身飾りの木
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
8月も残すところは3分の2となったねえ。
そうこうしているうちに、今年ももうあと4か月もないんだ~と思うと、一年が早く感じるねえ。
たぶん、年度はじまりの印象が子供のころから根付いているのもあると思う。4月スタートだと、12月まで半分を過ぎたあたりでしょ? もし1月からずっと数えていたならば8ヵ月近い経過のところ、新年度開始ならまだ4か月せいぜいといったところ。
残りが同じ時間だとしても、心持ちが変わってこない? 残っているものよりも、失われてしまったものを振り返ったとき、人はダメージ入るんじゃないかなと思うんだよ。
残りはこれから好き勝手できるけど、過ぎちゃったものは過ぎちゃったもので、取り返しがつかない。その悔いが心に引っかかるんじゃないかと思うんだ。
でもさ、もしこれまでのことじゃなくて、これから先。自分でもはっきりとは知らない何かが待ち受けているのを、身体が知っていてさ。勝手に不安がって、コンディションに影響を与えている……なんてこともあるかもね。
ちょっと前に、お父さんが話してくれたことなんだけど、聞いてみない?
身飾りの木、というのがお父さんの住んでいた地域でまことしやかに語られる存在なんだ。
クリスマスでは、モミの木をいろいろなもので着飾るのを人間がやるだろう? マイナーなものにまで広がれば、他にもいろいろケースがあるだろう。
しかし、世の中あべこべはよく存在しているもので。木が人間を着飾ろうとするような場合もあるらしい。
字面だけみると、木のモンスターだかがツタなり、根っこなりを伸ばして人間を無理やり捕まえて、飾りにしてやろ~か!? という感じかもだが、これはちゃんと人間側もしかるべき備えと同意を持ったうえで行われるんだ。
身飾りの木は、常に固定された木というわけではない。
お父さんの地元の地区ごとにある神木、合計5本のうちのいずれかとなる。一本も該当しない年もあれば、複数本の年もあるのだとか。
身飾りの木となるものは、この8月の間で幹が真っ赤っかに染まる。普段のこげ茶色からはほど遠い染まり方だから、誰が見ても間違えることはない。
そうなると、身飾りの木を飾る人が選ばれる運びに。その木が属する地域の中で、12歳以上の誰かがクジによって選ばれる。その人が身飾りの木に寄り添う人となるのだそうだ。
幸か不幸か、お父さんは一度だけ、それに選ばれたことがあったようでね。そのときのことを話そう。
くじそのものは、なんということはない、ごくありふれた棒のくじだ。
けれども、選ばれたその晩から、お父さんはやたらとお通じがよくなってしまう。
長い時間、トイレに籠城するのも珍しくないほどのもの。体重もはっきりと減っていくのが分かるが、下痢のもたらすような水っぽいものとは異なり、しっかりとした形の整ったものだ。
身飾りの木に選ばれると、身体が勝手にそのための準備を始めてしまう。そう、お父さんは祖父母から教えられたという。
身飾りの木に寄り添うのは一か月後。その間、選ばれたものは木の幹と同じ、赤い色をした服をまとって日々を過ごすことになる。夏場などだと、虫も赤を区別しやすいためか、やたらとたかられて大変だったと話していたっけ。
食べるものも、お坊さんが食べるような精進料理に寄せられていくも、少しならば肉やお菓子なども口にしてよかったらしい。最終的に身体が押し出してくれるから、と。
あまり量を食べると、それらを全部出すまでに延々と時間を食って、トイレにとどまる時間がまた長くなる……とも聞かされたしね。
そうして一か月が経つ。
見た目に目立つ変化はないように思えたが、お父さんはやたらと身体そのものが軽く感じられたという。
お通じばかりの影響でもない。冗談抜きで、小さい羽のようなものでも着いたかのように、一歩一歩が自然とスキップになってしまいそうなもの。意識していないのに滞空する時間が長く、ややもすれば浮かび上がってしまうんじゃないか、などど考えてしまうほどだったとか。
そうして、身飾りの木に寄り添うとき。日が暮れてから、対象者は身飾りの木のもとへ向かう。
お父さんの地区の神木は、某神社の境内にある。神域にはひとりで入らなければいけなくて、お父さんはひとり階段を登っていったのだそうだ。赤い長袖シャツとズボンでもってね。
礼装などかしこまったものがいいとは限らないらしい。「飾る」の名の通り、その時代時代にふさわしいもので飾るのが良しとされ、色をのぞけば普段着に近いものこそ好都合だとか。
お父さんが向かうところ、神木は幹を真っ赤に光らせて待っていた。
この一か月、夜の間も幾度か木の様子をうかがったことがあるものの、いずれも他の木と同じく暗闇の中でおとなしくしていたらしい。それが今は、まばゆいばかりの光を放ってお父さんの赤い服を照らしている。
お父さんは樹へ近づき、そっと手をあてがってやった。すると、木の光の瞬きと呼応するタイミングで光りはじめたのだとか。
――これでよし。あとは……。
あらかじめ聞いていた通り、お父さんは夜空をじっと仰ぎ見る。
数分後。いくつもの星の中へ紛れて、三つ。立て続けに紫色の流れ星が流れて消えるのをお父さんは見届けた。
するとどうだ。身飾りの木の輝きはとたんにおさまってしまい、お父さんの服もまた光を失ってしまう。これは同時に役目を終えたことを示しているのだとか。
あの流れ星に、赤く飾った光を見せる。
それにどれほどの意味があるのか、今はもう伝わっていないらしいのだけどね。