35 問答 その三
あからさまにとぼけたフェリクスに、やはり何を考えているのかわからないと思う。
なんせ今、ラウラは完全に彼の求婚を断った。それなのにこの態度はどうなのだろう。
しかし、元々ニコラの、話がなければ彼は善意でラウラを助けてくれようとしているだけのラウラの小説のファンだという設定だ。
言葉だけとればそうでありながら、ニコラの言葉を聞いて行動を見てみるとラウラにひどく執着しているようにしか見えない。
「……それで、俺の求婚の件だけど、そうなることは薄々わかっていた。俺に頼らなくてもラウラは一人で生きられるし、助けも必要ない。そういうことなんだろう?」
けれども、今日はなんだか弱腰の様子で、ラウラの言葉を受け入れるつもりらしく、ゆったりとした声でそういった。
それにおおむね間違っていないとラウラはコクリと頷く。するとフェリクスはまるで諦めをつけるのがうまい大人のような顔をして「そうか」と小さくつぶやいた。
彼はラウラよりもいくらか年上で、そういう物思いにふけっている表情をされると酸いも甘いもかみ分けた大人っぽい人という印象を受ける。
また一つ違ったフェリクスの姿にラウラは、これがこの人の本来の表情と雰囲気なのかと心を惹かれた。
「それはそうだよな。だってとても稀有で実用性の高い魔法を持っていて精霊からの助言も受けられるラウラが俺を必要とするはずがない。それに、咄嗟だったとはいえ、そういう風に断られてしまったら、これ以上食い下がれない提案の仕方をしてしまった」
「……」
「今では後の祭りだ。引き留めるようなことを言ってすまなかった。ラウラ、今日は直接言いに来てくれてありがとう。君の配慮に心から感謝する」
……。
彼はすべてを一から十まで語ればいいのにそうはせず、引き下がってラウラが帰れるように気遣いを見せた。
しかしこんな風に言われたら彼が先日ラウラに求婚するにあたって言った言葉は口実であり真実ではなかったことになる。
そしてそのことを自分の口から明かしたのだ。であれば今聞けば、きっとフェリクスの執着の本心を聞き出すことができるのではないだろうか。
『簡単な誘いじゃな。はいそうですか、さようならと席を立ったら、たちまち別の口実を作り出すだろう』
「……」
しかしニコラの言葉を聞いてこの気持ちすらもフェリクスに計算されたものらしく言われてみればそんな気もする。
ラウラが知りたいのは真実だ。ラウラをだますための口実ではない。
「……そんな風に言うということは、何か別の……私と結婚したいと考える理由があったんでしょうか」
分かっていてもラウラはとりあえず聞いてみた。
けれども罠にかかってみたのにフェリクスは落ち込んだ表情のまま「あまり気分のいい話ではないと思うから」とやんわりと話をするのを拒絶した。
……拒否されると余計気になるのよ……。
本当に言えないようなことで、それが理由なのではと思いラウラは、もう一歩踏み込んだ。
「大丈夫です。お聞かせくださいませんか、真実を知ることが出来ればすこしは考える余地も出るかもしれません」
『おっと、ラウラ、引っかかったな』
ラウラも聞き出すためにすこし譲歩することを伝えるとニコラは面白がって、そんな風に言う。
そしていわれてから、つい口が滑ってしまったと気が付いた。
「そうか? わかった少しでも希望があるなら……実は、俺は今両親から花嫁を早く選ぶようにとせっつかれているんだ」
「花嫁、ですか」
「ああ。ただ俺は……どうしても自分の人生に他人を巻き込む結婚という者がどうも苦手なんだ」
ラウラはフェリクスを見定めるようにじっと見つめていた。
「結婚してしまえばもちろん、ともに住むことになるし、いろんなことを共有するだろう?」
「はい」
「それをしてもらったうえで、公爵夫人としての仕事のサポートも必要になってくる。だからこそむやみに世間を知らない若い女性を娶りたくないんだ。きっと苦労をさせる。
しかし、もしお互いに利点のある利用し合う関係だったらどうだろうと、思ってしまったんだ。
王族から守る代わりに俺の花嫁になってもらう、そうすれば苦労してもらうことがあっても君に恩返しができる。
そんな対等な関係を……君とならと、あの時は君の利点ばかり話して理由をつけたが、本当の理由はこういうわけだ。
利用しようとして、すまなかった」
ラウラから見た限り、彼の言い分はどうやら本当らしかった。
その理由ならば、あの時の言葉も行動も説明できるといえば説明できる。
この歳まで結婚していない人というのは、何かしら悩みを抱えている可能性があるというのも事実だ。
そんな彼がいう言葉には説得力があった。
『薄っぺらい話だ。そんなことをアイヒベルガーの男が悩むわけあるまい』
ニコラの感想はそんな様子だった。
その言葉を聞いてから、ラウラはラウラで本当らしく思える彼の言葉と説明をもう少しかみ砕いて考えてみる、するとたしかに少しだけ違和感があった。
別にきっと全部が嘘ではないのだろう。心の端の方でそう思う気持ちもあるのかもしれないが、何というか、ラウラからみた彼の性格はブレている。
物語を書く上で、登場人物の性格というのは大切なものだ。
人に態度を変えたり、機嫌によって行動が変わるのはおかしな描写ではないが性格がブレているのはおかしい。
ニコラの言葉を鑑みて考えると、彼はとても狡猾でそして割と腹黒いタイプでそして手段を選ばないぐらいには合理的であるだろう。
合理的である上にすべてが成り立っているように見える。
そんな人間の言葉かと考えるとやっぱり少し違和感がある。
それほど人に対して思いやりのある人だろうか。そしてそんな思いやりのある人であれば生涯独身であることや、養子をとることを考えるのではないか。
とそういう風に彼に言ったら、彼からはすらすらと嘘ではないが本音ではない言葉が出てくるのかもしれない。そしてそれはきっととても納得できるものなのだろう。
でも知りたいのはそれではない。心のど真ん中にある本音を教えてほしい。
……だったら話し方を変えてみるべき、かしら。
「……例えば、フェリクス様、私の小説にあなたを登場させるとしてもあなたは今、私の頭の中で一歩たりとも動きません」
「……」
「ただ、それは何もない空間だからです。その空間に傷ついた小鳥と、衣食住を用意した別々の場所を用意した場合、あなたは一人でまずは生活の確保に向かうと思うんです」
「……どうだろう」
「それからもし、私がその場に現れたら、あんなところに傷ついた小鳥がいる。助けに行こうと口にします。私から見たあなたはそのような具合です。
別にそれが悪い事とは言いません。衣食住の確保に行った後に戻ってきて小鳥を連れていくかもしれませんし、手当をすると思います。
ただ、私は出来るならば、なにがその場所にあればあなたが駆け寄って強く抱きしめて涙するのか、どういう目的であなたが歩みだすのかという原動力を教えてほしい。
それを知ればあなたという人が、私の中で厚みを持って信じることができる。私の友人にも私の知らない一面がありました。でも根源を知っています。彼女が動き出す時の原理が思いやりであることを知っています。
だからこそ信じられました。
ただ今のフェリクス様は絵画のように一方から切り取られただけの部分を数枚あるように感じるだけなんです。あなたという存在をうまく感じられない。
それは根本から距離が遠いとこばかり見せているからなんでしょうか?」
ラウラは、引かれるだろうとわかっていても壮大なたとえ話をした。
ただ信じられないということだって可能だったが、どうにもそれだけの問答では、今の彼の本音を知ることは難しいように見えたので、あえて長くなる話をしたのだった。




