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第四章 光なき協定(新体制下の命令)

桜機関本部・第二会議室。

午後の薄暗い光が、窓のブラインドを縞模様に染めていた。


机の上には、外務省との新協定文書が積み上がっている。

分厚い紙束の背表紙には、黒いゴム印で「統合通信管理」と記されていた。


結城中佐は、それを指先で叩きながら言った。

「これが、我々の新しい戦場だ」


藤堂は姿勢を正した。

「……陸軍と外務省の情報を、一本化する、という話でしたね」


「そうだ。

 外交電文、報道原稿、記録文――そのすべてが軍の監査対象になる。

 “情報”とは、もはや軍需物資と同じだ。」


「では、我々の任務は?」


結城は紙束から一枚の報告書を抜き取り、藤堂に差し出した。


《外務省関係者および報道各社職員 監視対象リスト》


藤堂がそれを見た瞬間、指先がわずかに動いた。

見覚えのある名前があった。


――一ノ瀬純。


「彼女も、対象ですか」


結城は答えなかった。

ただ、淡々と続けた。

「統合後、外への情報流出は最も警戒すべき行為だ。

 “記者”という存在は、平時には必要だが、有事には毒となる。

 国家は、それを制御せねばならん。」


「……制御、ですか」


「そうだ。

 自由に発言できる国は美しい。

 だが、美しさだけで国は守れない。

 ――この協定は、国を無傷で戦争に導くためのものだ。」


藤堂はその言葉を黙って聞いた。

結城の声音には冷たさがあるが、理屈は明快だった。

その明快さが、逆に恐ろしかった。


結城は立ち上がり、机の端に置かれた地図を指した。

「ここを見ろ。

 上海、ハノイ、ウラジオストク――

 すべての通信線がこの国に集まる。

 戦いはもう始まっている。銃より先に、情報を制した者が勝つ。」


藤堂はわずかに息を飲んだ。

結城の目は、未来ではなく“結果”を見ているようだった。


「三輪大尉を通じて、各社への報道要綱を作成する。

 内容は『国策に反する記事の掲載禁止』。

 君は現場で監視に入れ。

 ……必要なら、強制措置を取ってもいい。」


「強制措置、とは――?」


「言葉を封じるということだ。

 書かせず、話させず、記録を消す。

 それが、戦時下の“平和維持”だ。」


藤堂は視線を落とした。

胸の奥で、何かが静かに軋む音がした。


彼はふと、机の上に置かれた一枚の封筒に気づいた。

結城の私印が押されている。


「それは?」


「外務省への通達書だ。

 今夜、霞ヶ関に届けてくれ。

 ――“国家間の協定”は、いつも夜に署名されるものだ。」


結城は小さく笑った。

その笑みは、疲労とも冷笑ともつかない。


「忘れるな、藤堂。

 情報を支配する者が、歴史を決める。」


藤堂は敬礼し、封筒を受け取った。

結城が部屋を出て行く。


残された静寂の中で、

藤堂は封筒の重みを掌に感じていた。


その中にあるのは、ただの紙。

だが、それを届ければ、

この国の“言葉”は二度と自由を取り戻せなくなる。


――窓の外、薄い雲間からわずかに光が差していた。

その光が、机上の地図の“東京”の部分だけを照らしていた。


「命令とは、正義を押しつぶすための最も穏やかな手段だ。」

― 桜機関・内部講義資料より

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