表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/32

第二章 初任務の影(外務省内部の緊張)

午後四時。

外務省情報課の廊下は、書類の匂いと湿った紙の音で満ちていた。

人の声は抑えられ、どの部屋の扉も半分ほど閉じられている。

外から見れば秩序そのものだが、

その静けさの下では、確かに何かが蠢いていた。


藤堂と柊は二手に分かれ、

藤堂は通信室の記録棚を、柊は庶務課の書類庫を調べていた。


記録棚の最下段。

通信記録台帳の中に、一冊だけ新しい背表紙の帳簿が混ざっていた。

紙の質が違う。

触れると、表面が少し湿っている。


――“書き直された”記録だ。


帳簿を開くと、22時台の欄が白紙になっている。

だが、紙の裏には薄く鉛筆の跡が残っていた。

藤堂はポケットから定規を取り出し、

光に透かして文字を浮かび上がらせる。


22:48 第一課端末13号 送信完了


高峰の言葉が頭をよぎる。

「内部端末からの発信」――あれは本当だった。


「……これは、内部の誰かが消した」


背後から声がした。

「見つけましたか?」


柊が立っていた。

彼女の手には封筒が一枚。

「庶務課の金庫にこれが入っていました。

 “保存不要文書”として処分予定だったものです」


封筒を開くと、中にはコピーの断片が二枚。

通信記録の写しと、照会申請書。

申請者の欄には、確かに「若槻智久」と書かれている。


だが、その下に重ねて打たれた別の印影があった。

“再承認:桜機関 第一課”


藤堂は息を詰めた。

「……我々の機関の印だ」


柊は表情を変えずに言う。

「外務省だけではない。

 あなたの上官の誰かが、この通信を通した可能性があります」


「内部協力……ですか」

「“協力”というより、“利用”ですね」


柊は淡々と続ける。

「若槻は単なる媒介だった。

 外に漏れたのではなく、

 最初から“外へ流すため”に仕組まれた通信だったのかもしれません」


藤堂は黙り込んだ。

若槻が話していた“情報共有による平和”――

それすらも、上層部の政治的操作に利用されていたのか。


その瞬間、廊下の奥で足音がした。

扉の影から職員が顔を覗かせ、

ふたりを見ると、すぐに姿を消した。


柊が低く呟く。

「……監視されていますね」


「外務省の職員ですか?」

「いえ。視線の角度が違う。

 ――桜機関側の人間でしょう」


一瞬、空気が凍った。

同じ組織に属していながら、

誰が味方で誰が監視者なのか、もうわからない。


柊は封筒を藤堂に返し、

静かに言った。

「この件は私が報告します。あなたは黙っていてください」


「なぜです」

「あなたはまだ“新任”です。

 報告すれば、上は真っ先にあなたを切り捨てる。

 ――そういう組織です、ここは」


藤堂は返す言葉を失った。


ふたりは何も言わず、庁舎を出た。

外は夕刻。

雨脚が強くなり、車道の水たまりに街灯が揺れていた。


藤堂は手の中の封筒を見つめる。

桜機関の印が、雨に滲んでいる。


「敵は外にいない」

高峰の声が、再び耳の奥で響いた。


「誰かが“正義”と言えば、

 その瞬間に隠すべき書類が生まれる。」

― 外務省庶務課・匿名メモ

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ