帝国の皇帝
――お願いです、コン。僕に永遠の命をください!
「ばっかなこっと、ぬかすよなー・・・・・・」
甲板で沖を眺めるコン。節をとって、タバコをくわえ、もてあそんだ。
「ヘルマンが願ったことは、人としてふつうでしょ」
「おまえ、簡単にいってくれるねえ、ソラ」
船の台座に腰掛けて、両足をぶらぶらと揺らすソラ。
「不老不死はちっとも、ありがたくなんかない。だってな、俺がそうだと仮定して、お前もヘルマンもみんな、死んでしまって俺だけ一人ぼっちで・・・・・・」
言ってて切なくなってしまったコンラード。
胸を詰まらせ、涙をこらえていた。
「涙もろいのよね、あなた」
と、背後でソラが笑った。
「生意気な。この海にドボンしたいか!?」
コンがソラを抱き上げて、甲板から落とすまねをした。
「やめてよ、こわいよ!」
「あーん? 聞こえねえなあ。がはは、助けてほしいなら、もういちど言え!」
「やーめーろー」
「何やってるんだ! 危ないからよせ、コン!」
ヘルマンがやってきて、青ざめながらコンを止める。
「こ、これは冗談だって」
なあ、とソラに肩をすくめて言うコンラード。
「コンってば、やることが熱血だから、なんでも本気に見えてしまうのよ」
ソラは冷静を装い、ヘルマンの横を通り過ぎ、先ほどまでぎゃあすか騒いでいた娘の言葉とは思えず、ヘルマンは動揺していた。
「あいつな」
二本目のタバコに火をつけるコンが、ヘルマンに視線を流した。
「お前のこと、好きだと思うぜ」
「そんな、ばかな。あの子は僕のこと嫌いに決まってる」
コンは眉をさげて、ヘルマンのほうを見た。
「それはまた・・・・・・どうして」
「彼女の冷静ぶった表情! あの顔を見たら、誰だってそう思うはずさ。もし僕を好きなら、もっと熱っぽい顔するだろ」
「あはは。お前、女ってもんをわかっちゃいないねぇ。だからソラになめられてるんだよ」
「もう、どうでもいいんだ、そんな。僕の愛するのはクセノフォン。それ以外ないのだから」
コンは、大きくため息をついて、同時にタバコの白い煙も吐いた。
「あいつ、だいじょうぶかな。帝国へ連れて行くの、よそうかな・・・・・・」
コンラードはブルガリア帝国の皇帝、ユリアヌスに召喚されていたのであった。
コンとしては行かざるをえず、その理由というのが――。
「賢者の石。ざくろ石じゃな。宰相」
宰相はお辞儀をする。
「コンラードが創ってくれる石。楽しみだ」
若干二十五歳という若さで帝位についたユリアヌス。
彼は不老不死を望み、欧州だけでなく全世界にはばをきかせたいと願っていた。
「死ぬことがなければ、永遠に余が皇帝でいられる。貴族生活の終焉は、絶えない」
「仰せのとおりで。陛下」
黄金の杯にぶどう酒を注いで、ユリアヌスはそれを飲み、のどを潤した。
「陛下、コンラードと申す、錬金術師が見えました」
皇帝はうなずいて、杯を机に置いた。
そして、正装したコンラードを待ち望む。
「コンラードでございます、陛下」
コンは恭しく頭をたれた。
「うむ、余は待ちかねたぞ。ようきた、ようきた。ささ、面を上げよ」
コンは顔を上げ、皇帝と対面する。
「聞けばそなた、ロレンツォを知っているそうではないか」
「知っているも何も、陛下。かの者は私の師匠です」
謁見の間に集まった兵士や貴族がざわつき始めた。
「静かに。・・・・・・そうか」
コンは、自分を見つめる兵隊の中でも、きらびやかな鎧を着た老兵を見つけたが、すぐに彼から視線をはずした。
なんとなく誰かに似ていた、と思うコン。
それこそが、ヘルマンの父、アウレリアだったのだ。
しかしまだ、コンと隊長がつながりを持つときではない――。
皇帝は賢者の石を欲していた、そしてこの熱烈な歓迎振り。
このあとに悲劇が待つわけだ・・・・・・。
ああ、さらし首・・・・・・。汗