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6 盗み見




 ラウラは、この場所を心残りなく立つために、自由行動その二を決行していた。


 それはなんと初恋の相手と妹の逢瀬の盗み見だった。


 ところでラウラは、とにかく字を書くことが好きなたちだ。


 書類仕事から始まって、読んでいた娯楽小説の写本から、神話やニコラの与太話、それから自分の空想小説まで、とにかくインクで指が染まるぐらい暇なときは何かを書き記していることが多い。


「ねぇみてほら、これなんてとっても素敵だと思わないかしら? 極東から運ばれてきた高級品なのよ?」

「ああ、本当だなんて良い肌触り。それにこんな美しい白い毛皮など見たこともない」

「でしょう? あなたにプレゼントする為に商人にわざわざ取り寄せさせましたのよ!」


 リーゼは隣に座ったレオナルトに手に持った毛皮に触らせて、クリッとした可愛らしい瞳をやさしく細めて彼を見上げる。


 可愛らしいリーゼに見つめられてレオナルトはつい毛皮に触る手を伸ばしてリーゼの手の甲に触れた。


 するりと撫でて、彼らはうっとりとした表情で濃厚なキスを交わす。


『お主はこのようなものを見て楽しいのか?』


 冷めた声でニコラはラウラに聞いてきた。


 しかしラウラは文字を書くことに熱中していてすぐに言葉を返さず、その濃厚なキスの描写を思いつく限りのリアリティーのある言葉で書いてから、あっけらかんとした様子でニコラに返した。


『楽しいというより、こんなに間近で正しいキスを見ることなどないから、ついこれは書き留めておくほかないと思ったのよ』


 言いながら、さらに濃密な逢瀬を交わすリーゼとレオナルトの事をラウラはソファーの背もたれからまじまじとのぞきこむ。


 それから、みだらな笑みを浮かべながら艶めかしい吐息を吐き、愛の言葉をささやくとその状況にあった言葉を書いていった。


『そうではなく、愛していたのだろう? そこな男を、それなのに自分以外の女と交わっているところを見るなどつらくはないのか?』

『……』


 聞かれて、ラウラはやっとペンを走らせるのをやめて、下敷きにしている銀製のトレーを持ったままテーブルにちょこんと座っているニコラの元へと向かった。


『つらいかと言われると確かに悲しいような気がする。けれど、婚約者としてキラキラしているようにレオナルトが見えていたのは、私の事を無視するまでの間で……婚約破棄になってからは……とても色あせて居たような気がするの』

『ほう、ではもう冷めたのじゃな。恋とはそういうものじゃ。簡単に熱されてすぐに冷める。それにお主にとってのこの男の価値もなくなったのだろう』

『価値……』

『そうじゃただし、お主に価値を感じてはくれぬような男にいつまでたっても価値を感じる方が異常じゃ。恋や愛はお互いに価値を感じて愛されることを喜べるようにならなければ成立しないものだ。よく心得よ』

『うん』


 ニコラは愛らしい子供のような姿をしつつも、とても貫禄のあることを時おり言う。


 しかしそう言ってもらえると、ラウラにとってレオナルトの価値がなくたった理由も、またそう思ってしまうことに対しての罪悪感もすぐに消えてなくなった。


 その代わりにラウラは、自分にとって価値があると思える人は今どれほどいるのかと考えた。


 脳裏には家族とは別に、昔数少ない社交の場で出会った貴族の男の子の事が思い浮かぶが、そんな幼い時の出会い程度しか、家族以外に知り合いも友人も存在しない。


 きっとここから出てあたらしく作っていくほかないのだろう。


「んっ、はぁ。レオナルト、わたくしやっぱりあなたを愛していますわ。どんな高級なものだってあなたには敵わないわ。あなたには常に最高にかっこいいんだからそれに見合ったものを身に着けてほしいの」

「なんだ突然、嬉しい事を言ってくれるなリーゼ」

 

 ラウラも行儀が悪いとわかっていつつも、彼らを眺めるのにちょうどいい位置にあるローテーブルに座って彼らのやり取りを眺める。

 

 リーゼの言葉通り、レオナルトはリーゼからの贈り物で、初めて会った時よりも随分と高級なものを身に着けているように見えた。


 リーゼから今、贈られた毛皮もそうだし、それ以外にも大きな宝石のついた指輪やブローチ、靴から羽織りに至るまで彼はとても子爵家の男には見えない装いをしていた。


 同じくリーゼも、伯爵家の令嬢としては羽振りが良すぎるぐらい刺繍もフリルもふんだんに使われたドレスを着ていて、ラウラは彼女と比べられたら地味と言われてもまったく間違っていないと思う。


「だからこそ邪魔者には、背負うべきものを背負って消えてもらわないとね」

「何か企んでいるのか? リーゼ」

「企んでいるなんて言い方はよしてよ。わたくしはただこの家にとって正しい事をしてあげるだけですわ」


 なにやら意味深なことを言う彼女に、ラウラもまた彼女がまったくラウラの計画に気が付いていなさそうな様子に含みのある笑みを浮かべた。


 もちろん邪魔者は去る、しかし心残りなく去るのだ。このままやられっぱなしで消えるわけなどない。


 ラウラはもう自由だ。彼らに媚びた自分は終わりにした、だからこそ油断しているその隙をうまく突く為に、着々と準備を進めていった。





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