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第二章 初任務の影(外務省での調査開始)

翌朝、帝都は薄い曇り空だった。

霞ヶ関の官庁街を抜け、藤堂と柊は外務省庁舎へ向かった。

通りには黒塗りの公用車が並び、門衛の前には重い空気が漂っている。


桜機関の通行証を提示すると、守衛が一瞬だけ表情を曇らせた。

「……こちらへどうぞ」

その口調には“察し”の色があった。


外務省情報課の部屋は三階。

古い建物特有の木の床が軋み、廊下には紙とインクの匂いが混ざっていた。

扉を開けると、数人の職員が資料の山に囲まれていた。


その奥で、若槻智久が立ち上がる。

三十代前半、細身で整った顔立ち。

眼鏡の奥の目は、思っていたよりも穏やかだった。


「桜機関から来られた方ですね。

 若槻です。ご足労いただき恐縮です」


礼儀正しい口調だった。

藤堂が名乗りを上げると、若槻はすぐに笑みを見せた。


「ご心配なく。

 こちらも同じ国のために働いているのですから」


その言葉に、柊がわずかに眉を動かした。

彼女の視線は常に相手の手元と机上の書類に向けられている。

敵を見る目だった。


藤堂は淡々と応じた。

「本日は通信記録の照会に伺いました。

 ここ数日の発信履歴を確認したいのです」


若槻は頷き、机の引き出しから分厚い帳簿を取り出した。

「こちらが通信記録台帳です。

 ですが、昨日の分だけは……整理中でして」


「整理中?」柊が即座に問い返す。

「はい。昨夜、通信室で一部の記録が欠落していたようで。

 技術局が再計測を行っています」


淡々とした返答。

しかしその口調の端に、わずかな違和感があった。


高峰から渡された暗号紙が、藤堂の脳裏に浮かぶ。

――22時48分発信。外務省地下回線。


「昨夜の記録が欠落、ですか。

 発信時刻はご存じですか?」


「二十二時頃だったと聞いています」

若槻は少し考え、眼鏡を押し上げた。

「ただ、夜間当直が不在でしたので、確かなことは……」


藤堂は短く頷く。

柊が記録を写し取り、若槻の署名を求める。

その手際は滑らかで、隙がない。


作業が終わると、若槻が声を落とした。

「少尉。

 あなた方は……私を疑っているのですか?」


藤堂は一瞬、答えに詰まった。

だが、柊が先に言った。

「我々は事実を確認するだけです」


若槻は苦笑を浮かべた。

「事実――。

 事実というのは、誰の手に渡るかで形を変えるものですね」


その言葉が、部屋の中で静かに響いた。


柊は何も言わず、書類を閉じた。

「以上です。失礼します」


扉を出る直前、藤堂はもう一度若槻を見た。

彼の目には怯えも、焦りもなかった。

ただ、何かを覚悟しているような静かな光があった。


廊下に出ると、柊が低く言った。

「……穏やかすぎますね」


「ええ。

 疑われている人間の反応ではない」


二人は並んで歩きながら、階段を下りた。

窓の外には重い雲が垂れこめ、

外務省の屋根に落ちる雨粒が音を立て始めていた。


藤堂は胸のポケットの紙片をそっと押さえた。

――「13号端末」。

高峰の声が、耳の奥でかすかに響く。


「内側の発信なら、敵は外にいない。」


「事実は誰の手にも渡らない。

 渡るのは、“解釈”だけだ。」

― 外務省記録課・匿名発言

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