おとうさん!
「おとうさん!」
ヘルマンが父の姿を見つけて怒鳴った。
しかし、声が届かずに父は足はやに、兵士の待合室に行ってしまった。
「そんな」
「へえ、あの人がヘルマンの? 似てないわね」
ヘルマンはじろり、と横目でソラをにらみつけた。
「ご、ごめんなさい。悪気があったわけじゃないの」
「どうだかね」
ヘルマンはさすがに言い返すときが来た、と少々強気で語気を荒げて言う。
「ソラ、僕はねえ、もう我慢できないから言うよ。僕はソラが嫌いだ。大嫌いだ。第一印象も悪ければ、性格だっていいとはいえない。僕はねえ、もっとこう、静かで正直な子が好きだよ」
ソラは黙って唇をかみ締めたまま、くやしそうに両手でスカートを握った。
握った部分がしわになっても、ソラはまだ握っていた。
「どうして僕を引き止めたりしたんだね」
一番気になっていたことだったので、ヘルマンはソラに訪ねてみた。
「知らない。勝手に想像すれば。お得意のクセノフォンでも暗唱して」
ヘルマンもまた、ソラに対して二度、腹が立った。
「わかったよ。そこまで言うのなら、僕はどこへでも消えてやる。どうせ僕はオタクさ。多分きみが大嫌いなね。きみはコンとだけ、仲良くしていたらいい。僕にかまうなよ」
ヘルマンはソラを置いてきぼりにして、兵士の宿舎に駆け出していった。
ソラは一人残され、小石を蹴っていると、そこをユリアヌスが通りかかり、ソラに目をつけたのであった。
ソラは夢にうなされ、飛び起きた。
大好きなヘルマンが、赤いマントの王様に、剣をつきたてられて死ぬ夢。
おそろしい、とソラは胸を押さえる。
そんなこと、あってはならなかった。
ソラの中では特に。
あってはならなかったのだ、――絶対に。
「僕は平民の中で育った、貴族のくずさ。ああ、どうせそうだよ」
ソラのいる前で、ヘルマンは大声を上げる。
ブルガリア帝国領内に入ってからというもの、ヘルマンは荒れに荒れていた。
ソラには、それがなぜなのか、皆目わからなかったが、ヘルマンのことを思うと切なくてたまらなかった。
――何とか助けてあげたいんだけど。
空色の勾玉を強く握るソラ。
皇帝ユリアヌスは、ソラの勾玉に引き寄せられるかのように近寄って、声をかけた。
「やあ、お嬢さん。こんなところで何をしているの」
ソラはユリアヌスを凝視した。
・・・・・・夢で見た、真っ赤な、血のように赤いマントだ。
ソラは口を利くのはよそうと決め込んで、そっぽを向いていた。
「誰か、待っているのかい」
ソラは、うんともすんとも答えないでいると、そのうちコンラードがにこやかに戻ってきたので駆け寄った。
「よお、ソラ。待たせて悪いね」
「コン!」
ソラは力いっぱいコンラードに抱きついて、思い切り甘える。
「おい、どうしたんだ、お前。それにヘルマンは? あいつはいったいどこ行った」
気づけば、ユリアヌスの姿はどこにもなく、ソラはほっと胸をなでおろしていた。
「なんでもない。ヘルマンはきっと、お父さんのいるあそこよ」
といって、コンに兵士の寄宿舎の場所を教える。
親子の再会。
でも一筋縄じゃいかなかったりしますんで、はい・・・・・・。