クセノフォンと僕
「まったくよ。酒に弱いなら、そういってくれよ! たこすけ」
コンラードはヘルマンの肩を組むと、自分も千鳥足で歩き出した。
「も、もう飲めません・・・・・・」
「ばーか」
コンは赤い顔をしながら、ヘルマンを連れて船室に転がる。
「だらしない王子様は、嫌いよ」
ソラがやってきて、コンの右手を蹴った。
「うるへー。ガキはネンネしてやがれえ」
ろれつの回らない声でコンが言った。
「ガキじゃないもん」
ふくれっつらをしてソラが言い返す。
そのうちいびきをかいて寝てしまうコンラード。
「あなたの正体を知ったら、この人・・・・・・」
ソラはヘルマンを見ながらつぶやいた。
「ヘルマンは、どう思うかな」
偉大なる錬金術師であり、魔術師ロレンツォ。
賢者の石を創造した第一人者と言われていた、学者である。
ヘルマンはこのロレンツォの弟子であるコンラードに、尊敬の念を抱いており、出会った早々からヘルマンは賢者の石の製造方法をしつこく聞いていたのであった。
「そんなもの、やめたほうがいいね」
コンはクセノフォンを読みふける。
「お、これおもしろい」
「コンラードさん・・・・・・」
「コン、でいいよ」
「ではコン、お願いです、僕に永遠の命をください」
コンは何言ってんだ、という風な表情をした。
「何のために・・・・・・」
「クセノフォンや、カエサルに近づくためです。そして神々のように」
「あっはっはっは」
いきなり馬鹿笑いされ、ヘルマンは面食らった。
「何がおかしいんですか。どうか笑わずに聞いてください」
「おかしいね。永遠に生きた、その末路がどうなったか、知らないくせに」
ヘルマンはごくりとつばを飲んだ。
「ど、どうなったんですか」
「女に恋をした、その女を愛し、裏切った英雄様は、ついに自滅した」
その話、どこかで聞いたとヘルマンはしばし考え込む。
「あ、それって、ニーベルンゲン?」
「そのとおり」
「でも彼は不老不死じゃなかったんでしょ」
「いいや。定義上はね、不老不死なんだけど・・・・・・」
コンはクセノフォンの著書を乱暴に閉じ、そして立ち上がった。
「愛した女がワルキューレであったから、シグルズは不幸にも死んだんだよ」
「女神は怖いってやつですか」
「ああ、まあね。不用意に、ほしがるもんでもねえぞ、あんなのは」
ヘルマンは怒りに任せてテーブルをたたく。
「僕は女神に恋がしたいんじゃない。長く生きたいんだ!」
「どっちでも同じだろ!?」
「いい加減にしてよ。外にまで聞こえるわ」
言い合うコンとヘルマンに、ソラがやってきて一言つれなく言い放つ。
「お前は、ディアスをどう思う? ヘルマン」
ヘルマンは外へ出て行こうとするコンを、不思議そうに首を傾げてみていた。
「バルトロメウ・ディアスだよ。アフリカの最南端を発見した」
「ああ。そんな人いましたね。僕のすべては・・・・・・」
コンからクセノフォンを取り上げていう。
「これがすべてですから」
「メモラビリア(ソクラテスの思い出)か・・・・・・。ヘレニカも俺はいけてると思うぜ」
「でも僕思うんだけどね、コン」
ヘルマンはクセノフォンの本についたほこりを、何度も神経質そうにはらい、イスに腰掛ける。
「彼はスパルタびいきだったんだって。だから、第二部ではより詳しくスパルタのことが書いてあるんだ。けど僕は、騎兵隊長論のほうが好きだし、スパルタなんて興味ないから」
「だから、英雄に憧れるんだろ。へっ」
「だって。スパルタの英雄はみんな、ペルセウスとか、ヘラクレスとか、ギリシアの神話に傾いてしまう。僕なら断然、クッレルボかディエトリヒか、ジークフリードを選ぶ!」
「それはみんな、破滅的な勇者じゃねえか! か〜。おまえなあ、もっと明るいほうを選べよっ」
横からソラが意地悪そうな視線で見ながら、ヘルマンに毒を吐く。
「ヘルマンには明るい勇者像なんて描き切れそうもないわよね」
ヘルマンはむっつりし、不機嫌そうにコンから火をもらうと、タバコを吸い込んだ。
「ごほ、ごほ。ああ、ちくしょう」
コンとソラは、困ったように顔を見合わせる。
ロレンツォとコンの正体?
コンラードはあのお方なんです、あのお方。
でもいいのかなー、キャラいじっちゃうけど(笑。