異世界郵便配達員
佐藤悠斗、二十四歳。日本の地方都市で働く、ごく普通の郵便配達員だった。
ある日、いつものように原付で配達し終わり、帰宅しようとしていたところ、突然視界が真っ白になり、気がつけば石造りの大広間に立っていた。円形の魔法陣、周囲を囲むローブ姿の老人たち、そして玉座に座る王様。典型的な異世界召喚である。
「勇者よ! 我が国を救いたまえ!」
王様の隣にいた美少女(自称・勇者パーティメンバー候補)が、キラキラした目で悠斗を見た。しかし、すぐに水晶を手にした神官が首を振る。
「この者……スキルは『郵便配達』……?」
会場が静まり返った。次の瞬間、悠斗は衛兵に腕をつかまれて城の外に放り出された。
「役立たずは帰れ!」
門がバタンと閉まる。残されたのは、見知らぬ街路と、頭の中に響くステータス画面だけだった。
【スキル:郵便配達 Lv1】
・郵便物を確実に届ける
・道に迷わない
・郵便物を多く持ち運べる
「……マジかよ」
仕方なく冒険者ギルドへ行ってみると、ちょうど「荷物運び」の依頼が山積みだった。
「街から街へ、薬草を百束運んでくれ。報酬は銀貨二十枚」
普通の冒険者なら荷車を引いて何日もかかる距離を、悠斗は半日で届けた。スキルのおかげで道に迷わず、しかも荷物が「ポケット」のように無限に収納できる。報酬は通常の荷運びの何倍にもなる。何とか暮らして行けそうだった。
その日から、悠斗は異世界で「配達屋」として生計を立て始めた。スキルはみるみるレベルアップし、Lv5でこうなった。
【スキル:異空間収納ストレージ】
【スキル:完全マッピング】
もう完全にチートである。
ある雨の夜、路地裏で倒れている少年を見つけた。同じ召喚者の服を着ている。顔を見るまでもなく、同時期に召喚された日本人の一人だとわかった。名前は高橋翔太、十七歳。勇者候補から脱落し、城を追い出されたらしい。
翔太は血まみれで震えていた。
「……俺、もうダメだ……」
震える手で差し出されたのは、一通の封書だった。
「これ……日本に、帰れたら……投函してくれよ……」
宛先は、日本のとある高校と、女性の名前。
「好きな子に……告白したくて……でも、勇者になれなくて……」
悠斗は黙って手紙を受け取った。
その夜、スキルがまた進化した。
【スキル:指定座標転移(宛先ジャンプ)】
――手紙の宛先へ、即座に移動できる。
試しに手紙を握りしめてスキルを発動すると、視界が歪み、次の瞬間、悠斗は日本の住宅街に立っていた。
夜の十時。コンビニの明かりが眩しい。場所は確かに日本、しかも自宅から自転車で十分の距離だった。
「……帰れた」
とりあえずポストに手紙を投函した。カサッ、という音が妙に懐かしかった。
しかし、翔太の顔が頭から離れない。あの怪我、放っておいたら本当に死ぬかもしれない。
悠斗はドラッグストアに駆け込み、消毒薬、包帯、鎮痛剤を買い込む。さらにコンビニでカップラーメン、ポテチ、チョコ、週刊少年雑誌最新号までカゴに放り込んだ。ストレージがあるから重さなんて関係ない。
そして、簡単な手紙を書いた。
『高橋翔太様
日本に帰れました。手紙はちゃんと届けておきました。
とりあえずこれ、回復するまで食べてください。
佐藤悠斗(郵便配達員)』
封筒に翔太の名前を書いて、スキル発動。
――次の瞬間、雨の路地裏。翔太が倒れている場所に戻っていた。
「うわっ!?」
翔太が目を丸くする。悠斗は無言で荷物を置き、手紙を渡して、また日本へジャンプした。
それから一週間。
翔太からの返事が届いた。いや、正確には「届いてしまった」。
日本の自宅ポストに、異世界の紙で書かれた手紙が入っていた。
『佐藤さん! 生きてます! 怪我全然大したことなかった!
雑誌、めっちゃ面白かったです! 次は単行本お願いします!』
どうやらスキルがまた進化したらしい。
【スキル:ポストリンク】
――設置したポスト同士は繋がる。
悠斗は異世界のあちこちに小さなポストを設置し始めた。冒険者ギルドの軒先、王都の路地、森の中の隠れ里……そして、勇者パーティが滞在しているという王城の裏庭にも、コッソリと。
日本では普通に郵便局の仕事を続けている。数日無断欠勤したが、上司は「熱でも出したんだろ?」と心配してくれただけで、クビにはならなかった。むしろ「最近顔色いいな」と言われる始末。
今では、朝は日本の配達、昼過ぎに異世界へジャンプして依頼をこなす、という二重生活だ。
翔太はすっかり元気になり、あの女子高生と文通しているらしい。
「もう十往復以上してる!」と嬉しそうに報告してくる。
ある日、街で引っ越しトラックを見かけた。
荷台に家具を積み、助手席にはお客さんが乗っている。引っ越し先まで一緒に連れて行ってあげるサービスだ。
悠斗はふと思った。
――もし、郵便配達のスキルがもっと進化したら……
手紙じゃなくて、人を「配達」できる日が来るかもしれない。
そのときこそ、異世界に取り残された召喚者たちを、日本に連れて帰れる。
「……副業、引っ越し屋でもやってみるか」
悠斗は原付に跨りながら、ニヤリと笑った。
ポケットの中には、今日も異世界からの手紙が何十通も入っている。
届ける相手は、異世界の誰かだったり、日本の誰かだったり。
どちらにせよ、届ける。それが彼の仕事だ。
異世界郵便配達員、佐藤悠斗。
今日も、二つの世界を往復する。




