ざけんな!
「なに。賢者の石は創れない、だと?」
ユリアヌスは片方の眉を吊り上げ、激怒し、コンラードをなじりだした。
「余は、おまえが高名な錬金術師と聞いていたからこそ、召喚したんだぞ」
「いや、そこは召喚してやった、の間違いじゃないのかい、皇帝サンよ」
以前までの態度と一変違って、コンラードは本来の海賊口調に戻っていた。
謁見の広間はたちまち大騒ぎとなる。
「なぜか理由を申せ、コンラード! いったい、何が不満だ、報酬か? 高級な羊皮紙や金銀財宝だけでは飽きたらん、とでも申したいか」
「報酬? ずばり言おう、俺はそんなもんのためにここ、ハンガリーまで来たんじゃねえ。あんたがどんな治世をしているか、ぜひとも知りたかったのさ。それと賢者の石の材料調達。それだけさ」
「・・・・・・ほう、それで、いかがであった。余の治世は」
コンは鼻で笑ってあざ笑う。
「言うまでもないね。昨日見てきた町の風景、あれじゃあ、古代に荒れ果てたという、ヒン(中国)の、長安の都も同然じゃないか。ここに安録山でもいりゃあ、きっとお前さんに忠誠を誓い、この腹にはあなたへの服従心がつまっております、とでも答えたろうが」
「ぬっ・・・・・・」
ユリアヌスは手に持つ杯を震わせた。
「無礼であろうが。皇帝陛下の御前であるぞ!」
「御前であろうが、なかろうが、そんなこと関係ねえ。俺は賢者の石を作る材料がほしかっただけなんだよっ。それもよこさない気か?」
「宰相。よかろう、くれてやれ」
「はっ?」
即座に返答するユリアヌス。コンは勝ち誇ったように微笑んでいた。
この時代の錬金術師の役目とは、ひとえにパトロンを探すことであったが、パトロン探しで苦労したという。
ゆえに、肩書きをいくつも持つ学者が多かったのは、そうせざるをえなかったからだ。
たとえば、絵画をたしなむ悪魔の召喚者がいたりするのは、そういうことが理由である。
コンラードの場合、士官学校で実績を上げて、人気の少なかった砲撃科に所属、それ以降は淡々と出世し、提督の地位に上り詰めた。
わずか十七歳で。
若すぎる出世は、同時に波乱をも巻き起こす。
彼が錬金術に手を染めたのは、ロレンツォというイタリアでも名門の貴族だった男の影響で、彼だけにしか作れない特別の『賢者の石』は、不老不死だけの効果を起こすとは、限らなかった。
何が起こるかわからない楽しみを含んだ、謎の鉱石。
それが、ロレンツォ・シュトーネと呼ばれる、通常は真っ赤な血の色をしていたが、それは違い、宝石で言うとターコイズのようなものだった。
皇帝はコンに、それを作れとせかしたのであった。
「だから、できねえんだよ」
ロレンツォに無理やり弟子入りしたコンラードは、押し付けがましいこの皇帝に喝を入れる。
「不老不死だと。何が不老不死だ、ざけんな。あんなのは信じてはいけないものと、師匠はよく言っていたものさ。だから俺もその理念を守ることにしていた。たった一つだけを除いては、決して作ったりしないと。そのたった一つの石は、ここにはないがね」
「ではその石を探せばいいのだな!」
「無駄だよ。俺が壊した」
即答したコンに、ユリアヌスは嘆きのため息を吐き出し、感情をぶつける。
「では余の許可を出すから、今すぐ創れ」
「ああ・・・・・・これじゃ、堂々巡りだな」
コンは頭をかいた。
「まあどうしてもって言うなら、考えてやらんでもないが・・・・・・俺の条件を飲むか?」
コンはにやり、と気味の悪い微笑を浮かべた。
「何だ、申せ」
皇帝は無表情で答える。
「アウレリア隊長を、俺の仲間として連れて行く。どうだ?」
一同はざわめき、興奮状態に陥った。
そこを皇帝が起立し、声を張り上げ静寂に戻す。
「残念だが、あれは昨日、謀反を起こしてなぁ。即刻処刑した」
「なっ!?」
コンとヘルマンがつい三日ほど前に会話した、あのときはまだ穏やかだったのに。
物事の、すべてが。
――なにか、悪い予感がするのです。
コンはアウレリアの言葉を思い出し、ユリアヌスを下からうつむき加減で、とげとげしくにらみつける。
「どうした、いやか?」
「当たり前だ。俺は、アウレリア隊長の実の息子を連れてきていたのに。その息子に俺は、ヘルマンに対して俺は、なんと答えてやればいい!」
「親父殿は、皇帝に敬意を払い、潔く殉職した、と」
ユリアヌスはコン以上に性格が悪いようだ。
「そうか、俺も決めたぜ。絶対に賢者の石は、つくらねえからな」
コンは外套をひるがえして、大またに歩きながら謁見の間を去る。
ユリアヌスは再び玉座に着くと、高らかに笑い、コンラードに対して、処刑を言い渡したのであった。
この話、決してかっこいい英雄のお話でもなければ、コンラードがかっこいいってわけでもなく・・・・・・いうなれば、むなしさだけを追求した話、というか。
たぶん、救いようがないエンドです・・・・・・。