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第三章 沈黙の符号(密命と追跡)

桜機関の廊下は夜でも灯りが消えない。

蛍光灯の白が、床の上に均一な明るさを落とし、影を許さなかった。


結城中佐は執務室で報告書を読み終えると、

藤堂を呼び出した。


机の上には二通の封筒。

一つは桜の印章付き、もう一つは封蝋のない白封筒だった。


「君の報告は読んだ。

 ――だが、記者と接触したな」


藤堂は一瞬、息を詰めた。

「……監視がついていたのですか」


結城は笑わない。

「この機関に、監視されていない者などいない」


短い沈黙。

藤堂は視線を落とした。


「命令を下す」

結城の声が低く響く。

「外務省案件は陸軍省へ引き渡しとなった。

 我々の任務は新たに“内部漏洩の発信者特定”だ」


「内部……?」


「そうだ。

 若槻の符号で送られた通信――あれを発信した者を探せ。

 ただし、若槻本人の件には一切触れるな」


その一言で、藤堂は全てを悟った。

真実を追うことではなく、

“都合の悪い者”を指名することが、今の命令なのだ。


結城は封筒を差し出した。

「調査許可証だ。現場課の柊が同行する。

 報告は私にのみ。ほかの者には口外無用」


藤堂は受け取った。

封筒の重みが、紙の厚み以上にずしりと感じられた。


「……了解しました」


「いいか、藤堂。

 忠誠とは信じることではない。

 命令に“疑わず従う力”だ」


結城の声は静かだった。

だが、その静けさは、言葉より重く響いた。


――忠誠とは、疑わぬ力。


藤堂は頭を下げ、部屋を出た。

扉が閉まった瞬間、空気の密度が変わる。

廊下には柊が立っていた。


「中佐から伺いました。

 明朝、内部端末の記録確認を行います」


彼女の口調は、どこか硬すぎた。

視線の奥に、わずかな緊張が見える。


「……俺を監視する役目ですか」


柊は何も言わなかった。

それが答えだった。


二人は並んで歩き出す。

廊下の突き当たりにある通信室の窓から、

帝都の夜景が見えた。

街灯が点々と光り、その下を人影が流れていく。


「若槻は本当に死んだと思いますか」

藤堂が問うと、柊は短く答えた。

「死んだことになっている。それで十分です」


「それで、誰が救われる?」


「救われる必要はありません。

 国が続けば、それでいい」


冷たい言葉だった。

だが、その声にはかすかな震えがあった。


藤堂は窓の外を見た。

遠くの街の灯が、雨に滲んで揺れている。

その揺らぎが、まるで沈黙の中に隠された“何か”のように見えた。


柊が先に歩き出す。

「……あなた、疑う癖はほどほどに。

 この機関では、疑いすぎる人間ほど早く消えます」


藤堂は笑わなかった。

ただ、ポケットの中の受信紙を握りしめた。

“死者の符号”――若槻智久。


それが、沈黙を破る唯一の声なのかもしれなかった。


「命令は疑うな。だが、記録は信じるな。」

― 桜機関 内部通達

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