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不思議喫茶 菓恋が紡ぐ恋物語

不思議喫茶 菓恋が紡ぐ秋恋語り

作者: 亜久里 恵

花 十六歳~モンブラン~ 



この場所は私の大切な場所。静寂で落ち着いて、涼しげな風を常に運んでくれるし、周りを気にすることなく、どっぷりと大好きな本の世界浸れる。

学校の図書室は私の大切な聖域サンクチュアリ

今日も、返却済みの大切な本を抱え、一冊ずつ元の場所へ戻していく。

だけど、今日もまた、私の世界を脅かす『ヤツ』がゆっくりこちらへと近づいてきた。


『無視だ。無視』


気づいていないふりをし、私はヤツの脇を通り過ぎようとしたけど、ヤツは私の真似をするかのように左へ行けば、左に、右へ行けば右に私の進路を阻んでくる。


『あー、もう!イライラする!』


額に青筋を浮かべながら、私はついに顔を上げた。


「すみませんが、邪魔なんですけど!…」


そう押し殺した声で言う私の視線の先にはにやにやと笑う意地の悪そうなアイツ『神谷光輝かみやこうき』が本を片手に立っていた。その様はまるで私のイライラを楽しんでいるかのようで、私の怒りは簡単に頂点に達する。


「どいてよ!私、今忙しいんだから!」


ダンッと足を踏み鳴らし、神谷を威嚇する。すると、神谷は悪びれもせずに、私に一冊の本を差し出した。


「わり~、わり~。これ返却したくってさ」


今度は屈託のない笑顔を見せてくる。その瞬間、私の胸はドクンッと音をたて、頬に赤みが増す。そんな反応しているとは気づかれたくなくて、ひったくるように、神谷の手から本を奪った。


「なんで、私なのよ! 図書委員なら受付にもう一人いるでしょ!」


「う~ん。そうなんだけどよ。俺、男に興味はねぇから」


「馬っ鹿じゃないの!」


「そんなこと言わないで頼むよ。山中」


そんな言い合いは最近の日課となっていた。


『なんでなのよ…』


こんな関係が始まったのは突然のことだった。

それまで同じクラスの同級生とはいえ、神谷と話したことなんか今まで一度もなかった。

なぜなら、『神谷光輝』はクラスの人気者で、かっこよく、クラスの中心的存在だったからだ。

一方私『山中花(やまなかはな)』はというとその名のとおり、地味で平凡で特にこれといった取り柄もない『おさげ眼鏡』。

きらきら輝く『神谷』は平凡な自分とはあまりにも違いすぎて、できればお近づきになりたくないと思う部類の人間の一人だった。


『なのに!…』


夏休みが終わった途端、ヤツは突然私の聖域サンクチュアリに足を踏み入れてきたのだ。

暑さも和らぎ、秋になってからも、何度も何度も…。

そして、その度に、自分にちょっかいを出してくる。


『私はアンタのおもちゃじゃないっつ~の』


何度そう思ったかしれない。できれば、もう話しかけないでほしい。近づいてこないでほしい。


『だって…』


そう思う最大の原因が、予想通りやってきた。


「こ~う~き~!」


そういって、神谷の腕に飛びついてくる彼女『国生麗香(こくしょうれいか)』のお出ましだ。


「また、来たのかよ! 麗香」


「いいじゃない別に。私の勝手でしょ~」


うれしそうに神谷にまとわりつく麗香のそばにいたくなくて、早々に私は背を向ける。


「あっ、おい! 山中」


引きとめようとする神谷の声などさらりと無視して、私は足早に離れていった。

二人の気配を追い出したくて、図書委員の仕事に没頭する。

麗香と神谷は美男美女のお似合いカップルだともっぱらの評判だ。

二人でいるといつもクラスの男子たちがひゅ~ひゅ~とはやし立てる。

神谷は、その度に『違う』と否定していたけれど、そんなの誰も信じるはずがない。

だって麗香は誰もが認める美人で、才色兼備、非の打ち所のない女の子だから…。

私が神谷といるといつも麗香がやってくる。

そうなると周りにいる人間すべてが自分と彼女を比べて、笑っているように思えて、仕方がなかった。

こんな取るに足らない私だけど、劣等感にさいなまれるのは嫌。

どんどん自分が嫌いになるから、こんなキラキラした人たちと自分とは住む世界が違うのだと、明確な線引きをして、自分を守りたいのだ。

なのに、神谷はズカズカと無神経にも土足で私が張り巡らした防護壁をよじ登ってこようとする。


「おい、山中。ちょっと待ってくれよ」


書庫の中に逃げ込んだ私を追って、中に足を踏み入れてくる。


「悪いけど、ここは図書委員以外は立ち入り禁止よ」


振り向きもせず作業を続ける私に、神谷の堪忍袋の緒が切れた。


「おい、こっち向けよ! 山中!」


手をつかまれ、作業を邪魔された私の感情も、もはや制御不能だった。


「何よ! 何なのよ! 一体!なんで、私にかまうの? 迷惑なのよ。平凡で地味だけど、静かで平穏な私の世界に無神経に入り込んできて、他人ひとのこと振り回して、楽しい? 私は…。私は! あんたのおもちゃなんかじゃない! あんたなんて…、アンタなんて大っ嫌い!」


感情の赴くままに言い放ち、私はハッと口を押さえる。

呆然と、でも、悲しそうに傷ついた瞳の神谷に、自分はなんてひどい言葉を彼に投げつけたのか自覚した。

途端に恥ずかしくなってしまった。


「あっ…」


その場にいるのが恥ずかしくて、苦しくて、私はその部屋から飛び出した。


「山中!」


後ろから神谷の声が聞こえたが、立ち止まる勇気は皆無だった。


無我夢中に駆け出し、学校出る。


『山中!』


脳裏に木魂する神谷の自分を呼ぶ声を振り切るかのように走り続ける。


『あんなこと言うつもりなかったのに…』


だんだん、足が上がらなくなり、走る速度がだんだん落ちていく。

そして瞳から涙が零れ落ちるのと同時にとうとう立ち止まってしまった。

自分の醜さに嫌気がさす。

自分を守りたくて、自分が傷つかないように茨で覆い、その言葉のトゲで神谷を傷つけた。

怖かった。

どんどん神谷に惹かれていたから。

こんな地味な私を神谷が好きになってくれる可能性なんかこれっぽっちもない。

神谷には麗香のような子がお似合いだ。

神谷や麗香に対する劣等感と憧れという複雑な想いが、私を狂わせる。

痛む心を抑えて、立ち尽くしていると、から~んとベルの音が聞こえてきた。


「どこか痛むのですか? お嬢様」


開かれた扉から顔を出していたのは、こんなところには不釣合いなメイドさんだった。

突然の登場に涙が引っ込む。


「あらあら、大変ですわ~。さあさあ中へどうぞ~」


そういうと、メイドさんは後ろに回り、私の背中を両手でグイグイと扉の内側へ押し込んだ。


「あっ、あのっ…」


にこにこ笑いながら、強引にいすに座らされ、そのままじっとしていると、温かい紅茶とケーキが目の前に置かれた。


「あのぅ、頼んでないんですけど」


戸惑う私にお構いなしという感じで、強引なメイドさんは、口を開いた。


「ここは、お嬢様のように思い悩んだ方のみに扉が開く摩訶不思議な喫茶店菓恋。そして、これは、秋の新作、あなたの願いを叶える魔法のモンブランです。ぜひお試しください」


そういうと、店の奥へと戻っていった。

一人取り残されて、私は、しばらく固まっていた。

目の前のモンブランをじっと見つめる。

甘く煮た栗をクリームで隠し、見た目もショートケーキなどに比べて地味な印象。そして、ほのかに苦い。まるで自分のようだと思った。

フッと口からかすかな笑いが飛び出す。そして、一口。


「おいしい」


そのモンブランの甘さと苦さに心が落ち着いていく。

冷静になると、本当に自分はひどいことを言ってしまったと、後悔しかない。


窓のガラスに頭をつけ、独り言のようにつぶやいた。


「ごめんね、神谷…」


そういうと、再びから~んと店の扉が開く音がした。

はあはあはあと荒い息とともに入ってきたのは、さきほど、自分がひどい言葉を投げつけた相手だった。


「神谷…」


「山中…」


すると、神谷は私に向かって突然頭を下げた。


「ごめん」


「えっ」


謝るのは自分のほうなのに、わけが分からなかった。

だけど、神谷は、うつむいたまま、謝罪の言葉を繰り返す。


「本当にごめん。山中が迷惑がってんの最初から分かってた。でも、しゃべりたかったんだ。お前と。でも、そんなに嫌がってるなんて、思わなかったから…。お前、キツイこというけどさ、なんだかんだいって、俺の相手してくれるし、優しいから、甘えてた。本当にごめんな」


顔を上げた神谷の悲しげな笑顔に私の胸は締め付けられた。

その痛さに、私は右手で制服の胸元をぎゅっと握り締める。


「もう、二度とお前にまとわりつかないから」


そういうと、右手を上げ、ドアの取っ手に手をかけた。


「じゃあな」


別れの言葉。

出て行こうとする神谷を引き止めることもできずただうつむきながら、涙を流すことしかできない。

心の中では力いっぱい叫んでいるのに…。

行かないでくれと。



そのとき、不思議なことが起こった。


「神谷、好き…」


私の耳に私の声が飛び込んできた。

同時に神谷の歩みも止まる。


彼が振り返り、二人の視線が交錯すると、さらにはっきりと聞こえた。


「本当は迷惑なんかじゃない。話しかけてくれて、うれしかった。大っ嫌い? ううん、違うよ。本当は好きなの。神谷のこと大好きなの…」


自分の口は閉じたまま、未だに言葉が紡げないでいた。

なのに、心の声だけが先走り店中に響き渡っていた。

突然のことに、涙は引っ込み、顔が真っ赤に染まる。対して、神谷は呆然と口を開けたまま、入り口に突っ立っていた。


「ほ…んとうに?」


半信半疑といった感じで、ゆっくりこちらへ近づいてくる。


「今の言葉、本当?」


神谷は座っている私の前に膝をつくと、私の左手を握り締め、再度言ってきた。


「さっきのって…山中の…本心?」


真剣な瞳の彼に私は、否定することなどできなかった。

何も言わない。

それが、意地っ張りで、臆病な私の精一杯の意思表示だった。

その瞬間、神谷の顔に満面の笑みが浮かぶ。


「な~んだ。そっかぁ、俺たち両想いだったんだな」


神谷の言葉が理解できずに目をぱちくりさせた私に彼ははっきりと言った。


「実は俺も、山中が好きなんだ」


そうテレつつ、神谷は私に告白してきた。


「うそっ…」


「本当」


でも、私は信じられなかった。


「絶対、うそ!信じないっ。ていうか信じられない!」


全否定する私に、神谷はむっとした顔を向ける。


「なんでだよ。うそなんか言ってないぜ」


「だって…」


私は、自信なく神谷から視線をそらし、その理由を述べ始めた。


「だって…神谷は、かっこよくて、頭もいい…」


私の口から出た意外な言葉に、今度は神谷の頬が赤くなる。


「クラスの人気者で、みんなから好かれて…。でも私は外も中も地味で平凡な『おさげ眼鏡』。神谷に釣り合うのは国生さんのような人。女として何の魅力もないそんな私を神谷が好きになってくれるなんて、信じられるわけない!」


「確かにな」


神谷は、静かに私の言い分を肯定するような言葉を口にした。


「あのときまで、お前は俺にとって名前だけかろうじて分かるぐらいのクラスメートでしかなかった」


「あのとき?」


「ああ」


そして、楽しげに、かつ懐かしそうに当時のことを語りだした。


「今年は、めちゃくちゃ暑かったよな。夏休みが終わっても、我慢できないくらい。だから、いつもなら寄り付かない図書室に避難したんだ。あそこは職員室以外で唯一クーラーが効いてる部屋だから…」


神谷の話に私も思い出した。初めて言葉を交わした日のことを…。





『うぉぉぉぉ~。生き返る~』


『図書室に来て、正解だったな~光輝』


『教室になんて、いられるかっ! まるで蒸し風呂だぜ』


『言えてる。言えてる』


神谷とその取り巻きはぎゃははははと周りを気にせず大声でしゃべっていた。

そんなやつらを私は、許せなかった。

本など読む気もないくせに、神聖な図書室に居座り、あまつさえ周りの迷惑も考えずギャーギャーわめく彼らのことが。

そして、図書室を預かる図書委員の使命感もあった。

私は、今にも爆発しそうな怒りを抑え、神谷たちに言った。


『ここは、静かに本を探したり、読んだりするところです。他の人の迷惑になるので、本に興味がないなら、出て行ってくれませんか?』


『ああ~。うるせーな。あっちいけよっ。ドブス』


神谷の取り巻きの一言に私はキレた。

小柄な身体に似合わぬ力強い腕でそいつの襟首をつかむと問答無用で、図書室の外へと追い出したのだ。


『迷惑だっていってんの! 一回で理解しなさいよ! このボケナスが!』


言うだけ言うとピシャリと扉を閉めて、鍵をかけた。

それから、神谷たちのところへ戻ると、両腕を組んで、詰め寄った。


『本を読む気がないなら、即刻出て行って!』


ビシッと指差した先には出入り口。

自分の行動が予想外だったのか、目をまん丸にして、驚いていた神谷は素直に謝った。


『悪かった。今から静かにしてる』


だが、腹の虫が治まらない私は徐々に顔を近づける。


『それだけ~?』


『いえっ、本も読ませていただきます』


無言でじっと見つめていると、その圧力に耐え切れなくなったのか、神谷はさらに言葉を重ねてきた。


『俺、あんまり本とか読まねぇから、おススメを教えていただけないでしょうか』


その愁傷な態度と提案にいくらか気をよくした私はようやく彼らをいくらか許した。


『よし、私が何冊か取ってくるから、静かにそれを読んでおとなしくしてること! 分かった?』


『了解しました』





それが、きっかけだった。


「あれは強烈だったなぁ」


思い出し笑いをする神谷に対して、私は恥ずかしさに背を丸めていた。


「おとなしい女だと思ってたのに、気が強いし、口が悪いのなんのって! クラスにいるお前は地味で暗い印象しかないのに、図書委員のお前は全然違う。そんなお前に興味がわいたんだ」


そして、笑いを引っ込めて真剣な瞳で私を見つめる。


「それから、毎日図書室に通った。お前のことが知りたくて、お前が薦める本を読み漁って…。そのうち気がついた。ああ、俺はこいつが好きなんだって」


「怒鳴られて好きになるなんて、変よ。そんなの…」


なおも足掻く私に、ため息をつきつつ、両手で無理やり自分の方へと顔を向けさせた。


「お前が、信じるまで、何度でも言うぞ。俺はお前が好きだ」


そういって私の口の端についていたモンブランのクリームを舌で舐め取った。


「なっ!」


神谷を見ると、いたずらっ子のような表情で私を見ていた。

そのとき今度は神谷の声が店に響く。


「俺は山中 花が好きだ。本当に好きなんだ」


神谷はぎょっとする。しかし、その声は止まらない。


「好きだ、花。信じてくれ。花、好きだ。好きなんだ」


『好きだ好きだ』といい続け、止まらない熱烈な告白に神谷は真っ赤だ。

そんな様子に自然と笑みがこぼれる。

くすくす笑う私を不満げに神谷はにらむ。


「笑うな」


「だって」


どかっと私の向かいの席に座り、頬杖をつく神谷は幼く見えた。

その二人の間に皿が置かれる。皿の上に陣取っているのは『モンブラン』。

メイドさんがにこやかに説明する。


「こちら、当店自慢の新作スイーツ、魔法のモンブラン。あなた方の願いを叶えます。ぜひお試しください」


お互いに顔を見合わせ、笑いながら、願いをかける。


『幸せになれますように』





―次の日―

ここは、学校の図書室。私の大切な場所。今日も私は本を読みに訪れた。大切な彼と一緒に。


「この本はね。ミステリーだけど、登場人物が個性的で結構読みやすいよ。それに、ストーリーがすごくいいの。最後は大どんでん返しだし、今一番のおススメ~って聞いてるの?」


仲良く隣の席で一つの本を挟み、神谷に熱弁をふるう私。

だけど、神谷は頬杖をつきながら、本ではなく私のおさげをずっといじっている。


「ん~? 聞いてるよ~」


そんなふうには全く見えない。


「もう、触らないで!」 


神谷の手からおさげを奪い返すと、べーっと舌をだし、くるっと背を向け、本を読み出した。

お気に入りのおさげを奪われ、不満の神谷の瞳がきらりと光る。

後ろから手を伸ばし、私からすばやく本を奪ったのだ。


「何すんのよ!」


怒った私が、神谷の方へと振り返ると、すばやく顔を近づけてきた。

見開きの本の裏で重なり合う唇。ゆっくり離れると、神谷が舌をだし、言った。


「仕返し」


その後、顔が真っ赤に染まった私に、平手打ちを食らったのは言うまでもない。





                                          完



花は私が作ったキャラの中でも1、2を争うほど好きなキャラです。短いお話ですが、楽しんでいただけたらうれしいです。

この菓恋シリーズはできれば続けたいなぁと思うので、新しいお話が更新されましたら、またよろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
[一言] キャラクターが魅力的で良かったっす。このキャラクターでもう何作か読みたいです。
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