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プロスト  作者: ガル
第二部
10/65

第三章



 果てしなく続くように思われた海の先に大陸が見えたのは、響が言ったとおり出発して2日後のことだった。


 停船所と呼ばれるところで陸に上がり、カリルはそのまま舟を金に換えた。持ち運ぶのは無理だし、この先必要かどうかも不確かな物なので、金にしてしまったほうが扱いやすい。

 小銭を受け取って懐におさめ、カリルは街に入る階段を上がっていった。島とは全く違う場所だと思うと、なんだか不思議な感じがする。

 階段を上りきったカリルは、大きくまばたきをした。

「うわっ・・・すげ」

 思わず洩れた感想に、響は嬉しそうに満面の笑みを浮かべながら顔をのぞき込んできた。

『ティティンへようこそ、カリルさん!どうですか?ぼくの国は』

「・・・すっげー人だな」

 カリルは正直に答えた。

 煉瓦造りで統一された建物は高く、圧巻だった。なによりもカリルが驚いたのは人の数だ。どこから沸いてくるのかと思うくらいの人が通りを行き交っている。

 通りに出した露店で商売をする者、その客。談笑しながら並んで歩く者から、忙しそうに早足で駆けていく者。

 島では考えられないほど人が多い。

「こんなに人集めて何かあるのか?」

『ええーっと、いつもこんなものですよ?』

「いつも?」

『はい』

「・・・無意味に人が多すぎるだろ、これ」

『いえ、あの、守護の島と比べてもダメですよ?それにここは港ですから、まだ少ないほうです。これから向かう王宮の辺りは、さらに人だらけですから!』

 カリルは顔をしかめた。これ以上の人と言われても正直想像がつかない。

 行くぞ、と促してカリルは歩きだした。響が慌ててついてくる。

 土ではない整備された道。威勢のいい商人の声。立ち話をする大人がいれば、じゃれるように遊んでいる子供もいる。色々な光景があちこちで繰り広げられていた。

『守護の島とは違うかもしれませんけど、ここはここでとってもいいところなんですよ?』

「あーはいはい」

『なんかすっごく適当にあしらわれたような・・・傷つきます』

「はいはい」

『もう!カリルさん!そういう態度は・・・・・って、うわあああああああああああああああっ!!!』

 突然の叫び声にぎょっとしてそちらを見ると、響がものすごいスピードで飛んでいくのが見えた。しかもバックで。

『カッ、カリルさぁぁぁぁーーーーーん!!!』

「・・・何がしたいんだ?あいつは」

 カリルは半眼でつぶやいた。響はというと、両手をばたつかせながらどんどんと離れていく。透明人間が響の首根っこをつかんで走っているような光景だった。

 やがて響は視界から完全に消えた。

「・・・まぁいいか」

 いたらいたでうるさいだけだし。石版もあることだし、ほうっておけばそのうち帰ってくるだろう。別に帰ってこなくても一向に構わないが。

 とりあえず一人で街の中を探索してみようと、カリルは歩きだした。


 


 響が自慢するだけあって、ここはなかなかいい印象だった。行き交う人々には活気があるし、街もきちんと整備されている。なにより子供たちが楽しそうに遊んでいるのが、この国が豊かな証拠のように感じた。

 ただひとつ気になったのは物価だ。守護の島は基本自給自足だったため、物の売買はあまりなかった。そのせいかもしれないが、物が高く感じる。

 なんの変哲もないパン一個の値段を聞いて、カリルは顔をしかめた。

「そんなにすんのか?これ」

 すいません、と申し訳なさそうに店の主人が謝った。

「最近、小麦の値段が上がってしまって・・・」

「不作なのか?」

 そう尋ねると、主人は、ああ、とうなずいた。

「お客さん、もしかしてよその国の人ですか?」

「まぁな」

「こう言っては何ですが、戦争の影響なんです。軍の強化とやらで税金が上がってしまって・・・仕方がないとはいえ、物騒な話ですよね」

「・・・へぇ」

 カリルは舟を売った銭を渡してパンを買う。薄い紙に包まれたそれを受け取り、カリルは尋ねた。

「戦争って、あれだよな。トランドとしてるやつだっけ?」

「ええ」

「戦争中にしてはなんか暢気だよな。みんな」

「この辺りはまだそうですね。でも最初の襲撃を受けた東方はひどい有様です。今は軍の管轄になっているので、近づけませんけど」

「ふーん・・・」

 つぶやいてカリルはパンをほおばった。ここにも争乱の足音がひたひたと近づいているらしい。




 ひととおり街の中を歩き終わる頃には、日が傾き始めていた。響が戻ってくる様子はない。

「何してんだか、あのバカは・・・」

 カリルは毒づいた。いなくなるならなるで大歓迎してやるので、とりあえず道だけ教えていけと言いたい。

 暗くなる前に、野宿できそうな場所を探すかーーーカリルがそう決めたときだった。

「カリルさぁーーーーーーーーん!!!」

 間延びした声が聞こえた。カリルは反射的に顔をしかめたが、そこで妙な違和感に気づいた。

 抑揚は響と全く同じだが、声が全然違うのだ。響よりもずっと低い。

 誰だ、とカリルは怪訝に思いながら振り返った。

 ひとりの男が手を振りながら、こちらに走ってくる。

 かっちりとした服ー軍服か?ーを着込み、その上から外套を羽織っている。出で立ちだけで身分の良さが伺えるような男だった。

 もちろん初対面だ。カリルは眉をひそめた。

「誰?あんた」

「ええっ」

 男は心底びっくりしたような顔をした。

「カリルさん、ひどいです!ぼくですよ、響です!!」

「・・・・・はぁっ!?」

 カリルは上目遣いに相手を睨みあげた。

「どこの誰が響だって?」

「あなたの目の前にいる、このぼくが、です!」

「そのふざけたしゃべりかたは響だけどな。おまえ人間だろ?透けてねーし」

 ぱん、とカリルは目の前の男の腕を叩いた。

「触れるし」

「そうですね、触れますね!ぼく嬉しいです!」

「・・・やっぱ響か。その脳天気バカは響しかいねぇ。何してんだてめー」

 響は困ったように眉を下げて頭をかいた。おいやめろ。大人の男がするとキモい。

「ぼくもよく分からないんですけど、たぶんこの人、ものすごい霊媒体質なんですよ」

「霊媒体質?」

「はい。時々いるんです。立ってるだけで霊を引き寄せて、自分の体に入れちゃう人」

「それっていっつも憑かれてるってことか?」

「んんーそれは違うみたいなんですよね。これ見てください」

 響は両手にしていた革の手袋を取った。カリルの前に見えやすいように手を差し出す。

 その両手の甲には、十字架を象った入れ墨があった。

「これ、結界なんですよ。これをしてると霊に体を乗っ取られないんです」

「今おれの目の前で起きてるこれは何なんだよ」

「あ、ぼくですか?ぼくは普通の霊じゃないので。結界はっててもぼくみたいな強い霊には効かないんだと・・・」

「さりげなく自慢すんな。うぜぇ」

 いらっとしたまま男の鳩尾に一発食らわせる。ちゃんと手応えがあって、妙に感動した。

「おおーすげぇ!殴れる!!」

「いきなり酷いです!カリルさん!」

 鳩尾を押さえて涙ぐんでいた響だったが、不意に手を伸ばしてカリルの胸ぐらをつかんだ。

「この人も可哀想じゃないですか。いきなり乗っ取られたあげく、理不尽な暴力。あんまりです。暴力反対です。カリルさんもそう思いませんか?」

「・・・おい、響。この手は何だ? おまえ行動と言動が一致してねーぞ。はなせ」

「えっ?・・・あれ?あ、すいません!」

 目をぱちくりさせると、響は慌てて手を離した。

「おかしいな。体が勝手に・・・」

「いや、それおまえの体じゃねーし。ていうかそこから出られねーのかよ?」

「出れることは出れるんですけど、またすぐに吸い込まれちゃうんです。すっごい吸引力で」

 身振り手振り説明する響に、ふーん、とカリルは相づちを打つ。

「んじゃその体もらえ。殴れるから、おれとしては助かるし」

「そ、そんな!カリルさん!」

「・・・おい」

 カリルは響を睨みつけた。響はというと、拳を振りあげ、今にもカリルに殴りかかろうとしている。

「さっきから何がしたいんだ、おまえは?」

「えっ、だから体が勝手に・・・ああ、どうしましょう。このままじゃカリルさんを殴っちゃいますっ!」

「それがおまえの本性か」

 振りおろされた拳を軽々とよけ、カリルは嘆息した。響は半泣き状態で首を必死に振っている。

「違いますっ!これはこの体の持ち主の意志ですよ!怒ってるんですよこの人!カリルさんが怒らせるようなこと言うから!!」

「おれのせいかよ?」

 そうですよぅ!と響はべそをかきながらわめく。悪目立ちするからやめろ。

 カリルはため息をついた。

「うっとーしーな。そもそもこいつ誰なんだよ?」

「誰かは知りませんが。ぼく気づいたら王宮の会議室にいたんですよ。もうびっくりしちゃって、慌てて逃げてきちゃったんです」

 体をなだめながら答えた響の返答に、カリルは口の端をひきつらせた。

「・・・王宮ってのはもしかして、これからおれたちが向かうところか」

「そうです!」

「っざけんな!二度手間だろーが!!」

 カリルは容赦なく下から顎を殴りあげた。よほど痛かったのか、響は涙目で顎を押さえ、うつむいている。

「・・・カーリールーさーんー」

「なんだよ?・・・っ、何してんだてめぇ」

 驚くほどの素早さで、響がカリルの両手首を押さえつけた。ふりほどこうにも力が強すぎる。

「だから怒らせるから!乱暴するから!ああもう、殴ります殴りますよ!?覚悟してくださいね!」

「やってみろ、百倍返しすっからな!」

 そのとき、子供のような諍いに割って入る声があった。

「何してんだい、あんたたちは・・・」

 呆れたような声に目を向けると、少し前に海の上で遭遇した守護霊が立っていた。さらにその後ろには、いま響が着ているのと同じ軍服姿の兵士が3人いる。

「汐さんっ!!」

「・・・ああー響だね。その感じは。全く何やってんだい。見せ物になってるじゃないか」

 周りに注意を向ければ、確かに距離をおいて人が集まっている。

「汐さぁぁぁぁん!!!助けてくださいーーーっっ!!」

 もはや完全に泣きが入っている響の姿に、兵士たちが顔を青ざめさせた。汐も苦笑いを浮かべている。

「・・・うん。その姿でその口調は気持ち悪いねぇ」

「のんきなこと言ってないでください!」

「はいはい、ちょっと待ってな」

 汐の合図で、兵士たちは響とカリルを引き離しにかかった。どうやらこの兵士たちは汐が見えているらしい。

 三人かがりでようやく引きはがされ、カリルは痛む手首に顔をしかめた。

「くそ、馬鹿力が」

「はは、災難だったね。お嬢ちゃん」

「お嬢ちゃんじゃねぇ。カリルだ」

 カリルは憮然とつぶやくと、まだ騒いでいる響をみた。兵士たちに取り押さえられている。

「どうすんだよ、あれ」

「まぁ、放っておけないしねぇ。どうにかするよう、あたしも命じられてることだし、やってみるか」

「やってみるって、」

 まぁ見てなよ、と汐は片目をつぶってみせると、ひらりと浮き上がった。かと思うと、響の中にーー性格には響が入っている男の中にだがーーー入っていく。

 唖然とそれを見ていたカリルの目の前で、急に男が倒れた。辺りが静まり返る。

「・・・おい、生きてるか?」

 おそるおそる声をかけると、男の体が小さく痙攣した。続けて二度、三度。息を詰めながら見守っていると、急に大きく体がはねた。

 間をおいて、分離するようにふたりが中から飛び出してくる。すかさず兵士が、男の懐に護符のようなものを入れた。

『カリルさぁーん!!怖かったですぅっ!!』

「うわうっぜ」

 まとわりついてくる響を手で払い、カリルは汐に尋ねた。

「何したんだ?」

「まぁ簡単に言うと、中に入って、響を引きずり出しただけさ」

 あっさりとした返答に、へぇ、とカリルは感心した。やっぱり守護霊の中でも汐はまともなほうだ。

 そんな比べ方をされているとは気づいてもいない響は、倒れたままの男の顔をのぞき込んで、首を傾げた。

『あれ? この人・・・』

「なんだよ?」

『いえ、さっきまでは自分だから分からなかったんですけど、この顔どこかで見たような・・・』

 しきりに思いだそうとしている響に、汐が苦笑した。

「そりゃ見覚えあるだろうよ。サガは父親にそっくりだからね」

『はい??』 

「汐、こいつ誰なんだよ?」

 カリルが尋ねると、汐は答えていいものか考えるようなそぶりを見せた後、「まぁいいか」と笑った。

「こいつはサガ。ティティンの軍師だよ」




 


 カリルと響は、港街にある宿屋の中にいた。とりあえず汐の提案で、一時的に部屋を借り受けたのだ。汐や兵士は昏倒したままの男を連れて、別室に入っている。

 カリルはあてがわれた部屋のベッドに寝転がった。久しぶりの布団の感触を、全身を埋めて堪能する。

 響はベッドの端っこにちょこんと座りながら嬉しそうににこにこしていた。

「・・・何にやにやしてんだよ、気持ち悪ぃ」

『いえ、なんか小さい頃のサガさん思い出してしまって。ずいぶん大きくなったんだなーって』

「忘れてたくせに」

『変わりすぎてて気づかなかっただけですっ!だってすっごく小さかったんですよっ!?』

 響は頬を膨らませた。

 何でもサガの一族は代々軍人を輩出している名家で、サガの父親も響の前の主に仕えていたらしい。そのときにまだ子供だったサガと面識があったそうだ。

「どうでもいいけどさ、あいつ偉い奴なのか?」

『サガさんですか?もちろんですよ!とっても偉い人です!』

「・・・おまえの言い方って、なんつーかアバウトだよな」

『ひ、ひどい。カリルさんだって同じようなものじゃないですかっ』

「おまえと一緒にするな」

 そのとき、部屋の扉を叩く音がした。返事をすると、先ほどの兵士が入ってきて、サガが目を覚ましたと伝えていく。

 カリルと響は目を合わせた。




 兵士に案内されて、奥の部屋へと向かう。中に入ると汐とサガがいた。兵士は中には入らずに、また扉の外に出ていく。

 ベッドに腰掛けていたサガが、こちらを一瞥した。響が憑いていた時と違って雰囲気が締まっている。向けられる目が鋭い。

『サガさん、お久しぶりです!大きくなりましたね!』

「響か。久しぶりだな」

 落ち着いた口調に、中に入っている人物が違うだけで、こうも印象が変わるものなのかと、カリルは感心した。

「守護の島のことは汐から聞いている。おまえのこともな。よく無事だった」

『カリルさんたちのおかげです!』

 上機嫌な響の言葉に、サガがカリルを見やった。

「おまえが響の仮主か?」

「みたいだな」

「少女だと聞いていたが?」

「どっからどう見ても女の子だろーがふざけてんのかてめぇ」

「女・・・?」

 にらみつけると、サガはまじまじと上から下まで見直した。

「失礼。貧弱すぎて分からなかった」

「はぁっ!!??」

『失礼すぎますよサガさん!!確かにカリルさんはちょっとまずいぐらい貧弱ですけど、でもれっきとした女の子なんですから!!!』

「響」

『はい』

「もう一回そいつの中に入れ。そいつと一緒に袋叩きにしてやる」

『ええっ、なんでぼくもなんですか!?』

「うっせぇ、まとめて殴らねーと気がすまねーんだよ!」

 ぎゃあぎゃあ騒ぎだしたふたりをサガは観察するように眺めていた。隣の汐がため息をついて仲裁に入る。

「はいはい、いい加減にしなよ。あんたら、そんな言い合いしに来たんじゃないだろ?とっとと本題に入んないと、朝になっちまうよ」

『はっ!そうでした!』

 響は背筋を正すと、カリルと目を合わせた。なんだか釈然としないが仕方なくうなずく。

 響はサガに改めて向き直った。

『サガさん、あのですね。お願いがあるんですが』

「なんだ?」

『カリルさんを軍に入れてもらえませんか?』

「・・・」

 サガは腕を組み直して、カリルを一瞥すると「理由を話せ」と促した。響は守護の島での経緯を丁寧に説明していく。

 事情を聞き終えたサガの結論は早かった。

「だめだ」

『なっ、なんでですか!?』

「そいつはフォリオ皇子の友人なのだろう?密偵でないと言い切れるのか?」

「なっ・・・」

 思わずカリルは怒鳴っていた。

「んなわけねーだろッ!!ふざけんな!!」

『そうですよ!何言ってるんですか、サガさん!』

「俺たちは戦争をしているんだ。どんな可能性も考えておかないと話にならん」

 カリルはハッと鼻で笑った。

「可能性?バカか。おれが本当にスパイなら、最初からリオのことなんて話すわけねーだろ」

「それは一理あるな。だがどちらにしろ何の実績もない、しかも素性すら不確かな者を軍に入れるわけにはいかない」

『サガさん・・・』

 サガは響を見やった。

「響だけならば、もちろん歓迎しよう。来なさい、響」

『・・・』

「響」

 響はうつむいて拳を握りしめていたが、やがて顔をゆっくり上げた。

『嫌です』

「・・・おまえの本来の主は、この国の王族だぞ。分かっているのか?」

『分かっています。でも<今>の主はカリルさんです。ぼくがそう決めたんです!』

 サガはため息をついた。

「・・・少し時間をやろう。頭を冷やして、よく考えるといい」

 響は黙ったままだった。サガは立ち上がると、汐に「戻るぞ」と促した。傍観者に徹底していた汐は、やれやれと肩をすくめて後に続く。

 出ていこうとした背中に、カリルは声を投げた。

「おい」

「まだ何かあるのか?」

「あるから言ってんだろ。ひとつ教えろ。おまえ・・・どうしてあの日、リオの船を襲ったんだよ?」

 サガは戸口で振り返ると、淡々とした声音で答えた。

「自己防衛だ」





 ふたりが出ていった後、室内は沈黙していた。響がぎゅっと服の裾を握りしめている。

『・・・すいません』

「謝んな。別に、そこまで期待もしてないし」

 カリルはそっけなく答えて、ベッドに仰向けになった。天井が高い。

 不意に横から嗚咽が聞こえてきた。目を向けて、ぎょっとする。

「なんで泣く!?」

『カリルさんのせいじゃないですかぁ』

「おれかよ!?」

『期待してないとかっ、言わないでくださいよ・・・っ』

 めそめそする相棒に、めんどくせぇな、とカリルは頭をかいた。

「別に幻滅したとかじゃねーぞ。あの石頭軍師の言うことはムカつくけど一応筋は通ってるしな。すっげムカつくけど」

『二回も言いますか』

「当たり前だ」

 カリルは首から下げた石版を持ち上げてみる。

「でもあいつにもあいつの立場があるんだろ。ムカつくことにな。だからどうでもいい。つーか最初から誰かに頼むようなことでもなかったしな」

『カリルさん・・・』

 カリルは目を動かして横にいる響を見た。

「おまえはどうなんだよ?」

『はい?』

「あいつは、おまえならかなり欲しいと思うぞ。なんたって戦争中だし、守護霊の加護って重要なんだろ?」

『・・・』

「行けば?つーか行け」

『嫌です』

 響は涙でぐしゃぐしゃになった顔をゆがめた。

『カリルさんが一緒じゃないと嫌です。今の主はカリルさんですから』

「国を捨てる気かよ」

『だって』

「だってじゃねぇ。ここがおまえの国で、家なんだろ。帰れるところ自分から捨てるなよ。絶対後悔するぞ」

 低い声に、響は目を見開いた。カリルの境遇を思い出したのか、肩を落とす。

『・・・すみません。カリルさんにこんなこと・・・』

「おれとか関係ないだろ。おまえの問題だし」

 少しだけ泣きそうな顔で響が微笑んだ。

『カリルさんって、かっこいいですよね』

「あ?なにを今さら言ってんだ」

『前から思ってましたよ。なんかすごくすてきな考え方をするんだなぁって。やっぱりぼく、カリルさんと一緒にいたいです』

「・・・おまえさ、よく恥ずかしげもなくそういうこと言えるな」

『だって本当ですから』

 あきれるカリルを無視して、響は微笑んだ。

『カリルさん、やっぱり王宮に行きましょう?』

「はぁ?なんでだよ?もう行く理由もねーだろうが」

『もう一度サガさんに会うんです。あの人のことです。実力を見せて信用してもらえばこっちのものですよ。使える者は使うのが、サガさんの主義ですから』

「あほらし・・・なんであんな奴に会いに行かないといけねーんだよ」

『カリルさん、カリルさんはそう言いますが・・・悔しくないんですか?あんな言い方されて!』

「そりゃムカつくに決まってんだろ」

『じゃあ見返してやりましょうよ』

 意気揚々と告げる響に、カリルは息をつく。

「・・・おまえってさ、何気に立ち直り早いよな。しかも喧嘩っ早い」

『日々カリルさんに鍛えられてますから』

 あほか、と答えてカリルは身体を起こした。

 自分としてはこのままトランドに向かってもいい。というか、そのほうが話は単純なように思う。けれど・・・。

 サガのあの見下したような視線を思い出すと、ちょっといらっとした。

「・・・確かに、あの言い方はムカつくよな」

『はい?』

「いや別に。あいつを見返すのもありだなと思ってさ」

『!そうですよ!』

 響は勢いよく立ち上がって、拳を握りしめた。

『そうと決まれば善は急げです。ぼく、この辺りの霊から情報収集してきます!』

「あ、おい」

 声をかけたが、響は壁の向こうに飛んでいってしまった後だった。まぁいいかとつぶやいて、窓の外を見る。

 すでに日は落ちたらしく、窓の外は暗い。夜の色に、カリルはあの日のことを思い出していた。

 あの夜。リオが話したこと。自分が答えたこと。それらはまだ鮮明に思い出せる。

「・・・絶対に殴ってやる」

 独白して、カリルは目を閉じた。

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