7話 森
気がついた時には森の中にいた。
鬱蒼とした森だ。
風で葉っぱどうしが擦れる音が聞こえる。
ああ、やっぱり五感があるのは素晴らしい。
身体がなかったら世界を周るのを楽しむことは難しかったに違いない。
五感があってこそ世界を十分に堪能できるというものだ。
木々が生い茂り、日の光があまり当たらずに薄暗い。
私が住んでいた森とは全然雰囲気が違う。
改めてエルフの国の外にいることを実感する。
初めて国の外に出た。
これから世界を自分の目で見て周るんだ。
そう思うと胸が高鳴ってきた。
しかしまた何処なのかわからなくなってしまった。
とりあえず森から出て人がいそうな場所に出よう。
そう思い、軽やかな足取りで森を進み出す。
森を進んでいるとスライムを見つけた。
グラトニースライムではない普通のスライムだ。
ちょうどいいね。
満タセヌ飢エを試してみることにした。
逃げようとしたスライムに近づいて左手で触れる。
「満タセヌ飢エ」
左手の紋様が青白く仄かに光る。
左手から魔力が流れ込んでくる。
スライムの魔力を吸収しているのだろう。
少し高揚感がある。
もっと沢山の魔力を吸収したらすごくいい気分になれそうだ。
スライムが核を残して消えた。
なるほど魔力を吸収して倒すから核しか残らないのか。
スライムの粘液が欲しい時には他の方法で倒さないといけないね。
核を掌で転がす。
とりあえずしまっておこう。
満タセヌ飢エを使う。
空間に裂け目ができた。
そこにスライムの核を入れて、裂け目を閉じる。
これは便利だ。
生えている薬草などを採取して錬金術で回復ポーションにしてから満タセヌ飢エの異空間に保存しながら森を進んでいく。
進んでいると段々と明るくなってきた。
木が少なくなって日の光が当たるようになっているのだろう。
しばらく進むと完全に木が無くなった。
森を抜けて辺りを見渡すと道が見えた。
道を進んでいけば人に会うだろうし、会えなくても何処かの街には着くだろう。
しかしこんなに歩いたのいつぶりだろうか?
400年くらいぶりかな?
とても楽しい。
今なら何処へでも行きそうだ。
そんなことを思いながら道を進んでいく。
道を進んでいると前に馬車が停まっているのが見えた。
荷物を積んだ馬車の傍らに商人らしい人と武器を持った護衛が2人座って休んでいる。
剣を持っている護衛と弓を持っている護衛だ。
少し近づくと、護衛の2人が立ち上がってそのうちの1人が剣を抜いた。
私を警戒しているのだろう。
とりあえず警戒を解いてもらうために両手を挙げて、話しかけるとことにした。
うーん。
面と向かって人と話すのなんて久しぶりすぎる。
基本的に研究をするために引きこもってたからなあ。
ダンジョンでも声しか聞こえなかったからね。
ちゃんと話せるだろうか。
「…敵意はない、剣を納めて欲しい。」
距離が離れているので少し声を張る。
久しぶりの会話にしては上出来だろう。
そう言うと護衛の2人は目を合わせて少し考える素振りを見せた後、剣を納めた。
剣を持っている護衛がこちらに近寄ってくる。
私を見た後、少し固まってから我に返ったように頭を軽く振って話し始めた。
「俺はジョン、あっちの弓を持っているのがマークだ。」
ジョンが弓を持った護衛を指差しながら言う。
「お前の名前は?」
ジョンが聞いてきた。
「アストリッド。」
「職業は?」
職業ね。
なんと言うのがいいのだろうか?
世界を見て周る予定だから旅人とかになるのかな?
「旅人かな。」
私はそう答える。
「そんな格好で?」
そう言われて改めて自分の格好をみる。
半袖の白いワンピースのような服に白いサンダルのような靴だけ。
旅をするには心許ない。
確かにこんな格好で長旅はできないだろう。
「魔法が使える。問題はないよ。」
「魔法使いなのか、それにしても軽装すぎる気がするが。」
「それよりも何処に向かってるの?」
「何処って、帝国の帝都アウレリオンだよ。知らないのか?」
ジョンがが怪訝そうな顔をする。
「別の国から来た。」
「別の国から来たって帝都くらいは知ってるんじゃ…?
まあそういうこともあるのか?」
まだ完全に信用されたわけではなさそうだが一応納得はしてもらったみたいだ。
「帝都にダンジョンはある?」
「あるけど冒険者以外入れないぞ。」
そうなの?
エルフの国フェルノリアにはダンジョンはなかったし、冒険者もいなかったから初耳である。
そもそも錬金術と魔法以外の知識に割く時間はなかったし。
「どうやったら冒険者になれる?」
「本当に何処の国の出身なんだよ…。わかった、帝都に着いたら冒険者ギルドに連れてってやる。」
「一緒に帝都まで行っていいの?」
「ちょっと待ってろ、今依頼主のオリバーさんに許可をもらってくる。」
そう言ってジョンは馬車の方に戻っていく。
しばらく商人と話をしている様子だったが、私の方に近づいてきて言った。
「一緒に行ってもいいってさ。」
どうやら許可が降りたらしい。
やったね。
「助かるよ。」
「とりあえず、馬車の方に行くぞ。」
と言ってジョンが馬車の方に歩いていくので、私もジョンについていく。