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プロスト  作者: ガル
第二部
18/65

第十一章

「そういえばフォリオ、レイアとはうまくやっておるのか?」

 クライスが思い出したように言ったのは、軍の編成について話した後のことだった。

 フォリオはまとめていた書類を横に置き、姿勢を正す。どう切り出そうか考えていたところだったので丁度いい。

「父上、そのことでお話があります」

「なんだ、式の日取りか?いや、先に婚約発表だな」

「父上」

 明らかにはぐらかすような態度に、フォリオは眉尻をあげた。

「わたしは姫と結婚するつもりはありません。彼女を国へ帰してください」

 クライスは顎をさすると、あっさりと言った。

「それはできんな」

「なぜですか?」

「理由はこの間説明したはずだ。おまえに拒否権はない」

「父上」

 非難の声を上げたフォリオを見、クライスは首を傾げてみせる。

「レイアはともかく、おまえがなぜそんなに嫌がるのかが分からんな。もしかしてあれはおまえの好みではないのか?」

「・・・そういう問題ではありません」

「では理由を言ってみろ」

 フォリオは息をついた。

「こんなやり方で国同士の結束が強まるとは、わたしにはどうしても思えません。むしろ悪化するでしょう。それに」

「それに?」

 促され、目を伏せる。

「・・・姫はこの国を憎んでいます。わたしとの結婚など、忌むべきものに過ぎません」

「だがレイアは承知でここに来たはずだ。嫌ならばそう言えばよかったのだ」

「クールの国情を考えれば、表だって拒否できないのは父上だってお分かりのはずです」

 クライスは低く笑った。

「馬鹿め。どんな状況にしろ、拒否しなければ容認したのと同じだ。ここに来た以上、レイアは覚悟していなければならない。違うか?」

「しかし父上」

 なおも言い募ろうとしたフォリオを手を挙げて制すると、クライスはどうでもよさそうに告げた。

「わかった。もういい。レイアもそうだが、おまえの覚悟も足りないようだな」

「覚悟?」

 そうだ、とクライスは肯定すると、不意ににやりと笑みを浮かべた。あの顔には覚えがある。禄でもないことを思いついたときの表情だ。

「父上」

「全く、世話のかかる息子だ」

 そう愚痴るクライスはどこか楽しそうで、フォリオ嫌な予感を覚えた。



 クライスとそんなやりとりを交わした二日後、執務を終えて自室へ戻ろうとしていたフォリオは、兵士ふたりに呼び止められた。話を聞くと、どうもクライスの呼び出しらしい。普段は使用していない客室に来るようとの伝言だった。

 時刻はもう遅く、しかもクライスの自室ではなく客室という指定を怪訝に思ったが、フォリオは素直に足を向けた。父王が時間や場所など構わず呼び出すことなど、よくあることだ。隣で刃が「まだ働くのかよ」とうんざりしている。

 兵士に案内されたのは、一番東端の客室だった。中に入るが、クライスがいる様子はない。

 その時、突然背後で扉が閉まった。続いて外から鍵をかける音。嫌な予感がして、フォリオは取っ手を動かした。

 やっぱり開かない。

「・・・何のつもりだ?」

 扉の向こうから「申し訳ありません!!フォリオさま!!」というかしこまった兵士の声がした。

「いいから開けてくれ」

「しかしっ、王のご命令ですので・・・!」

 王の命令。再び嫌な予感を覚える。

「父上の?」

「はっ!それで王からフォリオさまに言付けを預かっております」

「・・・なんて?」

「『既成事実さえあればおまえも覚悟が決まるだろう。まぁ、頑張れ』で、あります!」

「・・・・・・・・・」

 フォリオは黙り込んだ。相変わらず父の言動は意味不明なことが多い。

「では、我々は失礼いたします!!」

「あ、ちょっと・・・」

 慌てて止めたが、兵士たちは逃げるように去って行ってしまった。廊下の向こうが静かになる。

 フォリオはため息をついた。

「一体何を考えてるんだ、父上は・・・。刃?」

 フォリオは部屋に入るまで一緒だった守護霊の名前を呼んだ。彼の姿はどこにもない。

「刃?いないのか?」

 部屋は静かなまま、返事はなかった。フォリオは眉をひそめた。刃は守護霊なのだから、鍵どころか壁さえ関係なく出入りできるはずだが・・・。

 その時、部屋の奥で何かが動いた。フォリオは顔を上げて視線を向ける。

「誰かいるのか?」

 先ほどと同じで返事はない。

 フォリオは歩を進めた。部屋の中央には大きなベッドがあるだけだ。・・・いや。

「・・・」

 フォリオは困惑したままそれを見つめた。窓際のベッドの陰に、毛布にくるまった何かがある。明らかに不自然だった。

 フォリオは近づいて目を凝らしてみる。どう見ても布の塊だ。躊躇った末、おそるおそるそれに手を伸ばしてみた。指先が触れたとたん、<それ>はものすごい悲鳴を上げた。

「きゃあああああああああああ!!!!」

「!!」

 フォリオはぎょっとして手を引いた。布がしゃべった・・・わけではなく、どうやら人が中にいるらしい。

「さ、ささささ触らないでよッッッ!!!」

 その震える声には聞き覚えがあった。フォリオは戸惑い気味に尋ねる。

「・・・その声・・・もしかして、姫ですか?」

 返事はなかったが、その沈黙は肯定と同義語だった。フォリオは思わず息をつく。本当にクライスは何を考えているのか。

 かたかたと震える布の塊を怯えさせないよう、できるだけ穏やかにフォリオは話しかけた。

「姫、おひとりですか?紅は・・・・・・いなさそうだな」

 周りを見て、フォリオは会話を自己完結させた。彼女の守護霊の姿ももちろんない。

「刃もいないし、まいったな・・・」

 フォリオは困惑してつぶやいた。布の塊からは、痛いほどの緊張が伝わってくる。

 このままでは埒があかない。フォリオはそっと話しかける。

「とりあえず姫、そこから出てきてくれませんか?そんなことしてるとのぼせてしまいます」

「・・・」

 長い長い間の後、もぞっと布が動いた。切れ目から、レイアが気まずそうに顔を出す。すでにのぼせ始めていたのか顔が赤い。

「大丈夫?顔が赤、く・・・」

 レイアを見てフォリオは固まった。

 レイアはまだ毛布にくるまった状態だったが、顔を出したせいで隙間から鎖骨が見える。いや、鎖骨というか。

 フォリオはぎこちない動きで後ずさった。まさかとは思うが。

「・・・姫、あの、服・・・着てますか?」

「!!」

 レイアは真っ赤な顔で胸元を掻き合わせると、涙ぐんだ目でフォリオをにらみつけた。それが答えらしい。

 フォリオは心底疲れを感じてため息をついた。

「なんだっていうんだ、本当・・・」

「そんなのわたしが聞きたいわよ!」

 レイアが癇癪をおこした子供のように声を上げた。

「いきなり使用人が来たと思ったら着替えをするとか言って、ぬ、脱がされて・・・気がついたらここに押し込められたんだから!!」

「・・・・・・」

 これもクライスの差し金だろうか。本当に自分の父親ながら、さっぱり訳が分からない。既成事実がどうこう言っていたが、何を言っているのか。

「・・・既成事実?」

 フォリオは、ふと先ほど聞いた言付けを思い出していた。『既成事実さえあればおまえも覚悟が決まるだろう。まぁ、頑張れ』・・・まさか。

 唐突にこの状況に合点がいく。

 目を見開いてレイアを見つめると、彼女はびくっと肩を震わせた。

「な、なによ?」

「・・・・・・いえ、なんでもありません。なんていうか・・・すいません」

 謝りながら、フォリオは更にレイアとの距離をとった。今日ほど父親の思考回路が分からない日はないだろう。




 フォリオはレイアのいる場所から極力離れた隅っこに、壁にもたれて座り込んでいた。

 ここに押し込められて何時間経つだろうか。外は真っ暗闇のままで、時間すら分からない。一体いつになったら出られるのか・・・クライスのあの口振りからすると、確実に朝まではこのままだろうが。

 それまで無言を通していたレイアが「ねぇ」と話しかけてきた。

「はい」

「何か話してよ。黙られると辛いじゃない」

 フォリオは苦笑した。

「よければ眠ってください。たぶん朝まで出してもらえないでしょうし・・・何もしないと誓いますから」

「そ、そんなこと言われたって眠れるわけないでしょ!!?」

 真っ赤になって拒否するレイアをまじまじと見つめた後、フォリオはふっと目元をゆるめた。

「な、なに笑ってるのよ?」

「いや、やっぱりそれが普通の反応ですよね・・・」

「は?」

「すいません。なんでもないです」

 笑いを抑えながらフォリオは言った。

 思い出していたのは、男の布団に潜り込んだあげく、気にもせずに眠った少女のことだ。あまりにあっけらかんとしていたので自分が間違っているのかと思ったが、やはりそうではないらしい。

 怪訝そうなレイアの視線に笑みを返すと、フォリオは話を戻した。

「では勉強でもしますか?問題でも出し合えば、時間も潰せます」

「はぁ!?」

「姫は何がお好きですか?経営学とか、天文学とか」

「・・・やめてよ。頭痛がしてきたじゃない」

 額を押さえてレイアがうなった。有意義な時間潰しだと思うのだが、かなり嫌そうだ。

「では、姫は何がしたいんです?」

「ここから出たい」

「それは同感ですが」

 レイアは大きなため息をついた。

「何でもいいわよ、暇がつぶせれば。でも、勉強だけはほんっとやめて。十秒で寝ちゃうから」

 それはそれで凄いなと思いつつ、フォリオは思いついたことを尋ねてみた。

「そうですね・・・では、クールのことを教えてください」

「え?」

 レイアはびっくりしたような顔をしている。

「・・・なんでそんなこと知りたいのよ?」

「同盟を組んでいるものの、おれは実際行ったことはありません。ですから」

「なにそれ。興味があるってこと?」

「はい」

「・・・」

 レイアはしばらく固まった後、ぎこちなくつぶやいた。

「ほ、本とか読めば分かるでしょ。文化とか商業とか」

「・・・あの、嫌なら構いませんよ?」

「ああもう、嫌とは言ってないでしょ!」

 レイアは布団に潜り込んで怒鳴った。どう見ても嫌そうにしか見えないのだが、違うのだろうか。女の子はどうにも分かりづらい。

 やがて、布の塊からぽつんとした声が聞こえた。

「・・・すごく、いいところよ」




 


 そのころ、刃と紅は部屋の前で途方に暮れていた。

「あああああ、刃!!なんとかせんか!!」

「そんなこと言われてもな・・・」

 部屋の扉には護符が貼ってあった。守護霊にしろ悪霊にしろ、そういった類のものを寄せ付けない為の代物だ。これがある限り、自分たちは中に入ることすらできない。

 刃は肩を回しながら言った。

「まぁ、大丈夫だろ。フォリオだし」

「あほか!なにが大丈夫なのじゃ!レイアにもしものことがあったら・・・!!!」

「あーだから大丈夫だって。クライスならともかくフォリオだぞ?今頃のんびり『じゃあ時間潰しに勉強でもしましょうか』とか言ってるに決まってるって」

 紅は愕然と目を見開いた。

「そんなバカな」

「そういう奴なんだってあいつは」

 紅はなにやら深刻な顔で「そんなのは男ではない」などとぶつぶつ呟いている。ひどい言われようだが否定はしない。

「で?あんたずっとここで待ってるつもりか?」

「無論」

「あ、そう。じゃおれ行くから」

 片手を挙げて去ろうとすると、肩を思い切りつかまれた。

「・・・何だよ?」

「どこに行くつもりじゃ?」

「ちょっと野暮用」

「貴様もここに残れ」

「は?」

「いいから残れ!ひとりにするな!あんな声やこんな声が聞こえてきたら、わたしはどうすればいいのじゃ!?」

「だーかーら、そんなことは絶対ないって言ってるだろ?」

「たわけ!そんな話が信じられるか!」





「全く・・・」

 疲れた口調で刃はごちた。

 さっきまで紅と押し問答をしていたせいで、せっかくの時間が無駄になってしまった。守護霊がひとりになれる時間なんてそうそうないというのに。

 刃は夜の闇の中を飛びながら、東の空を見やった。まだ暗いが、そのうち白んでくるだろう。夜が明けるまでに・・・いや、フォリオが部屋から出される前に戻らないといけない。

 勢いをつけて加速する。目的地はひとつ、守護の島だった。

 フォリオがずっと気にしていることは知っていた。刃だってそうだ。あの島に一人置き去りにした少女は、今どうしているだろうか。

 別に顔を合わせる必要はない。カリルも自分の顔など見たくないだろう。ただ彼女の様子を確認できればそれでよかった。いつか頃合いを見て、フォリオに話すこともできる。

 そう思い、刃は行く機会をうかがっていたのだった。


 


 当然ながら、村はひどい状態だった。焼け崩れた建物。いまだに残る煤の臭い。あの襲撃の爪痕がそのまま残されている。

 刃は辺りを見回した。

 胸にじわじわと嫌な予感が広がっていく。とてもじゃないが、誰かが住んでいる気配はない。

 カリルは、と口の中でつぶやいて、刃は彼女が住んでいた家に急いだ。ほかと同様無惨に破壊された家に入ってみるが、無人だった。

「嘘だろ・・・?」

 慌てて刃は表に出、人がいそうな場所をしらみつぶしに回った。焼け崩れた建物、建物、建物。やはり誰もいない。

「おい、カリル!いるんだろ?返事しろ!」

 思わず声を上げていた。

「カリル!」

 怒鳴るように呼び続けても、返事はなかった。しんとした冷たい空気に吸い込まれていくだけだ。焦りだけが増していく。

「どこ行ったんだ、あいつ・・・」

 やがて集落の裏に出た刃は、その光景を見て息をのんだ。

 不規則に作られた大小様々な墓たち。ざっと見ても五十はあるだろう。土が盛り上がり、ひとつひとつに石が供えられている。

「これは・・・」

 刃は震える声を呑み込み、拳に力を入れた。

 あの襲撃で犠牲になった人々。これを・・・カリルはひとりで作ったのだろうか。彼女しか生き残っていないはずなのだから、答えはひとつなのだけど。

 刃は墓を見つめたまま、どこ行ったんだよ、ともう一度つぶやいた。

 やはり返事はない。

 





 夜が明けた頃、こっそりフォリオの私室に戻ると、そこにはすでに主の姿があった。もうあの部屋から出られたらしい。

 フォリオは身支度を整えている途中だった。徹夜だったのか、さすがに疲れた顔をしている。

「刃、どこに行ってたんだ?」

「あーわりぃ。暇だったからさ、久しぶりに城下に行ってたんだ」

 軽い口調で答えると、フォリオは少し怪訝そうな顔をした。

「・・・本当か?」

「おう。なんで?」

「なんだか・・・いや、何でもない。気のせいだな」

 どんな勘の鋭さだよ、と内心突っ込みをいれながら刃は、早々に目下の話題を変える。

「それはそうと、どうだったんだよ?」

「なにが?」

「あのお姫さんのこと。まさか本当に」

「刃」

 フォリオは刃をにらみつけた。顔が怖い。

「姫に失礼なことを言うな」

「あーやっぱり。おまえってそういう奴だよなぁ」

「そういう奴も何も、お互いそういう感情がないんだから当然だろ?」

「いやいやいやいやフォリオ・・・それは男としてどうなんだよ?」

「紅にも同じこと言われたけど・・・」

 と、フォリオは苦虫をかみつぶしたような顔をした。どうやらすでに紅に散々突っ込まれてきたらしい。

 ほっとけばいいものをわざわざ構うのだから、なんだかんだ言って、紅もフォリオのことを気に入っているのかもしれない。そう思って刃は苦笑した。

 カリルのことは言わなかった。言えなかったというのが正しいのだけど。




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