7 リーゼの計画 その一
リーゼの計画は完璧だった。
すべてはあの邪魔でしょうがないラウラを追い出すため……とほんの少しの贅沢をするための計画だった。
そもそもあの地味で、父からも母からも無視されている女がリーゼよりも先に婚約をして、地位は伯爵家よりも下だけれど爵位継承権のある男の元に嫁に行くなんて断固として許せなかった。
母であるヘルミーネは常にリーゼの事を可愛いと言ってくれるし、たしかにリーゼはとっても可愛い。
だからいくら姉だといっても、あんな地味な女にリーゼが負けるわけがないのだ。
すこし仕事ができるぐらいの地味で何の面白みもないような姉なのだ。
だからこそ追い出してやろうと決意した。
決してディースブルク伯爵家から出て嫁に行く前に贅沢をしたいからこんな風にしたのではない。
彼女がいなくなったら面倒な仕事をしなければならなくなったり、多少は自由な時間が減るだろうけれど、婚約を破棄してラウラが他に行く当てがない今年だからこそ作戦を決行できる。
祭りはもう三日後に迫っている。
討伐祭に出資する関係で仕事としてもレオナルトがこの屋敷に来ている今日この日を狙ってリーゼは動いた。
すでに仕込みは終わっている。ラウラが気が付いても逃げられないように彼女の部屋の扉に細工もしてある。
一見何もないように見えるが、扉の外にとっかかりをつけて開かないようにしてあるのだ。
それをリーゼがいち早く到着してはずし、後はラウラのせいにするだけでいい。
……わたくしったら本当に頭もよくて可愛くて、家柄もよくって何もかも最高の女の子ですわ。
そんな風に自画自賛をしつつ、リーゼはヴァネッサの執務室から少し離れたところから駆けだして焦ったような表情を作った。
ついさっき、レオナルトがヴァネッサに確認することがあるといって向かっていったので、証人となる彼らは丁度良く仕事の話をしているはずだ。
執務室へと到着し、リーゼは勢いよく扉を開き、中にいる人たちを確認しながら悲鳴のような声で言ったのだった。
「っ、大変! お姉さま今すぐ来て!」
可愛いリーゼの悲痛な声に、その場にいた平民すらも振り返って何事かと心配するような目線を向けてきた。
その注目にすこし嬉しくなるような心地を覚えながらも、リーゼはヴァネッサとともにレオナルト、それからヘルミーネまでいることが確認できて思わずにんまり笑みを浮かべてしまいそうになった。
なんせヘルミーネはリーゼの事が大好きで、あの女の事はめっぽう毛嫌いしている。
きっとラウラに罪をなすりつけるのに一役買ってくれるに違いない。
「私の執務室の金庫の鍵がありませんの! あそこにはアマランスのドライフラワーを仕入れる為のお金を用意してあるのに!」
リーゼはこの討伐祭で色々な仕事を任されている。
しかしそのほとんどはラウラの部屋に置いておけば勝手にやってくれて、彼女はめったに自分の事を主張しないし、手柄はいつだって全部リーゼのものになっていた。
しかし適当に仕事をラウラに押し付けていたせいで、正直どんなことを自分がまかされているのかいまいちリーゼはわかっていなかった。
けれども、一番わかりやすいアマランスの花の仕入れの事だけは知っていた。
だってその支払いの為にリーゼは多額の現金を得ることになったからだ。
リーゼの言葉にその場にいた皆が顔を青くして、ヴァネッサに指示を仰ぐように彼女へと視線を移した。
「……それは大変ですね。すぐに探しましょう。もしもの事を考えて鍵師も呼ばなければいけないかもしれません」
「そ、そうね。とりあえず、リーゼの執務室の中をくまなく探してみましょう」
「まったく、リーゼは天然だな。大丈夫だきっとすぐ見つかる」
三人はヴァネッサの言葉に従うように、すぐに立ち上がって視線を合わせて慌てるリーゼの方へとやってきた。
ヴァネッサはリーゼの執務室へとすぐにむかい、それにヘルミーネが続く。
レオナルトは仕事の書面を置いて、リーゼに寄り添うようにそばによりそれから励ますように言葉をかけた。
まずはリーゼを責める様な雰囲気にならなかったことに一安心しつつ、これからの展開に時間がかかることを考えてリーゼは面倒くさくなった。
しかし今日この日さえ乗り越えてしまえばリーゼの完全勝利なのだからと仕方なく笑みを浮かべて部屋を移動した。
「金庫はこれですね。鍵は今までどこに置いてあったのですか?」
「この引き出しの三番目に入れていたわ。この引き出しには鍵がかかるから金庫の鍵を入れて、この小さな鍵を持ち歩いていたけれどうっかりかけ忘れていましたの……」
「……いつから無かったかわかる? リーゼ、大丈夫よ、失敗は誰にだってあるわ」
「っ、グズッ、ごめんなさい。明日商人が花を運んでくると聞いて確認しておこうと思ったらありませんでしたの、いつから無かったかはっ、わからないの!」
リーゼは涙ぐみながら三番目の引き出しを開いてそれぞれに見えるように身を引く。
するとヴァネッサは言葉を失った様子で静かに数歩下がった。
それもそのはずだ、引き出しは荒らされているように見える風にリーゼは自分で引き出しの中を事前にひっかきまわしてある。
当然、そんなことにも気がつかず自分は鍵をどこかに置き忘れたりなくしてしまって落ち込んでいる風を装ってリーゼは「わたくしうっかりしているとは自分でも思っていたけど、こんなに大切な鍵をなくしてしまうなんて」と口にした。
「随分、雑多にものが詰められている引き出しね。リーゼ、無くし物は仕方ないけれど少しくらい整理整頓をしなければ」
この状況でも察しの悪いヘルミーネは首をかしげてリーゼに偉そうにそう言った。
その言葉にカチンと来つつもリーゼは「ごめんなさい」としおらしくする。
「お母さま、もしかするとこれはそんな程度の話ではないかもしれません、すぐに鍵師を呼んで金庫を開けた方がいいです。窃盗の可能性もあるとおもいますから」
「せ、窃盗ですって?!」
言いながらヴァネッサは、自分のお付きの侍女を呼んで鍵師を手配しようとする。
しかしそうなってはせっかくのリーゼの仕込みが台無しだ。
リーゼの理想は、窃盗の可能性があると考えつつも皆で探して、皆で鍵を見つけることだ。決して鍵師に金庫を開けてもらう事じゃない。
何とか方向性を修正しようとリーゼは声をあげた。
「そんなわけありませんわ! 一度皆で鍵を探すのを手伝って、誰かが持っているかもしれないし、屋敷の中を確認してそれから中をあらためればいいじゃない!」
「……ですが、中身が無いなら急いで対応を考えないといつから、お金が無事かどうかわからない以上は今から鍵のありかなど探したって無意味でしょう?」
ヴァネッサの言葉に、どうして自分の思い通りにいかないんだとリーゼはイラつく。
これでは皆でライラの部屋に仕込んだ鍵があることを確認して、このお金が無くなったのは彼女の責任だと罪をなすりつけることが出来なくなってしまう。
「それは……そうだけれどっ」
けれどもうまく彼らを誘導する方法が思い浮かばずにリーゼは苦々しい表情をしながら言い訳を考えた。
「ヴァネッサ、俺もリーゼの意見に賛成だ。鍵をただ紛失しただけの可能性もある。それにリーゼがそう言っているんだ、その通りにしてやるべきだろ」
するとレオナルトがリーゼに加勢するような形で、ヴァネッサに意見した。
レオナルトの言葉はまったく説得力がないものだったが、それにヘルミーネも同意だと言わんばかりに彼女も隣で深く頷く。
「そうね。そうするべきだわ、リーゼは今までも立派に仕事してきたでしょう? ヴァネッサそのぐらい聞いてあげるべきだわ」
この場にいる三人が同じ意見になりヴァネッサは劣勢だと悟ると、常に寄せている眉間の皺を深くして「わかりました」と同意した。
「しかし、探すのは午前中だけにしましょう。その間に鍵師を手配しておきますから、そうすればとにかくなかの状況だけでもわかるはずです」
言いながらヴァネッサは金庫に手を伸ばし、念のためとばかりに取っ手を引いた。
鍵師に依頼するからには、確実に開かないという事を確認するための行動だろうと思う。
そしてリーゼはその答えを聞いて今度こそにんまりと笑みを浮かべた。それだけ時間があればラウラの事を疑って部屋を確認する流れにまで持って行ける。
そして先日その金庫の鍵をきちんと閉めた。
今、金庫が開いて、これからの対策に話が行き、鍵の行方について言及されないような事態にはならないとリーゼはほくそ笑んだ。