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第二章 初任務の影(報告書作成と揺らぎ)

夜。

桜機関本部・文書室。

机の上に置かれたタイプライターが、乾いた音を立てていた。


藤堂は一枚一枚、報告書の原稿用紙を打ち込んでいく。

――外務省情報課・若槻智久 職員。

――通信記録の欠落確認。

――本人、非協力的。再調査要。


どの文も正確で、誤字もない。

だが、それらは真実ではなかった。


実際には、若槻は協力的だった。

通信記録の改ざんも、外務省の意図ではない。

桜機関自身の印が押されていた。


藤堂は打鍵の手を止め、目を閉じた。

机の上に、外務省で拾った封筒――

“保存不要文書”の焼け跡がある。


紙の端に押された桜の印章。

その上に、結城中佐の署名が重なっていた。


「……上がやったことを、俺が報告するのか」

小さく呟いた声は、蛍光灯の下で吸い込まれていく。


扉の外で靴音がした。

結城中佐が入ってきた。

コートを脱ぎ、机の報告書を手に取る。


「終わったか」

「はい」


結城は数行を読み、ペンを走らせた。

一文を斜線で消す。


――『通信改ざんの可能性あり』


「この部分は削除しろ」


藤堂は思わず顔を上げた。

「しかし、事実として確認されています」


結城は穏やかに笑った。

「事実とは、報告書に残ったもののことだ。

 残らなければ、最初からなかったのと同じだ」


その声には怒りも威圧もなかった。

ただ、冷静な確信があった。


藤堂は視線を落とした。

紙の上で、黒い線が真実を覆い隠している。

その線が、まるで国の形を描いているように見えた。


結城は報告書に印を押し、

「これでいい」と言って立ち上がった。

扉へ向かう途中、ふと振り返る。


「藤堂。

 君はよくやった。

 ――我々は真実を守るのではない。

 真実を“使う”側だ」


そのまま部屋を出ていった。


藤堂は椅子に座ったまま動けなかった。

打鍵した文字の残響が耳の奥に残る。


タイプライターの横には、

報告書の下書きとともに、高峰のメモが挟まっていた。


『数字は嘘をつかない。だが、人間は書き換える。』


藤堂は報告書の控えを封筒に入れ、

机の奥に押し込んだ。


電灯を消すと、部屋は一瞬にして闇に沈んだ。

外の廊下に漏れる灯りが、

机の上の紙の端をわずかに照らす。


その光が、まるで“記録されなかった真実”の名残のように揺れていた。


「報告とは、誰かが望んだ形で真実を並べ直す作業である。」

― 桜機関 内部教育資料より

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