!?なに考えてんだよ!!」

「どうして・・・!」

 ウィリアムは苦しげにつぶやいた。自分で死のうとしたくせに、まだ強い目でにらんでくる。

「どうして止める。自分でやれと言ったのはそっちだろう!」

「・・・おまえ、そんなに死にたいのかよ」

 ウィリアムは自嘲気味に笑った。

「生き恥をさらすぐらいなら、死んだほうがマシだ」

「っ、ふざけんな!」

 カリルは剣を捨てると、拳で思い切りウィリアムの頬を殴りつけた。手加減なしだったので、殴ったこっちだって相当痛い。

 なんでこんな奴のために痛い目みないといけないんだよ、と内心舌打ちする。

「死んだ方がマシだと?よくそんなこと言えるな!さっき言ってた王族の義務とか責任ってやつはどうするんだよ。さっさと死んで放棄するってか?最ッ低だな!」

「・・・」

 ウィリアムは頬を手で拭うと、視線を落とした。

「響も相当バカだけど、おまえよりかは遙かにマシだな。あいつはあいつなりに責任を全うしようとしてる。おまえは、最低だ」

 ウィリアムは黙ったままだ。カリルは立ち上がって、ダークを見やった。

「死にたきゃ勝手にしろ。次は止めない。・・ダーク、おまえもこんな奴放っておけ」

 カリルはきびすを返すと、待っていた響の側へ歩み寄った。

「響、戻るぞ」

『で、ですが・・・』

 響はおろおろと後ろを振り返った。カリルも足を止め、そちらを見てみた。座り込んだままのウィリアムを心配するように、狼が寄り添っている。

「ほっとけ。ダークがいる」

『・・・』

 はい、とつぶやくと響はカリルの隣に並んだ。


 


『カ、カリルさん』

 隣に並んだ響が、おずおずと声をかけてきた。振り返ると、彼は耳を垂らしてうつむいていた。

「何だよ?」

『えっと。その。・・・そういうわけなので、あの』

 響は言い淀むばかりで先が進まない。カリルは呆れた。

「おい響。なにが言いたいのか、全っ然分かんねーんだけど?」

『ええっと・・・』

「・・・」

『そのですね・・・』

「・・・あと五秒で言わないと、金輪際おまえの話は聞かねーからな」

『そ、それは困ります!』

「ならさっさと言え」

 響は一度口を引き結ぶと、そっと息をついた。

『・・・あの。さっきの話なんですけど、そういうわけなので・・・ぼく、カリルさんと一緒にいてもいいですか?』

 会話文としては滅茶苦茶だったが、とりあえず響が何のことを言っているのかは分かった。さっきの、ウィルに言ったことだろう。

 カリルは今度こそ本気で呆れた。

「なに今更言ってんだよ?ウィルにあんな啖呵切ったくせに」

『でっでも、よく考えたらぼくが勝手に決めちゃったので。カリルさんの気持ちも・・・考えずに』

「おれの気持ちねぇ・・・」

 反省しているのかしょげている響を見やり、カリルは言った。

「正直おまえって、いてもいなくても同じだからどうでもいいんだけど。いやむしろ迷惑なぐらいなんだけど」

『カリルさん!』

「っていうのはまぁ半分冗談」

『半分は本気なんですね・・・』

 恨めしげな響の声に、カリルは笑った。本当に今更なにを言い出すのかと思えば。こいつらしいといえば、こいつらしいが。

「響」

『は、はい』

「本当に迷惑なら、熨斗つけてウィルにくれてやってるっての。おまえの好きにしろなんて言わずに、ウィルのこと行けってはっきり言うからな、おれは」

 その時の響の顔といったら、かなりの間抜け面で、カリルは吹き出してしまった。

『・・・カリルさん、それって・・・』

「ま、いいんじゃねーの?仕方ねーから、もうしばらく面倒みてやるよ」

 笑いをこらえながら言うと、響の顔が見る見るうちに明るくなった。

『はい!』









 

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