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コメディー短編(異世界恋愛)

留学から帰ってきた婚約者は、ゴリラのように笑う

作者: 多田 笑
掲載日:2026/09/07

少しでも笑っていだだけたら嬉しいです。

 俺は、侯爵家の嫡男、エリック・レイフォード。


 俺には婚約者がいる。彼女の名前は、カリナ・モンスワード。俺たちがまだ幼い頃、親同士が勝手に決めた婚約だった。


 え? 不満なのかって?


 まあ、最初はそう思っていたさ。


 自分の結婚相手を、自分で選べない。

 それがどれほど辛いことなのか──幼いなりに、俺にはよく分かっていた。


 自分の人生なのに、どうして親に決められなきゃいけないんだ!!


 何度も、そう思ったさ。


 けれど、成長するにつれて、それが仕方のないことだと理解するようになった。


 俺たちの婚約は、政治的な意味を持つ、両家の同盟。


 レイフォード侯爵家。

 モンスワード伯爵家。


 両家がこれからも末永く繁栄していくための婚約。


 ならば、侯爵家の嫡男として、その役目を果たそう。俺が我慢すればいいだけの話だ。それで両家が安泰し、領民たちも幸せに暮らせるのなら──。


 その犠牲を甘んじて受け入れよう。

 それが侯爵家嫡男としての使命なのだから。




 ……というのは、建前だ。


 俺はカリナに心底惚れている。

 いや、もう「惚れている」なんて言葉では足りない。


 大好きだ。

 めっちゃLOVE!


 だって、可憐で可愛くて、優しくて、何でもできるんだぞ?


 刺繍も上手い。

 勉強もできる。

 礼儀作法も完璧。

 料理だってできる。


 しかも、人に対する気遣いまで完璧ときた。


 本当に、マジで、誠に可愛い。


 笑い方だって、「ウフフ……」とか「オホホ……」とか。いかにもおしとやかな令嬢という感じで、これがまた最高なんだ。


 そんな彼女は多くの貴族たちから憧れの的になっている。男性からだけではない。女性からもだ。


 当然だろう。

 あんなに可愛くて、頭も良くて、性格まで良いんだから。


 ……俺の婚約者、最高じゃないか?


 そんなカリナは、三年前、留学のためにこの国を離れた。他国の進んだ制度や文化を学び、将来、俺が侯爵家を継いだときに支えてくれるためだ。


 もちろん、俺も応援した。


「頑張ってこい。三年なんて、あっという間だ」


 なんて、カッコつけて送り出した。

 本当は、死ぬほど寂しかった。


 でも、いいんだ。


 カリナなら、三年後には今よりもっと素敵な女性になって帰ってくる。


 そう思って、俺は耐えた。

 三年間、一度も会えなくても耐えた。


 カリナから手紙が届くたび、それを何度も読み返した。そして読み終えた手紙は、枕の中に入れた。


 捨てるなんて、とんでもない。

 むしろ食べたい……あ、嘘、嘘。


 三年間で届いた手紙は、約二百通。

 その結果、俺の枕は少しずつ固くなっていった。


 最初はふかふかだったのに、今ではもう、枕というより書類の束に近い。枕としての機能を完全に失っているかもしれない。


 だが、そんなことはどうでもいい。


 これは、カリナが俺にくれた愛情の証なのだから。そう思えば、枕が多少ゴツゴツしていたところで、なんてことはない。


 まあ、寝返りを打つと手紙の角が頭に刺さるけどな。


 でも、そのおかげで、俺は、三年間耐え抜けた。


 そして、いよいよカリナが帰ってくる。


 三年間、ずっと待ち続けた俺の婚約者が、もうすぐ帰ってくるのだ。



 その日、モンスワード伯爵邸では、カリナの帰国を祝うパーティーが開かれていた。


 俺は、妙に緊張しながら伯爵邸へと向かう。


「お義父様! カリナは……カリナはどこに!?」


 屋敷に着くなり、俺はモンスワード伯爵のもとへ駆け寄った。


「ああ、あそこにいるよ」


 伯爵が指差した先に、カリナがいた。


「カ、カ、カ、カリナ……、久しぶりだね……」


 平静を装いながら、俺は彼女の背後から声をかける。金色の髪を揺らし、カリナが振り向いた。


 か、かわいい~!!!


 そこにいたのは、三年前と変わらないカリナだった。


 透き通るような白い肌。

 美しい青い瞳。

 抱きしめれば、そのまま折れてしまいそうなほど華奢な身体。


 俺が毎晩夢に見ていたカリナそのものだ。


 そして彼女は、俺の姿を認めると──


 ガシッ!


「……え?」


 いきなり俺に抱きついてきた。


 な、なんて……情熱的なんだ!!

 三年だもんな。三年間、一度も会えなかったんだ。そりゃ、積もり積もった想いもあるだろう。俺だって、今すぐ抱きしめ返したい。


 だが──


「……ん?」


 ギュウウウウッ!


 抱きしめる力が、どんどん強くなっていく。


 あれ? ちょっと待って。


「カ、カリナ……?」


 ギュウウウウウッ!


「い、痛い! 痛い痛い痛い! カリナ、ちょっと……!」


 ギュウウウウウウッ!


「い、痛、いだだだだだぁぁぁぁぁ!!」


 骨が軋み身体が押し潰されそうだった。

 愛情というより、もはや拷問。


「ぎ、ぎぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」


 俺が悲鳴を上げると、周囲からも悲鳴が上がった。


「カリナ! 離しなさい!」


 伯爵が慌てて駆け寄り、カリナを俺から引き離す。


「はぁ……はぁ……」


 俺はその場に崩れ落ち、必死に酸素を取り込んだ。


 危なかった。

 もう少し遅かったら、俺は三年ぶりの再会を果たしたその日に、この世を去っていた。


「エリック様、お久しぶりですわね」


 カリナが俺に微笑みかける。


 そして──


「ウホッ、ウホッ」


「…………」


 ん? ……今、何て言った?

 聞き間違いか?

 き、きっとそうだ。


 俺は三年ぶりの再会で緊張している。

 そして、たった今、死にかけた。

 だから、何か別の言葉を聞き間違えたに違いない。


「どうかされましたか、エリック様? ウホウホッ」


 カリナが微笑んでいる。 聞き間違いではなかったようだ……。


 そ、そうだ!


 以前のように「ウフフ……」とか「オホホ……」と笑おうとしたのだろう。三年も他国にいたのだから、久しぶりに母国語を話して、ちょっと発音を間違えてしまったのだろう。


 カリナは青い瞳で、じっと俺を見つめている。


「…………」


「ウホ?」


「…………」


「ウホホッ」


 やっぱり、ウホって言っている……。


「た、他国の言語を使っていたから、母国語を少し忘れてしまっているのだろう……」


 見かねた伯爵が、慌ててフォローを入れる。


「そ、そうですよね、お義父様!」


 俺はすかさず同意。


 よ、良かった~、安心した~。

 カリナがゴリラになったのかと思ったぜ!

 エリックってば勘違い、テヘペロ。


「カ、カリナは長旅で疲れているようなので、今夜はこの辺で……」


 伯爵が俺に告げる。

 そして、カリナのほうへ向き直った。


「さあ、カリナ。皆さんへの挨拶も済んだし、部屋に戻りなさい」


「はい、お父様」


 カリナは素直に頷いた。


 そして──


「ウホ、ウホウホッ」


 そう言い残すと、優雅に……いや、妙に力強い足取りで部屋へと戻っていった。



 翌週。


 俺はカリナに会う。


「ウホッ」


「…………」


 な、なんか、前よりごつくなってないか?

 首が太く、肩幅が広い気がする……。いや、そんなはずはない! きっと気のせいだ。


 その翌週。


「ウホウホッ」


「…………」


 もみあげが太くなっていた。


 さらに翌週。


「ウホッ」


「…………」


 腕毛が濃くなっていた。


 おかしい。絶対におかしい。

 俺の知っているカリナは、もっと華奢で綺麗な白い肌だったはずだ。


 そして極めつけ。


 俺がカリナと一緒に歩いていると──


 ドンドンドンドンドンッ!


「ウホォォォォォッ!」


 カリナが突然、胸を叩き始めた。


「…………」


 俺は確信した。

 やっぱり、こいつ……ゴリラだ。



 俺は伯爵のもとへ駆け込んだ。


「お義父様! 説明してください!」


「…………」


「カリナは一体、どうなっているんですか!?」


 伯爵はしばらく黙っていたが、やがて深いため息をついた。


「……エリック殿。すまない」


「え?」


「実は……カリナは、他国の王子と婚約した」


「…………え?」


 頭が真っ白になった。


「君の父上も、その王子から十分な慰謝料を受け取り、すでに納得している」


「……俺だけ、知らなかった?」


 伯爵が目を逸らす。


「なかなか君には言い出せなくてね……。それで、ゴリラに魔法をかけて、カリナに見せかけていたんだ……」


 伯爵は、観念したように告げた。


「じゃ、じゃあ……あれは?」


「ゴリラだ」


「ウホウホ言ってたのも?」


「ゴリラだからな」


「ドラミングも?」


「ゴリラだからな」


「最近、どんどん毛深くなったのも?」


「魔法が弱まってきたんだろう」


「…………」


 俺は天を仰いだ。三年間、俺が待ち続けた婚約者──カリナは……ゴリラだった。


 いや、待てよ……。


「あの手紙は……カリナからの手紙は?」


「……私が書いていたんだ」


 伯爵がうつむきながら答える。

 もう、何も言葉が出てこなかった。


 するとそこへ、カリナ──否、ゴリラが現れる。もう、ほぼゴリラ。金髪のカツラを被り、ドレスを着ているゴリラだ。


「ウホッ」


 ゴリラは俺の前までやってくると、つぶらな瞳で俺を見つめた。


 潤んだ瞳、優しい微笑み。


 ドキン!


 か……かわいい……かもしれない。


 いや! 何を考えているんだ、俺は!!

 相手はゴリラだぞ!?

 かわいいと思うなんて、どうかしている!


 でも、こいつも被害者なんだよな……。


 勝手に魔法をかけられて。

 勝手にカリナの姿にされて。

 勝手に俺の婚約者にされて。


 それでも、俺にウホウホと笑いかけ続けてくれた。


 俺はゴリラの頭に、そっと手を置く。


「お前も……大変だったんだな」


「ウホ……」


 ゴリラが、嬉しそうに目を細めた。


 その瞬間、ゴリラと過ごした日々が、走馬灯のように脳裏を駆け巡る。


 俺は、ゴリラの手を握った。


「お義父様……俺……」


 俺は静かに、伯爵へ告げた。


「この子と結婚します」


「へっ?」


 伯爵が変な声を上げる。


「ウホッ!?」


 ゴリラも驚いたように目を見開く。


 俺はゴリラを見つめた。


「こいつは何も悪くない。だったら俺が責任を取る」


「ウホ……」


 ゴリラの目から、一筋の涙がこぼれた。

 俺はその涙を指で拭う。


「これからも、よろしくな」


「ウホォ……」


 こうして俺は、ゴリラと結婚した。



 数年後。


「ウホッウホッ、ウホー!」


「今から行くよ!」


「ウホウホ!」


 あの日、俺が待ち続けた婚約者は帰ってこなかった。だけど──


「ウホッ」


「ははは。お前、本当に可愛いな」


 俺は今、愛する者と森の中で幸せに暮らしている。

ちなみに、ドラミングで大きな音が出せるのは、大人のゴリラのオスだけらしいです。


最後までお読みいただきありがとうございます。

誤字・脱字、誤用などあれば、誤字報告いただけると幸いです。

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― 新着の感想 ―
ゴリラ似の婚約者の話かと思いきや、完全に意表を突かれましたね。 エリックが幸せであるならば、もはや言うべきことはありません。 最後のシーンでは、蔓に掴まって森の中を移動するエリックの姿が目に浮かんでし…
なにこれwwwwwwww
あの手紙は伯爵が書いていただと!?(爆笑) ゴリラはメスだったのでしょうか⋯⋯そこだけはめちゃくちゃ気になります(笑)
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