第1話 ネズミ
※ ※ ※ ※ ※ ※
エマとポールが『竜奴瑠病院』のトラップから見事抜け出してから凡そ3時間が経過したその頃......
東京は丸の内、帝国化学工業(株)本社ビルでは、また別な戦いが始まろうとしていた。
ほんのちょっと前まで顔を見せていた月も今では厚い雲に覆われ、何やら夜空が混沌とした雰囲気に包み込まれている。
それはまるで、これから無謀な潜入を敢行しようとしているその者達の、前途多難なる運命を示唆しているかのように思えてならなかった。
深夜24時過ぎ
当該ビルの地下1階では今日も1時間に1回、終日繰り返される警備員の巡回が始まろうとしている。
ギー、カシャン。
コツコツコツ......
コツコツコツ......
重厚な鉄扉が開いたかと思えば、今度は2人の足音が響き渡り始める。
どうやらこの館内における警備員の巡回は、必ず2名1組と決められているようだ。
警棒片手に、静寂仕切った空間を突き進む2人の顔は、緊張に包まれている。
たかが巡回......などと言っては彼らに失礼なのかも知れない。きっと彼らには、そこまで神経を尖せなければならない何か大きな理由が有るのだろう。とにかく物々しい......その一言だ。
空調設備、冷暖房設備、防災設備、給水設備、そして電気設備......ビルの地下と言えば、凡そそこに存在するものは所謂『機械室』と相場が決まってる。
この帝国化学工業(株)本社ビルの地下1階も、その例外では無かったらしい。
そんな2人の警備員が、空調設備たる大型ダクトの角を曲がり掛けたその時のこと。
ガサガサガサ......
「ん? なんだ?」
聞き慣れぬ物音に突然足がフリーズする。静寂仕切った空間を突き進む2人の顔は、突如緊張に包まれた。すると次の瞬間には、
スタスタスタ......!
なんと巨大ネズミが、目の前を物凄い勢いで通り抜けて行ったではないか。
「ひぇーっ!」
思わず腰を抜かして倒れ込んでしまう警備員。どうやら鍛え抜かれたその身体も、突如出現した巨大ネズミには対抗する術を持っていなかったらしい。
「ただのネズミだろ」
一方、腰を抜かした警備員に手を差し伸べるもう1人の警備員は、澄ました顔で心に一切の乱れも生じていない。きっとそれら小動物に対する免疫が出来上がってるのだろう。
すると、間もなくして......
『ガッ、ガガガガッ......おい、どうした? 何かあったのか?! ガッ、ガガガガッ......』
2人の腰ベルトにくくり付けられた無線機からノイズ混じりの音声が巻き起こる。
そこが地下であるが故に、電波の通りが余り良く無いらしい。とにかくやたらと聞き取りずらかった。
「べっ、別に何でも有りません。た、ただのネズミです! ガッ、ガガガガッ......」
一方、無線機からの問い掛けに、慌てて事の顛末を報告する『腰抜かし警備員』。
未だ手で腰をさすっている。転んだ時にしこたま腰を打ち付けたのだろう。見るからに哀れだ。
ちなみに、このビルの1階には『防災管理室』が陣を構えていた。そこでは無数に設置された防犯カメラの映像が全てモニターで映し出されてる。
きっと、腰を抜かした警備員の映像を確認し、何事かと不穏に思って無線を寄こして来たのだろう。
『ん、ネズミだと?......なるほどね。ん......つまり、ネズミごときに腰を抜かしたって事か、フムフム。バカタレが! いつ誰が潜入して来るか分からんこの大事な時に、お前らは何ままごとやってんだ! もっと気を引き締めて巡回しろ! ガッ、ガガガガッ......』
「もっ、申し訳有りません! ガガガガガ......」
頭上に設置された防犯カメラに向かってペコペコ頭を下げる警備員。面目丸潰れ......きっとそんな心境だったのだろう。




