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5 つまみ食い





 この場所からおさらばすると決めたラウラだが、決意ばかりでは物事というのはうまくいかない。


 何事も順序が大切で、計画を立てなければただの無鉄砲になってしまう。


 そうならないようにラウラは現状を正しく把握するために数日間はいつもの通りに過ごした。


 ディースブルク伯爵家の人間は、ラウラの姿が数日間見えずに仕事だけはしていることなどしょっちゅうなので、アマランスの花冠の魔法の実験をしていても特に問題はなかった。


 実験をしている最中に、流石にこの魔法をそう呼び続けることは面倒くさいので透明化魔法と適当に呼ぶことにして、ラウラの魔力との兼ね合いを考えた。


 ラウラは魔力が特別多い方ではない。


 しかしこの透明化魔法は魔力効率もよく、それなりに使い勝手がいい。


 寝ている間だけ解いておけば、魔力は心配いらないという結論に至ったが一つだけ簡単に解けてしまう方法がありそれについては要改善である。


「お母さま、それにしても今年も教会への献金の額が運営費の半分以上……年々教会の要求も大きくなっていますし、来年度の事も考えてもう少し大きく年度の予算を組んだり、献金を減らすことはできないんでしょうか?」


 改善点はあれど、ラウラは意気揚々と情報収集と自由を謳歌していた。


 今までラウラは無視されてきたとはいえ、彼らが無視できないような突飛な行動をすることはなかった。


 それもこれも、常識的な範疇で家族に認めてもらいたいと考えていたからだ、だからこそ従順に主張の少ない地味なラウラという彼らのイメージを崩さずにラウラは生きてきた。


 しかし彼らに認められようと考えなくてもよくなった今、ラウラは自由だった。


「よしなさい! ヴァネッサ、アルノルト様の手腕に文句をつけるというの? 毎年毎年教会の連中と必死に交渉してこの討伐祭を取り仕切っているというのに、そんな不義理なことを言うなんて傲慢よ!」

「それはっ……その通りですが。領民たちからも、開催期間中に行われる催し物や街にやってくる商人たちの支援まで、お金が必要なところをあげればきりがありません」


 姉のヴァネッサと母のヘルミーネは昼食を終えた後に、討伐祭の事について話し合いの場を設けていた。


 こうして彼女たちが食事をしつつ祭りの事を話し合っているのをラウラは知っていたが、彼女たちの話し合いに参加したことはなかった。


 ……たしかに、教会と領民の間に挟まれた私たち運営役は毎年毎年、運営予算に頭を悩ませている。


 大きな祭りでたくさんの売り上げが出るといっても、そのほかの領民の収入は大きくない領地だから、こういう時にどう稼ぐかで今後一年の暮らしぶりが変わるといっても過言ではないわね。


 姉たちの会話を聞きながらラウラは意味もなくダイニングをぐるぐると歩き回っていた。


 この透明化魔法は着ている衣服も、ラウラの声すら透明化してしまうのでニコラとどんな風に話をしていても、誰にも奇異の目を向けられることもない。


「だから何だっていうの?! 私が嫁に来た時はそれでもうまくやっていた! あなたは跡取り令嬢でしょ? そんな程度の事をうまくやれずにディースブルク伯爵が務まると思ってるの?!」


 母はヒステリックにヴァネッサに鋭い視線をむける。


 それにヴァネッサは苦し気な表情をして視線を伏せた。


『これでは、昔自分がどれほど苦労したかを語るお局と若手事務官のようじゃな! まるで他人のようじゃ!』


 ヴァネッサとヘルミーネのやり取りを見てニコラは腕を組んでラウラの周りをくるくると飛びながらそんなことを言った。


 それにラウラもたしかにそんな風に見えてしまうなと思う。


『母は、嫁入りした身で苦労したらしいから跡取りのヴァネッサお姉さまにきつく当たるの』

『だからと言ってそれが正当化されるわけでは無かろう?』

『そうね、私もそう思う』


 言いながら彼女たちを見る。ニコラが他人のように見えるといったのは、言動のほかに彼女たちの外見も関わっていると思う。


 ディースブルク伯爵家の家系は多くの場合、髪が赤毛、瞳の色は魔力の多く宿った深緑の色。


 それが伯爵家の血を濃く受け継いだ証となる。


 この家……それから周辺領地でもその外見が一番優遇されることが多い、しかし嫁である母はもちろんそんな髪色も瞳も持っていない。

 

 ラウラと同じ地味な茶色い髪に目だ。

 

 ラウラは母親に似ていた。


 しかしヘルミーネはそのことがまったく嬉しくなかった。


 ただでさえ跡取り息子を産めずに夫婦の亀裂は大きくなっていく一方だったのにディースブルクの血の薄い女児など父にも母にもうれしくない存在だった。


 それがラウラだ。


 だからこそまずは母がラウラのことをないものとして扱った。


「はい。わかっています、お母さま。ですが私はただ将来の事を考えて……」


 常に仕事の事を考えて、眉間にきつく皺を寄せているばかりのヴァネッサは気落ちした様子で眉を落としながらも母に、少しでもこれから先の事を考えて意見をしようとする。


 しかし母は、テーブルを強くたたき、それから涙を浮かべて大きな声で言った。


「もう弱音を吐くのはやめて!! 私は何も間違っていないわ! 仕事がよくできるヴァネッサといい子で可愛いリーゼ!! その二人がいて、その二人を産んで私は完璧なのよ!! あなたは! 長女なんだからなんでも弱音を吐かないで頑張れる子のはずでしょう?!」

「……」

「あの子とは違ってこの土地の血がきちんと流れているんだから!! お願いよヴァネッサ! もっと自覚をもって!!」


 怒鳴りつけるようにヴァネッサへと自分のイメージを押し付けるヘルミーネの目は血走っていた。


 そんな取り乱した様子の母を見て、ヴァネッサは要求を引っ込めてテーブルに置かれた食後の紅茶をコクリと飲んだ。


 そしてラウラはついに行儀が悪いとは思っていつつも、テーブルの上に置いてある食後のプチフールを手に持って急いで口の中に運んだ。


『んっ、ふふっ、見た? ニコラ! 私、今つまみ食いをしてしまった!』

『ああ、ラウラ! しかとみておったぞ! 自由への第一歩じゃな!』

『うんっ』


 実はこうして食後のダイニングでうろうろとしていたのは、ラウラの自由行動第一としてつまみ食いをしてみようという企画だったのだ。


 そして、行儀悪く食べたお菓子はなんとも甘くおいしいものだ。

 

 貴族とは言え、ラウラは長らく屋根裏部屋で出された使用人のような食事を食べていたのだ。


 だからこそ久方ぶりの甘いお菓子は最高においしかった。


「わかりましたお母さま。……ですが、私は家族みんなで協力できたらと思う、あの子にも……」

「もうやめて!! 余計な事を考えてはいけないわ! 仕事に集中なさい!」


 そして彼女たちは一つお菓子が減ったことなど知らずに話し合いを続けるのだった。





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