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プロスト  作者: ガル
第二部
16/65

第九章

 遠くから、必死に自分を呼ぶ声が聞こえた。

『カリルさん、カリルさん!』

 うるせーな、と意識の隅で返事をする。耳元で大声出さなくてもちゃんと聞こえている。

『カリルさん起きてください!冗談ですよね?殺しても絶対死なないゴキブリみたいな生命力が、カリルさんの長所なんですから!!』

 カリルはぱっちりと目を開けて、目の前にあった響の顔面に拳をつきだした。が、むなしく通過してしまう。

「ちっ・・・」

『カリルさん!大丈夫ですか!?どこか悪くないですか!!?』

「おまえのせいで気分が悪い」

 喜びを全身で表してまとわりついてくる響を手で払い、カリルは身体を起こした。少しの間意識を失っていたらしい。

 カリルはふと自分の腕に視線を落とした。拍子ぬけしたようにまばたきする。怪我していない。結構出血したはずなのに、どこにも傷口はなかった。

『びっくりしたんですからね!もう!戻ってきたらカリルさん倒れてて、てっきり死んじゃったのかと・・・!!』

「あ?そういやおまえどこ行ってたんだ?」

『ぼくは急いで出口を探してました。そうだ、カリルさん!出口探してたら、ぼく会ったんですよ!!』

「会話は相手に伝わるようにしろ」

『ですから、いらっしゃったんです!出口に!!』

「だから誰が・・・」

 うんざりと聞き返したカリルに答えたのは、響ではなかった。

「あたしらだよ、カリル」

 聞き覚えのある落ち着いた声。視線を向け、カリルは目を見開いた。

 そこにいたのは汐と、初めて見る少年だった。少年は手にランプを持っている。

「汐?」

「久しぶりだね、カリル。といっても昨日会ったけど」

「なんであんたがここに・・・」

「なんでってひどいね。一応迎えに来たのにさ。ねぇ、エンちゃん?」

 汐は隣にいた少年に話を振った。カリルもそちらに目を移す。赤い髪、浅黒い肌をした小柄な少年だ。自分よりも年下だろう。

「えーと、それ誰?」

「この子はエンちゃん。あたしの主だよ」

「汐の?」

 驚いてカリルはエンを凝視した。エンはさっきから無表情のまま、カリルを見つめている。

「ってことは王族か?」

「そう。セイオンっていう国のれっきとした皇子さまだよ」

『はっ!そうですカリルさん思い出しました!汐さんはセイオンの守護霊です!!』

「それ今聞いたから。おまえは黙ってろ」

 ばっさりと切り捨てると、響が視界の端っこで拗ねた。とりあえず放っておく。

「ふーん、このちっさいのがね・・・」

 カリルはまじまじとエンを観察した。確かに堅苦しい服装をしていたが、まだ小さいせいか着られている感が否めない。

 それまで黙っていたエンが「ねぇ」と口を開いた。声変わりしていない高い声だ。

「あ?何だよ?」

「なにが見えた?」

「なにがって何だよ」

「じゃあ言い方を変える。さっきまで何と戦ってたの?」

「・・・」

 カリルは目を細めてエンを見据えた。露骨に警戒心をむき出しにした態度に、汐が苦笑する。

「実はね、あたしらはサガに頼まれてここに来たのさ。響が周辺をかぎ回ってる。おそらく来るならここからだろうって」

「で?待ち伏せかよ?」

「人聞きの悪い。サガはね、カリルがどういう人間なのかが知りたいんだよ。もちろんあたしらもだけど」

「おれがどういう人間かって・・・そんなもん見りゃわかんだろ」

 渋面したカリルに、汐は諭すように微笑んだ。

「あいにく人間ってのは多面性が多いものでね。見た目で判断できない場合の方が多いのさ。でも、カリルは違うかな」

『そうですよ!カリルさんは正真正銘馬鹿正直ですから』

「ふざけんな。それはおまえだろ!」

 響は『ひどいです!』と抗議したがそんなものは無視だ。無視。カリルはエンと汐に向き直ると、不快感も露わににらみつけた。

「それで、あんたらはおれがどんな人間か試すために来たてことか?」

「まぁ、そういうことになるね」

「・・・あの幻みたいなのも、おまえ等の仕業か?」

 低い声で尋ねる。汐は困ったように笑っただけだ。「そうだよ」と答えたのはエンだった。

 エンは片手で懐から何かを取り出した。小さな壷だ。見せるようにすっと差し出してくる。

「それは?」

「ぼくの国で使われている香草。途中で甘い匂いがしなかった?」

「そういえば・・・したな」

 確かに入ってすぐ、甘ったるい匂いがした気がする。そういえばシロが現れたのはそのすぐ後だ。

「それはこの香草を炊いた匂いだよ。普段は瞑想とかに使うんだけど、量を加減すると幻覚が見えるんだ。吸い続けると中毒症状がでる」

「おい・・・」

「大丈夫だよ。そんなに炊いてないもの」

「そういう問題か?つか、なんでそんなことする必要があんだよ?」

 エンはゆっくりとまばたきをしてカリルを見つめた。

「見えるのは、<悔いている相手>だから」

「は・・・?」

「要はあなたが後悔を覚えている相手、負い目を感じている相手ってこと。そういうのと対峙したときって、わりと人の本性が見えるんだよ」

「・・・へーぇ?じゃあなんだ、こっちが苦労してる間、てめーらはおれの反応見て高みの見物ってか?」

「うん」

「で、合格?」

「まぁ、いいんじゃないかな」

「ほーお」

 カリルはよっこらせと立ち上がると、エンの前に歩いていった。自分の肩の位置から見あげてくる少年の頭の上に、おもむろに手を伸ばす。

 きょとんとした表情を浮かべているその頭に、思い切り拳骨を落とした。

 いい音がした。

「いたっ!」

「ガキだから一発で負けといてやる。今度ふざけた真似しやがったら、その鼻っ面へし折ってやるからな」

「鼻っ面・・・?」

 両手で頭を押さえたエンは、顔をしかめて汐を振り返った。

「やっぱりやめようよ、汐。この人暴力的すぎる」

「まぁまぁ、エンちゃん。あたしらのやり方も問題がなかったとは言えないしさ。喧嘩両成敗ってことで」

「えー・・・」

 不満そうなエンを汐がなだめている。一見母と子のようにも見えるふたりだ。

 カリルは腕を組んで憮然と尋ねた。

「だいたい、なんであんたらはここにいるんだよ?ここはティティンだろ?」

 エンと汐は顔を見合わせた。エンがああ、とうなずく。

「響は知らないんだね。セイオンとティティンは同盟を組んでるんだ。有事の時は協力することになってる」

「んじゃ戦争するために来たのか?」

「うん。ぼくはこの戦争が終わらないと国には帰れない。だから、さっさと片づけてくれないと困るんだよね」

「さっさと片づけられる戦争ならとっくに終わってんだろ・・・」

「・・・やっぱり、そうかな」

「そうだろ」

 カリルは呆れて言った。やっぱりガキだと思った。




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