40 受け入れた気持ち その一
ラウラとフェリクスは二人だけでのんびりと庭園を歩いていた。
彼は了解なくあんな包み隠さない思いを聞かされた後だというのに、なんの気兼ねもないらしく平然としている。
それをみて多分そういう話を、聞きたいのだとラウラがいえば愛の言葉でも何でも言ってくるのだろう。
なんだか少しフェリクスの事がわかった気がした。
午後の陽気は丁度良く、散策するにはいい天気で、よく手入れされた小さな庭は見通しもよくて彼の騎士も遠くから見守るのに適している。
「……」
「……」
しばらく沈黙の時間が続いて、ラウラはさらに深く考えた。
しかし、彼がどういう人なのか理解できたような気がしても、ラウラの事を好きだというその理由については、ニコラは呪いのせいだと言っていた。
それではラウラを認めてくれているという事ではない、というように発想することもできる。
けれど明確にラウラ以外では駄目で代わりはいないとも発想することもできる。
こうしてお互いに興味を持って価値あると思っているからこそ、ラウラの考えには余地がある。
その余地は物語で言ったら物語の分岐点になる部分だ。その分岐点を作って関係性はいかようにも変化する。
「……ああは、言ったがラウラ。君は…………いや、あのな、従者に少し言われたんだがストレートに思いを伝えてはどうかと。がしかし俺は君が小説を書くことを好きなことぐらいしかわからない」
「……」
「どう伝えるべきか、例えば手紙であったり、遠回しな人づてであったり、プレゼントを添えたり山ほど方法はあった。しかしまずは君のよりどころにしている場所を知るべきであるし、話をつけておくべきだ。
そういうわけでへルート子爵家を訪ねた。礼を欠き迷惑をかけたことには謝罪するが、この程度の事で君を彼らが手放してくれればと欲をかいたともいえる。
急におしかけてすまなかった、詫びの品でも今度送らせてほしい」
フェリクスはラウラに長々と説明しながらラウラの事をすこし探っている様子だった。
その気配にきっとラウラがどの部分に興味を示すのかで物語の中の展開のように話が変わるのだろうと思う。
そしてその予測ができて、理解ができて、やっとラウラは人を信用できる。
ほっとして、隣を歩きながらラウラはフェリクスの方を見た。
「お詫びは必要ありません。ヘルムート子爵夫妻には私からきちんと謝罪もします。それよりも、フェリクス様の先ほどの言葉……先日伺った時にあなたのことが平面でしか捉えられずに信用できないと言いましたよね」
ラウラが話し出せば彼は聞き手に回って「言ったな」と短く返す。
「それで今日も別の一面を見ました。それでやっとなんだかあなたの事が頭の中でイメージできるようになった気がします。
そう言うと、あなたの告白が聞きたかったみたいに聞こえるかもしれませんが、そうではなく、フェリクス様ってとても多面的な人だと思うんです。
何というか色々考えて動いているというか、一つの事にあまり振り切れていないのではないですか?」
『ま、じゃろうな。こやつらはいつも器用貧乏みたいなもんだ』
「でしょう? ニコラ。でも今のあなたの行動ってとても振り切れてて、すごく違和感という怪しい気持ちがあったんです。
でも見える部分はコロコロ変わるし何を考えているのかよくわからないと思っていました」
フェリクスは隣を歩きながら、考えるように口元に手を当てていた。
「けれど、振り切れている事には理由があって、振り切れているのは好意からだとするならば、その違和感もなくなると思います」
振り切れるほど極端であった理由は一応呪いだと仮説している。そして呪いのせいでラウラを望んでいる。
それをニコラは、自分を愛してくれているわけではないからと苦に思うのではないかと言っていた。
しかしラウラは思うのだ。ニコラから与えられたラウラの影響がラウラのものでないはずがないだろう。
ラウラはニコラに助けられて、ニコラがいてくれたからここにいる。ニコラから与えられたラウラの一部を好きになってくれた人がいて、何が悲しいだろうか。
「何が言いたいかというと、気持ちはわかりましたと……信用しましたと。言いたいんですが、なんだか、その、薄情な気もしますね。ごめんなさい、自己中心的で」
それを愛して助けたいと望むのならば、ラウラも考えが違う。だってフェリクスは恩人で、割といい人なのだ。
しかし上から目線で信用しただなんて言ったが、そもそも、立場としてはこちらからお願いしてもおかしくないぐらいの立場なのだ。
話をしていてラウラは急に恥ずかしくなって透明になりたくなった。
言いながら速足になるとおもむろに、手を掴まれて引き留められる。
振り替えればフェリクスは、何か言葉に詰まってから、ラウラに問いかけた。
「本当か?」
期待と不安が入り混じった声、熱心に見つめるグレイの瞳にラウラの心の奥の方を恋の炎がじり、と焦がした。
「!……う、うんっ」
頷きながらラウラはフェリクスに応えた。すると彼は、今までに見たことがないぐらいの笑みを浮かべて、あどけなく頬を染めた。
「なんだ。そうだったのか、俺は、ああ、そもそも普通に告白して了承してもらえる程度には君に好意的に見られていたのか。それならから回ってしまったか?
囲い込むような手段に出てしまったし、たしかに少々無理のあることも言ってしまった。
っ、でも、はぁ、なんだ。こんなことでよかったのか。ははっ、おかしいな、これでも君よりすこしは年上なのに一人で策を巡らせて結局、まっとうに告白したわけでもなく、人に言っているところを見られて許容されるとは、不甲斐ない」
フェリクスは照れているみたいだったが、ラウラから目を離すことはなく、自分の行動を恥じていた。
しかし、ラウラだって色々と深読みしてしまったし、彼には恩があるのに少々ないがしろにしてしまっていた。その点は謝罪するべきだろう。
「そ、そんなことありません。その、フェリクス様が極端になってしまう理由を知らなかったとはいえ私も、あなたの事をないがしろにしてしまいました。
それにきちんとお礼を言ってなかったです」
「お礼?」
「はい。……急に目の前に現れた怪しい小説を読んでくれて、楽しんでくれて、広めようと思ってくれてありがとうございます」
そう言ってラウラはぺこりと頭を下げた。すると、フェリクスはすぐに「頭を上げてくれ」と切羽詰まったみたいに言う。
「礼を言いたいのはむしろ俺の方だ。俺を選んで、君の大切なものを託してくれて感謝している。おかげで俺はこれから先退屈しなくて済みそうなんだ。ラウラがいてくれるだけで、すべてうまくいく」
「……そこまで言われるとどうにも面映ゆい気持ちになります」
頭をあげながらすこし、遠慮しがちに言うラウラにフェリクスはうっとりと目を細めて心底嬉しそうに「そうだ」と提案する。
「君の方こそ俺の恩人で、俺のすべてだ。結婚してもらう側だからな、その敬語もいらないぞ。俺の事は呼び捨てにして構わない」
「……そういうわけには……」
「遠慮はしないでくれ、むしろそんなに遠慮されて距離を取られると不安になってしまう。どうだろうか? 一度試しにフェリクスと呼んでほしい」
フェリクスは男性らしい低い声で優しく言いながら、さらっと肩に触れて、簡単に手をつなぐ。
「フェリクスだ、幼いころ君と一度会った時から換算しても一度もそう呼ばれたことがない、頼む。ラウラ」
「……う、うん。よ、呼びます。呼ぶから……」
押しの強い彼に、ラウラはたじたじになりながら変なイントネーションでフェリクスの事をちゃんと読んだ。
変になったことはとても恥ずかしくて笑われると思ったけれど、彼はラウラの手をぎゅっと握って「ありがとう」となんだかとっても気持ちの籠ったお礼を言ったのだった。




