いざ、皇帝に
なぜ彼は弾を一発も仕込まなかったのか。
それは、コンラード自身がソラを助けに行きたかったからである。
ヘルマンではないが、彼も英雄には憧れていた。
ソラを助け、自分に心を向けたいと!
だがそれはかなわなかった。
なぜならソラの心の中にいるのは、いつまでもヘルマンだからだ!
コンラード自身、英雄と呼ばれはしたが、それだけだった。
彼の行いは主に、病気治療やけが人のリハビリで、当時、中世以前、一介の修道士だった彼にはそれだけが精一杯の『力』だったのだ。
――百二十年したのち、見つけるだろう。
といった文面を、海賊をやめたコンラードはアジトの地下室に貼り出し、そのときの名は、ローゼン・クロイツという修道士であったのだが、もうひとつ、コンには肩書きが登場する。
それが、皇帝コンラード。
ユリアヌスに決闘を申し込んだコンは、ソラを賭けて勝負する。
躊躇していたコンの背中を押してくれたのは、エイリークであった。
「兄貴はそんな弱虫ですか。そんなことないと、俺は信じてますがね。ヘルマンさんを見捨てたことだって、兄貴に考えがあったからではないですかい」
「いや、違うんだ。それは」
コンは拳銃に実弾をつめ、ユリアヌスを思い浮かべた。
「俺は、はたして正しかったのだろうか。俺はヘルマンをわざと見殺しにしたうえ、愛するソラまで奪われてしまい、どうすれば俺は、この苦しみから救われるだろうか」
「やっときたな」
ユリアヌスはコロッセオにコンラードを連れ込み、ソラを柱にくくりつけ、鎖で縛った。
「ソラ」
コンが叫んでも、ソラはもう、コンを見ようとはしなかった。
「あんたなんか最低よ!」
とののしるソラ。
コンは、やり場がなく、ただうつむいていた。
「ほほほ。最低だとよ。だろうなぁ、銃に弾を込めないなんて」
「うるせえ。ヘルマンを殺しておいて」
「だったらなぜ、助けなかった? お前なら、あの男ひとり救うくらい、たやすかったはずではないか」
コンはユリアヌスにつかみかかっていた手を離す。
「それは、俺がソラを愛していたから・・・・・・」
ソラは青ざめた。
なぜ今頃になって、そんなことを、と言いたげに。
「俺がソラを好きだったから!」
ユリアヌスは大笑いしながら、コンラードを殴りつけた。
「滑稽、滑稽。泣かせるじゃないか、その愛する娘にもう一度会いたいと。はっはっは」
「俺は、たとえ皇帝と刺し違えて死んでも、ソラだけは助ける」
「勝てる自信がおありのようだ」
そしてもみ合うふたり。
コロッセオからは罵声と歓声が繰り返し起こり、どちらかといえばコンラードの応援が多かった。
「やっちまえー! 皇帝なんかやっちまえー!」
皇帝ユリアヌスは、鋭い視線を観客席に投げかけ、コンラードに罠を仕掛けた。
コンはいやな予感がした。
「てめ、爆薬を!?」
ユリアヌスは手の中でもてあそぶ弾薬を見せびらかす。
「貴様と心中というのが、気に入らないがな」
「きったねえ!」
皇帝は、爆薬に火をつけた。
逃げようにも、コンは皇帝に押さえつけられて身動きができない。
絶体絶命であった。
だが、神というものは、気まぐれなのだろうか。
圧倒的に有利だった皇帝を差し置いて、明らかに不利なコンへ微笑んだ。
爆薬は、皇帝の懐にすっぽり入ってしまい、コンは逃げるチャンスを得ることができた。
「ば、ばかな! ぬわああ!」
派手な爆発音がして、皇帝は木っ端微塵となってしまった。
コンはソラを助けると、コロッセオから出ようと促す。
「いやよ、私はここに残る」
ソラは駄々をこね、しゃがみこんだ。
「どうして」
「ヘルマンと一緒に、ここに残る!」
コンは悲しそうに、力なく首を左右に振る。
「あの石、賢者の石なんかじゃないんだ。偽ものだよ」
ソラはコンを責めた。
「だましたのね、騙したのね、コン! なんてひどい!」
「さっきも言ったが、お前を愛しているから。ヘルマンなんかにお前を、とられたくなかったんだよ」
コンが背後で名を呼ばれたので、振り返ると、宰相がたっており、
「コンラード様、皇帝ユリアヌスは死にました。いかがでしょう、あなたが次期皇帝になっては」
「俺?」
ソラにどうすればいいか尋ねようとしたが、ソラはどこにもいなかった・・・・・・。
あきらめたようにため息をつき、コンは答えた。
「わかった、俺は皇帝になるよ」
そんな簡単でいいのか、コンよ!(汗