四華物語4
「ー屍人が来たぞ!!」
夜、大声で目が覚めると、貴珠は素早く身じたくして、邸の入口に向かう。
すでに父親の王清康をはじめ、母親の王白英、兄の東吾、姉の王蓮如、それに任侠の仲間が揃っていた。
「屍人が出たって?」
真剣な面持ちで言うと、清康が深くうなずく。
皆、武装しており、退治に行くのは間もなくだった。
「俺も行く。行って、民を守る」
「駄目だ。お前は邸にいなさい」
「嫌だ。ついて行く」
清康と貴珠の睨み合いが続いたが、そんなことをしている場合ではなかった。
「ー行くぞ、皆」
「おー!!」
どすの効いた声が、邸の入口に響く。
もちろん貴珠も行くつもりだった。
ついて行こうとすると、母親の白英が止めに入る。
「あなたは駄目と言われたでしょう?」
「じっとなんかしていられない。一人でも多くの民を救わないと」
「あなたがやられたら、どうするの?」
「大丈夫。毎日、鍛えているから。行って来ます」
白英の手をすり抜けると、厩舎へ向かう。
「おい、貴珠。お前は残れって言われなかったか?」
「さあ? 何の話だ?」
はぐらかすと、馬も興奮しており、甲高い声が響く。
ーこの暴れ馬を乗りこなせるのは、俺だげだ。
手綱を掴むと、兄の東吾も馬を出してくる。
「いいか。危ないと思ったら、逃げろ。相手は化け物なんだから。分かったな?」
「ああ、分かった。でも仲間を見捨てることはしない」
強く宣言すると、東吾が眩しそうに目を細める。
貴珠は馬に乗ると、東吾の後について行く。
「姉上は?」
「うちに残るに決まっているだろう? 女なんだから」
「兄上、失礼な一言が多い」
「全く。お前くらいだ。屍人を怖がらずについて来るのは」
「俺も怖いよ。でも誰かがやらなければならないことだ」
手綱をぐっと掴むと、「ついて来い」とばかりに、東吾の馬が走り出す。
ー早く助けないと。
自分に何ができるか不明だが、今は屍人を倒すことを考える。
「ーきゃあ!!」
悲鳴が上がり、見れば、屍人が民に襲いかかっている。
皆、しっかり戸を閉めて息を潜めているのに、逃げ遅れたのだろうか。
屍人は喉に食らいつき、血をむさぼり飲む。
骨の集団は鳳凰に焼かれたせいか、いつも血に飢えているようだった。
ーあれが、屍人…。
初めて見る相手に対して、ぶるりと身体が震える。
しかし引き返すわけにはいかなかった。
「ー覚悟しろ!!」
剣を鞘から出すと、屍人に向かっていく。
東吾の「おい!!」という声が聞こえたが、無視して突っ込んでいく。
「えい!! とう!!」
弱点である首を狙い、はねていく。
辺りには血をむさぼられた民がおり、哀れな姿に哀悼の意を込める。
ー元は人間のはずなのに、何故、人間を襲う?
どういう仕組みなのかは知らないが、焼き殺されたのなら、そのまま眠りにつけばいいのにと、思ってしまう。
ーでも今は人助けのほうが先だ。
ごちゃごちゃ考えるよりも、剣を振るっていく。
仲間も戦い始め、清康や東吾も剣を繰り出す。
「ぎゃあ!!」
仲間の一人が襲われているのを見、貴珠は駆け出す。
「この…!!」
首に刺すと、そのまま力ずくでもぎ取る。
屍人は倒されると灰となり、闇の世界へと飲まれていく。
「大丈夫か?」
「だ、大丈夫っす。すいません」
「謝るな。お前は悪くない。それよりも痛かったら下がっていろ。分かったな?」
仲間がうなずいたので、貴珠は馬を旋回させる。
清康の部隊は大勢いるので、もう屍人の数は残り少なかった、
皆、血を流したり、逆に屍人を倒したりと、もう戦場は乱れていた。
ーこれが戦いの場か。人間対人間とは違う。
相手が武器を持った化け物なだけに、容赦する必要はなかった。
しかし負けた場合、人間のように捕虜になることはなく、即死を意味するので、気をつけなければならなかった。
「地獄へまいもどれ!!」
貴珠は冷静に戦況を読み、一体ずつ相手をしていく。
屍人は馬にも噛みついており、いななきがする。
貴珠は「どう」と言い、回転すると、馬の血を吸っている屍人に直撃する。
屍人は口から血を垂らしており、貴珠が嫌悪感を抱くと、一刀両断する。
屍人は灰にきし、馬は助かったたばかりに、元気を取り戻す。
「もうそろそろいいな」
清康の声に、皆、動きを止める。
どうやら屍人は散るか、闇の中に溶け込んでいったかで、もう危険な状況は過ぎていた。
ー終わったのか?
貴珠は周りを見回すと、負傷した者、血を吸われて亡くなった者など、血の匂いが濃かった。
貴珠は自分は運がいいと思ったほとだった。
ーこれが戦いか。
初陣といえば初陣なので、戦の悲惨さを知る。
民も気になるのか、戸を少し開けて見てくる。
月明かりに照らされた戦場は、白い光とともに、安堵と悲惨さといり乱れていた。
「貴珠!! 大丈夫か?」
東吾は無事だったようで、馬を寄せてくる。
貴珠は素直にうなずくと、ぽろりと零す。
「戦いは何も生まないな」
確かに安全は確保できたが、またいつやって来るか分からない。
その緊張感が貴珠を包み込んでいた。
心臓がうるさいくらい高鳴る。
「そうだな。戦いは人間を人間でなくさせる。虚しいものだ」
東吾が剣をしまったので、貴珠も剣を振るって鞘におさめる。
ー伝説の炎刀があれば…。
願っても、どうしたらいいのか分からない。
方丈の山奥に住むという仙人に会いに行かなければならないのだろうか。
「兄上、いつか方丈を登りませんか?」
「は? お前、何を言っているんだ? 今の生活で満足だろう?」
「そうなんですが、皆がやられたり、民が襲われたりするのは、見たくないんです。だから方丈の龍と鳳凰に会いに行ったらいいかと思いまして」
「やめておけ。お前も屍人になりたいのか?」
「嫌です。絶対に屍人には、なりません」
「うーん、こいつは頑固だからな。…ま、とりあえず仲間の手当てをしてやろうぜ」
「はい。…、お前もお疲れ様」
馬の首を撫でてやると、鼻息荒く、前足をあげる。
貴珠は手綱を力いっぱい引っ張ると、馬を諌める。
「こら。もう興奮しなくていい。それよりも傷ついた者や、亡くなった者を助けるぞ。分かったか?」
馬は分かっているらしく、ぶるると声を上げると、大人しくなった。
「貴珠!! お前は…ついて来るなと言ったのに!!」
清康に見つかり、まずいと顔を顰めると、申し訳なく言う。
「どうしてもじっとしていられなくて。力があるなら貸したほうがいいに決まっているでしょう?」
「あのな…。今日はたまたま勝てたからいいものの、次はどうなるか分からないんだぞ? 分かっているさのか?」
「それは…」
戦い慣れた清康に「分かります」とは、答えられなかった。
黙っていると、手のひらに花が落ちてくる。
「ー桜…? …わ」
天が祝福するように、桜の花びらが暗闇を消し去ってくれる。
他の皆も見惚れており、神からの贈り物だと教えてくれているようだった。
ー桜は母胎のようだ。
優しく、穏やかに、皆を包みこんでくれ、安心感を与えてくれる。
ふうと貴珠の興奮も冷めていき、馬を降りて負傷した者のところへ行く。
「大丈夫か?」
声をかけると、月明かりがまるで昼間のように、照らしてくれ、貴珠は救われた思いだった。




